迷子のアイラ~記憶の真相

「じ、じ、じ……」

波の様に繰り返し押し寄せる未消化な強い感情。

アイラがもう二度と会えないと諦めかけていた じい。

身寄りの無い自分を実の娘のように大切に育ててくれた じい。

奇跡的な再会に感極まった今のアイラにとっては、『じい』とたった一言呼ぶことさえも簡単では無かった。

随分昔に亡くなった じい の顔をみたのはどれくらいぶりだろう。

アイラは自分の記憶を少しずつ整理する。

じい とネイピア、飼い猫のフエルマと過ごした沢山の嬉しかったこと、悲しかったこと。

そしてついに、アイラは覚悟を決め口を開いた。



「じい、ただいま……ナリ」


「ん??

今わしに向かって喋ったのはだ、

誰じゃ?」

じい が驚くのも無理は無かった。


「はて、女の子の声がした気がしたが、

わしの聞き違いかな?」


「ミャア~! ミャア~!」


「なんじゃ、猫の声だったか。

それにしても、白くて大きな猫じゃな」


「ミャア~! ミャア~!」


「それにしてもかわいそうに。

体が傷だらけで泥まみれじゃないかぁ。

おや! 背中に乗っているの

小さな赤ん坊じゃないか!?」


「ミャア~! ミャア~!」


「どれどれ、いかん!

凄い熱じゃないか! 直ぐにお医者さんに診せてあげるから、少しの間辛いだろうけど我慢しておくれよ」

そう言ってじいは病院の先生が来てくれるまで我輩をずっと看病してくれた。


「フ、フエルマは大丈夫ナリか?」


「お嬢ちゃん目が覚めたかい?」


「ここは……どこナリ?」


「ここはわしの家じゃ。

目が覚めたら知らない人の家じゃびっくりさせて仕方がないな。ごめんよ」


「ううん、いい♪」


「そっか~。お嬢ちゃんが元気そうで良かった。

それにしてもわしは驚いたよ!

お嬢ちゃんは昨日はまだ一才くらいの幼子の姿をしていたはずなのに、たった一晩で小学生くらいに成長するなんて」


「それにはこの我輩も確かに驚いたナリよ!

ところで……、フエルマは大丈夫ナリか?」


「フエルマ? 君をわしの家まで運んで来てくれたあの白猫かね?」


「そう! ねえ? フエルマは無事?

どうなの? ねえ?」

我輩が意識を取り戻してから真っ先に浮かんだのはフエルマの事。

フエルマの安否が気になって気になって仕方が無い。

だから、我輩は目の前の命の恩人のおじいさんに無礼を承知で問い詰めてしまった。


「君を背負っていた猫のことだよね?

大丈夫。今動物病院に入院しているけど、

二週間後にはまた会えるよ」


「よかった~。

おじいさん ありがとう♪」


「ところで、君はまだ幼いのに言葉が喋れるし、幼い君がたった一人で猫の背中に乗って旅をしてきたことには驚いたよ。

よっぽどの訳があるんじゃないかい?

迷惑じゃなかったらでいいんだ。

訳を聞いてもいいかい?」


「わかったナリ」

我輩は両親と乗っていた飛行機の墜落から今に至るまでのいきさつを じい に全て話した。


「なるほど……、さぞ辛かっただろうね」


「じい 、我輩とフエルマの気持ちわかってくれるナリか?」


「ああ、もちろんさ。

アイラ? 君さえ良ければなんじゃが……、

わしは妻に先立たれて今は一人で寂しい。

わしの家でフエルマと一緒に三人で暮らさないかね?」


「いいナリか?」


「もちろんさ」


「ありがとう……ナリ!

うえ~ん! うえ~ん!」


「アイラどうしたんだい?

急に泣き出したりして?」


「だってだって、嬉しかったんだもん♪」

こうして、我輩はじい の家に住まわせてもらうことになった。


「アイラ、こっちこっち♪」


「ちょっと待つナリ! ネイピアズルいナリよ~!」

ネイピアというのはじい の娘の姪っ子で、我輩と同い年の女の子なのだ。

ネイピアはじいの住む家からは離れた地域にあるマンションに両親と三人で住んでいる。

ネイピアはそれでも学校が休みの度にちょくちょくじいの家まで遊びに来ては、我輩とフエルマの遊び相手になってくれる。

そう、我輩とネイピアは正真正銘の大親友なんだ。



しかし、ある日『事件』は無情にも突然やってきた……。



「じい、ただいま……ナリ」


「「「・・・・・・」」」


「聞こえなかったナリ?

じい、また耳が遠くなったナリか?

まあいいナリ。ネイピアただいまー!!

ネイピアは我輩の声聞こえるナリよね?」


「「「おじいさん、次私の番!!」」」


「ネイピアまで・・・ナリか。

親友のネイピアが我輩をこんな風に無視するハズ無いナリ!」

幼少期にいつも自分と寝食を共にした親友のネイピア。

アイラはそんな腐れ縁の親友の口振りからわざと無視した訳では無いことはすぐに理解できた。


「ねえ、フエルマは我輩の言ってることわかるナリよね?」


「ニャア~♪」


「そっか。フエルマは猫だったナリよね?

言葉で聞いても意味が無いナリよね」


『私はフエルマ。アイラが言うように確かに私は猫よ』


「フ、フ、フエルマが我輩に喋ったナリ!!」


『驚くのも無理は無いわね。

だけどね、アイラ?

実は今一刻を争う事態なの。

だから今からいうこと一度しか言わないから心して聞いて』


「ねえ、

一刻を争う事態って一体何ナリか!?」


『実はあなたに話しておかないといけないことがあるの。

あなたが今の状況理解できていないようだから説明するわ。

アイラと私は確かにアイラがおじいさんと住んでたって言ってた草原の家があった場所にたどり着いたの。

でもね、おじいさんの家があるはずの場所に家は無くて、手掛かりは何も残っていなかったの。


一記憶の真相一

「ねえフエルマ? これはどういうことナリ?

どうしてじいの家がないナリ?

どうしてじいがいないナリ?」


『アイラ……。

それはね、そうなりたいと思うあなたが創りだした幻想なのよ』


「我輩は確かに、じいとネイピアと人間だったフエルマと四人、この草原の家でいつも楽しく暮らしていたナリっ!!

絶対ナリ!

それなのに、我輩のこんな大切な思い出を『幻想』なんて……、いくらフエルマでもそれは酷いナリ!!

それに……、こんなに探しても何の手掛かりも無いなんてあんまりナリよ!

しくしく、しくしく」


『アイラ、私とあなたにはもう時間が残されていないの。

だから、現実を受け止めるのは酷かもしれないけどしっかり聞いて』


「現実って、な、何ナリか? 」


『実はね、私とアイラは今現在草原の中で空腹で倒れているの』


「どういうことナリ?」


『私がアイラ、あなたを最初に見つけた飛行機の墜落現場からこの場所にたどり着くまでの間のことよ。

あなたを背中に乗せ人が住む町か村を探していた私は、道中で片足を骨折してしまったの……。

そして、アイラを乗せて歩けなくなってしまったの』


「それは大変ナリ!

我輩、誰か助けを呼んで来るナリ!」


『どうやって?

あなたの実体はまだハイハイもままならない一歳の乳幼児なのよ』


「それでも、助けを呼ばなきゃ

二人とも助からないナリよ!」


『残念だけどそれは無理だわ』


「どうしてフエルマはやってもみないで無理だと諦めるナリか?」


『今私とアイラはこうやって対談してるけど、これはあなたの作りだした走馬灯に私の妖力を使った精神世界なの。

本当はね、凄く言いにくいんだけど……。

私達は草原で誰にも発見されないまま骨と皮だけのガリガリな姿に痩せ細り、今まさに草原で餓死しようとしているの……。

アイラ? あなたは長く決して目覚める事の無い夢をみながら三途の川を渡ろうとしていたのよ。

そして、このまま幻覚が長引けば現実世界には引き返せなくなりそうだったの。

だから、私の妖力で無理やりあなたの存在が二人に認識されないようにしたの』


「そ、そんな……」


『残酷な事実を突きつけてごめんね。

だけど、私はあなたのお母さんにあなたを託されたから……。

だからアイラ?

私はあなたを絶対死なせない!

アイラが一人前になるまで生かしてみせる!

今から私の全ての妖力を使ってあなたが立派に一人立ちできるまであなたを守るからね。

残酷な事を言ってごめんね。

私の妖怪をアイラに使う為にはアイラが今置かれている状態を自分で認知してもらう必要があったの。

あら、そろそろかしら?

もうじきあなたは眠くなるはずよ。

さあ、アイラ?

目を閉じて』


「全ての妖力なんて使って大丈夫ナリか?

フエルマ死んだりしないナ……すぅ、

すぅ~すぅ~」


「あらあら、もう寝ちゃったみたいね。

違う世界の私にしっかりあなたのこと託すから、だから安心しておやすみ。

アイラ? 短い出会いだったけどあなたとの時間私とっても楽しかったわ。

ありがとう、アイラ……」





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