∵D=b²−4ac /3x²+2x+1=0 ∴ D=2²−4×3×1=4−1 2=−8<0 ∴ D<0 虚数界のボクと僕

先輩が指をさした場所には、

三人の人影が見えた。


僕は歩いて、三人の人影に近づいてみる事にした。


「あっ、あれ?

身体が軽い。いや、おかしい!」

僕は恐る恐る自分の足下をみてみた。


そこに僕は存在しなかった。

「え? どういう事?」

「え? どういう事?」

僕が確かめようとする三人の内一人の男が

僕と同じ事を言った。


「え? 何で? どうして?」

「え? 何で? どうして?」

例えるなら、部屋一面の大きな鏡の前、

自分の姿を見ながらマイクで話し、マイクの反響音を聞いているかのようだった。

幽体離脱って言うのはきっとこんな気分なんだろうな。

自分で自分の体を動かしてる気がまるでしないんだ。

僕が手を上げると、実体のあるボクが手を上げる。

でも、手を上げた感覚はボクに方にある。

魂はこっちの僕にあるのに、感覚はあっちのボクにあった。

「痛い痛い痛い痛い」

先輩にイタズラされたんじゃない。

僕は生まれて初めての慣れない体験で、

精神と身体の両方が強いストレスを感じて、

急に息は出来なくなり、手足は関節の動く向きを無視して乱暴に震え出したんだ。

紛れもなく、それは過呼吸だった。

しかも、苦しいのは僕だけど、

感覚はあっちって矛盾して、二酸化炭素を吸い込もうにも

袋なんて近くには無いし、どうにも出来ないんだ。

僕はこの状況が苦しくて痛くて怖くて怖くて仕方無かった。

「苦しいけど、痛いけど、声も出せず助けも呼べない」

僕は死を覚悟した。


発作は5分くらいだったと思うが僕には物凄く長い時間に感じられた。

しばらく耐えて、過呼吸は奇跡的に治まったんだ。


過呼吸は治まっても恐怖は消えなかった。

鏡やカメラを使って自分の姿は見れるけど、

それを使わずじかに自分の姿を見るのって

全然違うんだ。本当に怖いんだ。

そして、気持ち悪い別人なんだ。

自分が信じてきたより顔も身体も不細工だし、

声もキモい。

歩き方も変だ。

まるで意地の悪いドッペルゲンガーだ。

本能的に恐怖と嫌悪感で心をズタズタにされてしまった。


辺りを見渡すと、先輩は両手を地面に付けてがっくり膝を落とし酷く落ち込んでいた。


「シクシク」

気になってチルダの方を見ると、チルダは

体操座りをして顔を落とし泣いていた。


「ちょっと、チルダは落ち込む要素無いじゃん!」


「ちょっとそれ、私への当て付けのつもりー?

アーレスのバカ、バカ、バカー!」


「痛てぇ。先輩、痛い。痛いです」

僕は先輩に背中を太鼓のように何度も叩かれた。



でも何故だろう? ゲートをくぐってついさっきまでは

こんな違和感は無かったのに。


「ひょっとして……」

僕はもしやと思い、僕が気絶して目が覚めたポイントまで

歩いてみた。


すると、近づけば近づくほど、実体がある方のボクも

僕と同じ場所に近づいてきて、ボクの体にも重さが戻ってきて

なじみ、動かしやすくなった。


そして、気絶した地点に着くと、僕とボクがピッタリ重なったんだ。

「い、違和感……全く無いぞ」

僕は更に、今いる最初にいた場所からさっきもう一人のボクと

遭遇した方向とは反対方向に向かってみる事にした。


「さっきと反対だ。 それにしても、離れれば離れる程

体が、お、重い~!」

すると、今度はさっきとは反対で、

この状態を例えるなら、激重のパワーベストとコテと靴の3点を装備して見えない主人に忠誠を誓った召し使いの様だった。

僕の実体や身体感覚は、ありすぎて嫌になるほど重さを感じられるが、

僕に僕の魂をあまり感じ無いんだ。

これが、哲学で有名な感覚質を持たない

哲学的ゾンビのような状態だろうか。

え? 今感覚質を感じないのにこうして考えているのは何故かって?

考えているのは遠目から俯瞰しているはずの見えないボクなんだ。

こっちの僕は俯瞰しているボクの命令通りに無意識に

動いたりしゃべったりしているだけなんだ。

わざと僕が無理やり自分で考えようとしたが、

やっぱり、無理やり考えようとしているのは……ボクだった。

何気ない本能的な行動の自由は反対側よりこっちの方があるように感じるけど、

こっちはボクと言う他人に僕の意思を支配されている

ようで怖くて、そして、たまらなくストレスを感じるんだ。


「移動する場所によって、こんなに変わるなんて……」

まるで恐ろしい呪いをかけられた万華鏡のように感じる。

「ここはいったい、どんな世界なんだ……」

謎は深まるばかりだった。


「お~い、二人とも~! ちょっと、こっち来て~!」

僕は二人を呼び寄せた。


「本当だぁ~! 戻ってる。 アーレス凄いじゃん!」

先輩は僕に抱きついてきた。

どうやら機嫌を直して貰えたらしい。


「でも、これじゃここから簡単に移動出来ませんね。

帰る方法も探さないといけませんし、これからどうします?」

チルダの言うことはもっともだ。


僕は、僕らが落ちてきた高い崖の上を見上げてみたが、

ここが※3イエロースター(黄星)の日射しが届かないくらい物凄く高い谷底だったので、上の方は暗くて見えなかった。


日の光は入らないが、この場所は明るいんだ。

地面一面がまるで薄い黄色の蛍光灯のように光ってる。


僕達はとりあえず少しずつ歩いてみる事にした。

不思議な事がわかった。

この、身体に違和感が少ない地点は一直線に広がっているんだ。

そして、顔を上下左右に振っても、進行方向のベクトルは変わらず景色が……視点が変わらないんだ。

まるで、マ○オの横スクロールアクションゲームをやってる気分なんだ。ちなみに、後ろにバックは出来、後ろに下がると

魂は元気なままで変わらないが、少しずつ身体感覚が戻っていく。

バックして後退して、身体感覚に違和感が無い地点まで戻ると、視点を変えたり方向転換できる状態が元に戻ったんだ。

どうやら、このポイントは1次元と2次元の交わっているところらしい。


「ねえ、アーレスちょっといい?」


「先輩どうしたんですか?」

突然先輩が、それも急かすように僕に聞いてきたんだ。


「私の素粒子時計ね、今気付いたんだけど、時間の表示が遅れてる気がするの……」


「そうですかね?」

僕は自分の素粒子時計をみてみたけど、

先輩と変わらない。

「僕の時計も時間は同じですよ。

それに、今時の光格子素粒子時計は中性子星からの無線パルスを利用したパルサー補正も当たり前に対応していますから尚更ですよ」


「そうかなぁ? 私が前に時計みた時からだから

え~と、

この時間よりもう一時間くらいは経ってるはずなんだけど……」


「先輩、今日はいろいろありましたし、

きっと疲れてるんですよ!」


「そうかなぁ……?」

先輩は納得がいかない様子だった。


「ア、アーレス先輩!」

突然、先に後ろ歩きで後ろを進んでたチルダが僕を呼び止めたんだ。


「どうしたの?」


「あの、あたし達が使ってるファイアーフライ(蛍)デバイス

って速度計の機能があるじゃないですか……」


「うん、あるね。それで?」


「私は速度計の記録機能をオンにしてたんですよ。

そうしたら、さっきデバイスで時間をみた時に

ついでに見たんですが、速度がずっとエラーなんですよ」


「みせて! 普通の画面の速度表示は4桁までだけど、

デバッグモードだと確か、16進数のメートル表記で

10桁表示だった……はず」

僕は開発者モードに切り替えてデバッグ画面の表示に切り替えてみたんだ。

すると、

『11DE784A m/s』


「こ、これ、通常画面の4桁表示を振り切ってカウンターストップしてるよ!」


「え? つまりどういう事なんですか?」

チルダは目を丸くして僕の話に食いついてきた。


「もし、この記録が単なる故障じゃければ……」


「なければ?」

チルダと先輩も食いついてきた。


「僕は16進数に詳しい訳じゃ無いけど、

10進数に直すと10万キロ秒以上だね。

少なくともこの速度は異常だよ。

あ、今デバイスの電卓に打ち込んで変換してみたよ。

やっぱりだ!

僕達は光の速度299792458 m/s 毎秒30万キロメートル

か、もしくはそれ以上の速さで動いてるってことだよ!」


「えー!」

僕からみてリアクションがあざといと思ってしまうくらい

二人の反応は大げさだった。


「でもさ、私達って、ゆっくり歩いたりしばらく止まったり走ったりもしてるよ。

でも、速度の時間記録に全然変動が無いのはちょっと変じゃない?」

先輩はドヤ顔で僕に言ってきた。


「それなんですが、光の速度以上はデバイスが感知に対応

しないっていうのがありますね。

もう一つ、速度が下がら無いのは多分、僕達が止まっている時間も実際は光の速度かそれ以上で動いてるってことですよ。

周囲の空間も一緒に動いているからわからないだけですよ。

僕達の住む街はアース星の自転の影響で時速1300キロ以上の速さで動いてるって二人は知ってました?

普段はそんな感じしませんよね?

つまり、それ(慣性の法則)と理屈が似てるんじゃないかなって僕は思いますけどね」



僕の説明には確証はなかったが、二人はそれでもなんとか納得してくれたらしい。


それから僕らは手持ちの素粒子時計でちょくちょく時間を確認しながら

数時間を過ごしたが、時間が恐ろしく長く感じたんだ。

時計では3時間くらいしか経っていなかったが、

体感としては2週間以上は経っている気がする。


「アーレス?、チルダ?

ここでじっとしてるだけじゃ何も解決しないじゃん?

歩こう? ね!」

先輩はまだ元気が残ってるみたいだ。

自分のペースにいつも僕を巻き込む先輩だけど、

今の先輩は珍しく大人びてみえた。


「先輩、元気ですね。わかりました。行きましょう!

いいよね。チルダ?」


「はい」


僕らは進んだ。いや、下がった。

どこまでも下がった。


「あれ、あれ見てください!」

チルダの指差す方向には天井までずっと遥か高くそびえる

近代的な高速ビルがあった。


「おー! 僕達また自由に動けるようになったね」


「ホント~だ。ヤッホー!」


「そうですね。今まではあまり感じなかったんですが、

久しぶりに身体を自由に動かせるようになると

すごく嬉しくて有り難みを感じますよね!」

チルダの口振りは本当に嬉しそうだ。


「ねえ、二人とも? 帰る方法が見つかるかもしれない。

あのビルの探索に行ってみようぜ!」


「そうだね!」

「はい!」



「ビルまではそこそこ遠いはずだったのに、

妙に早くないか……?」

クエスチョンマークが頭から離れないあっという間に着いた。

ゲートに入ってからは不思議な状況ばかりで、

その都度原因を考察しすぎて僕は疲れていたからかもしれない。

僕はビルまでの距離の不思議は深く考えない事にしたんだ。


僕達はビルに入った。

入口に『スメールタワー』と書かれたそれは、

高過ぎて下からは果てが見えない超高層ビルだった。

当然入口に警備員とかがいると思ったが、不思議と誰もいなかった。

ビルの中には警備員どころか、人気が全く無かった。

ただ、ビルのオーナーの趣味だろうか?

ロビーのカウンター、ロッカー、時計、花瓶やシャンデリア、

絵画、他にもどれをとっても遠近感が滅茶苦茶だった。

騙し絵ってご存じだろうか?それとおんなじ状況だ。


「ねえ! あそこにエレベーターがあるよ。行こう!」

先輩はエレベーターを見つけると、先に向かって行った。





???

「ねえ、これどうみてもモールス信号ですよね?

どこにあの子がいるんですか?」


???

「その点の集まりですよ」


???

「え?」


???

「向こうにこっちの映像を映しましょう」


???

「アーレス? わかる? 」



???

「○ーレス? 聞こえる?」


「え? 母さん。どうして……?」


続く

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