彼女の『あれこれ』

作者 入江 晶

6

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★★★ Excellent!!!

不条理な世界。
それはとてもひとのこころを不安にするし、硝子を爪でひっかくようなひりひりする感覚をもたらしたりする。
たとえば、カフカの小説を読むときのように。

聞いた話であるため多少怪しげではあるのだが、カフカは自作の「審判」を友人たちの前で朗読したときに、途中で笑い出してしまい最後まで読みきれなかったという。
この話の真偽はさておき、カフカはとてもユーモラスなひとであったともきく。
不条理とユーモア。
これはどこか繋がりにくいようで、みえない回路で接続されているようだ。

哲学者のドゥルーズは、「マゾッホとサド」の中で、イロニーのサドとユーモアのマゾッホと語る。
マゾッホについて、ドゥルーズはこのように語っている。

『マゾヒストは単に反対側から法を攻撃している。法からより高い原理へ遡行する運動ではなく,諸帰結に向かって法から降りてしまう運動を我々はユーモアと呼ぶ』
ジル・ドゥルーズ(蓮實重彦訳)『マゾッホとサド』

ドゥルーズははるかな高みより法を攻撃するのがイロニーであり、下方からつまり生きている現実から法を攻撃するのがユーモアであると語る。

不条理は突然、理不尽な形で現実をねじ曲げそこに生きるひとびとに歪みをおしつける。
けれどそれでもひとはその中でその現実をなんとか受け入れながら、生きるしかないのだろう。
そこには、ユーモアというべきものがあるのかもしれない。

彼女の『あれこれ』は、そのように理不尽な状況でも日常を生きようとするユーモアとしての戦いがあるように思う。
結局のところわたしたちはそのようにして、現実の不条理さを超克していくしかないのであろうなと、思わせられる。

そんな作品だと思う。