本日のお茶請けは花塗れのモブ男にございます
カイルから提案を受けてから数日後、俺は親方とともに奴が住む屋敷へ足を踏み入れていた。
屋敷の主はカイルの父、リチャード氏。彼はここら一帯を治める領主だ。仕事の関係で交流がある親方は、今日もこうして屋敷へ出向いていた。俺はこれまでに数回、それに同行している。
執事のセバスチャンさんから客間へ案内される途中、オースティンと鈴鳴るような声が聞こえた。見上げた螺旋階段の上段に立っていたのは、眩しいほどの美少女だった。
窓から差し込む光を受けてきらきらと輝く、ウエーブのかかったピンクアッシュの髪。長い睫毛に縁取られ、宝石の如く煌めく紫の瞳。つんと尖った鼻筋、淡い桜色の唇。
こんなもんか。とにかく、美少女だ。巷では「春の妖精」と呼ばれているらしいその人は、微笑を湛えて階下を見下ろしていた。
「ジュリア様」
親方が礼をした。その影にいた俺も、顔を覗かせて同じく倣った。美少女は俺に気づくと、咲きこぼれる花のような笑顔を見せた。
「イアン、貴方もいらしてたのね」
ドレスを優雅に摘まんで、美少女が降りてくる。後ろに控えていたメイドのクロエさんが、しずしずと後に続いた。
美少女がたどり着くのを見計らって、親方は俺に話しかけてきた。
「おれはリチャード様とお話がある。イアン、お前は少し待っていてくれるか」
俺が返答するより早く、白魚のような手が俺の腕に伸びた。
「それなら、彼をお借りしてもよろしい? オースティン」
「はい、もちろん」
俺が来た時のいつもの流れだ。親方の言葉に、美少女は一層顔を綻ばせた。
「嬉しい。イアン、貴方もよろしいかしら」
「は、はい」
「よかった。では、ゆきましょう」
半ば引っ張られていく俺を、温かい目で見送る親方とセバスチャンさん。彼らの目に映るのは、「天使のような令嬢に優しく手を取られる平民の少年」という図だろう。
奥ゆかしく、男が得意でないというお嬢様。そんな彼女が好意的な少年ということで、この屋敷で俺は大いに歓迎されている。何故だ。逆玉の輿を狙っているんじゃないかとか邪推するところじゃないのか? そもそも相手にならない身分、容姿ってことか? モブだし。
それにしてもな……いくらさえないといっても、俺も年頃の男だぞ。ブス専だが。
***
庭に出た俺は、華やかな花園の中に設けられたお茶会用のスペースに、ジュリア様と二人座っていた。
腰かけているのは、お洒落な模様の入った椅子。目の前にはティーポットとカップが置かれたテーブル。どれも白を基調とした、見るからにお高そうなものばかりだ。お茶請けにと出された菓子は、料理長自慢のなんとかというスイーツらしい。長い名前だったので、覚えきれなかった。
優雅にお紅茶を口にする美少女は、遠慮なさらないでとそれらを勧めてくる。正直、お茶を楽しむ余裕なんてない。するすると伸びてくる緑の蔦を目の端で捉え、俺はそう思った。
自ら意思を持ったように近づいてくるそれは触手じゃないし、なんかそれでジュリア様にアレな展開が起こるわけでもない。蔦の目標は俺だから。
蔦は、俺を値踏みするように周囲を動き回ると緩く頭に巻き付いてきた。コルク栓が抜けるような音がして、ああ始まったと知れずため息が漏れた。
「まあ……!」
俺を見て喜ぶジュリア様。さっきの音は、俺の頭周りで花が咲いたことを示している。今の俺は、幼児がよく作る花輪を乗せられた状態だ。ただし、かなり豪華な品種。周りに散っているのは、魔法が発動した名残の花びらだ。あー綺麗だ、セルフ花見。
ジュリア様は植物に関する魔法に長けていた。花を咲かせたり、こうして蔦を操ったり。そして、カワイイものが大好きだった。ふわふわキラキラ、容姿によく合っていていいんじゃないか。だが、そんなカワイイものと冴えない男を掛け合わせたらどうなると思う。事故だ。放送事故。
ところがどっこい、彼女はそう思わなかった。ある事故で俺は彼女の花に埋れたことがあったのだが、その光景を見て可愛いと頬を紅潮させた。
――なんて愛らしいの、なんて、なんて……!
そう、彼女はそのアンバランスさに興奮する系の変態と化してしまったのだ。彼女こそがあのカイルの妹。兄妹揃って、俺限定の変態。
ジュリア様のお気に入りとなった俺は、機会があれば是非おいでくださいという貴族様の見えない圧力により、度々お屋敷にお邪魔することとなってしまった。
「可愛い、可愛いわ……イアン……」
変た……ジュリア様は今日もモブ男に花を添えて喜んでいる。世の中、やっぱり金なのだ。地位あるものに、平民はこうして従うしかない。
「お嬢様、あの……この辺りで」
「もう少しだけ。お願いよ、イアン」
箱入りだから、あまり強くも言えない。純粋に、彼女は俺をカワイイと思っているのだ。これがアグレッシブな変態だったら、もう少し俺もやりようがあったのだが。
女の子の花遊び程度だ。今日も大人しく適度に付き合って――
「イアン、あのね」
「はい?」
「実はね、わたくし、今日はもう一つお願いがあって」
上品な仕草で、ジュリア様が手を叩いた。すっと現れたのは、目立たない位置に待機していたクロエさん。大きめのバスケットを手にした彼女は、恭しくそれを開いた。
「こちらをね、着て頂きたいの」
「無理です」
前言撤回。俺はノーと言える日本人でありたい!
豪奢なフリフリドレスの前で、俺は大きくバツ印を作った。
「駄目……?」
「俺に女装癖はありません、お嬢様。どうかご勘弁ください」
「ドレスが女性のものだという法はないわ」
「ありませんが、世間的に見るとやはり女装になります。特に俺だとどう見ても危ない格好です」
そう、一般的な男子だ。まだ成長期だが、中性的な時分は過ぎている。美少女の隣に女装したモブ男。これはいけない。
このお嬢様は聡明だ。理論で攻めた方が話が運びやすい。熱弁を振るう俺の耳に、今最も会いたくない人物の声が聞こえた。
「ジュリア、いるのかい」
「お兄様」
逃げようとする俺を、「恥ずかしがってカワイイ」と嬉しそうにジュリア様が捕まえてくる。緑の蔦で。
咲き誇る薔薇の向こうから爽やかに現れたカイルは、花にまみれた俺を見て固まった。変態が揃ってしまったわけだ。
咳払いの後、優しい兄の顔で奴はジュリア様に視線を移した。
おかえりなさいませ。ただいま。
見目麗しい兄妹の挨拶を終えると、地獄の品評会が開始された。
「ねえ、イアンをご覧になって。可愛いでしょう?」
「……ああ、悪くないな」
思いきりにやけてるじゃねえか。知ってる、嫌そうな顔に興奮してるんだろ。さえないモブ顔に美しい花が添えられているのがあまりに似合わなくて、それにまた喜んでいるんだろ。
「バター色の肌によく映えている」
「ふふ、そうでしょう。お兄様にはこちらを」
「ありがとう。今年もまた美しく咲いたな」
伸びてくる蔦から差し出された一輪の薔薇に、カイルは目を細めた。おーおー、イケメン様は花を手にしても様になるな。俺の分も引き取ってくれないか。今すぐにな!
ほぼゼロ距離で俺の隣へかけたカイルは、バスケットに視線を落とすと首を傾げた。
「ジュリア、これは?」
「わたくしのお下がりよ。イアンに着ていただきたかったのだけれど、どうしても嫌だとおっしゃって」
「嫌……?」
あ、駄目だジュリア様。お兄様の目が光った。口角が静かに上がっていってる。それはNGワードだ!
俺は蔦を引き剥がそうと静かに奮闘した。
「俺は、このあたりで失礼しますね」
なんとか解放されて、俺は立ち上がる。だがすぐに手首を捕まえられた。クソッ、力強い。
「待ってくれ」
「……お放しください、カイル様」
「イアン、ここはプライベートな空間だ。気がねなく、いつものように呼んでくれ」
敬語はかなりクる、とまた口元を押さえている。
俺は考えた。大きい変態と小さい変態、相手にするならまだ後者の方が分がありそうだ。ジュリア様は、俺が本気で抵抗するとやめてくれる。先程の蔦のように。だが、こいつは嫌がれば嫌がる程興奮する質なのだ。
「放せよ」
「っ……イイ……」
感極まった様子でカイルが顔を覆った。どっちにしろ喜ぶならどうすりゃいいんだ。
ジュリア様はジュリア様で、可愛いイアンの乱暴な物言い……などと言ってうっとりしている。
「イアン、これを着てほしい」
「断る」
ここで、嫌だと言ってはいけない。こいつのスイッチが完全オンになってしまう。
「きっと似合う。ジュリアの見立ては完璧だ」
「人権の侵害だ。拒否する」
ああ、震えている。これは静かに興奮していっている印だ。本当にヤバい。なんでこんな奴になってしまったんだ。
クロエさんに助けを求めたかったが、視線が合った彼女は静かにサムズアップした。俺の味方いねえ!
「イアンはこちらかね」
いた! 捨てる神あれば拾う神あり!
息子とよく似たポーズでリチャード氏が現れた。今日も渋かっこいいおっさんだ。イケメンだが、美人の奥さんがいるので危険はない。
俺は、相手や想い人がいる美形とはフラグが立たなかった。その点は本当に助かっている。もしそうだったら、今頃泥沼どころではすまない騒ぎになっていた。冗談ではなく、国一つ傾けていたかもしれない。
「君に話がある。カイル、ジュリア、お前たちもいたのだね。ちょうどいい」
待て。なんだ、嫌な予感がするぞ。
「イアン、君を執事見習いとして我が邸へ迎えたいのだが」
カイルとジュリアが声にならない歓声を上げた。
おやおや、随分な歓迎だ。リチャード氏が朗らかに笑う。俺は文字通り硬直していた。
「これは提案だ。よければ、考えてほしい」
待遇等については客間で説明しよう、とリチャード氏が屋敷へ手招く。わざわざ、主直々に俺を探しに来てのこれだ。二人がいる前でこの話をする意味。彼は一体、何を考えているんだ……?
「君がいると、屋敷が活気づく。それに、私は利発な若者が好きでね」
パチンとウインクした彼に、俺は思った。そうだ、恋情でなくとも俺は美形からの好感度が軒並み高い。チョロすぎるヒロインのように。
屋敷への道が黄泉路のように思える。ほぼ間違いなく、お世話になりますルートだろこれ。どうしよう、どうすればいいんだ。
いずれにしろ、まずは話を聞かねばならないだろう。いくら無条件に好かれるといっても、相手は貴族界を生きてきた領主様だ、何も思惑がないとは思えない。俺は、覚えてろよとカイルをひと睨みすると(喜んでいた)、リチャード氏の後ろを歩き出した。
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