第30話「無垢なる深淵と計算違い?」前編(改訂版)
↓京極 陽子のイラストです↓
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第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」前編
「……」
華美では無いが造りの良い上品な木製椅子に腰掛け、大テーブルの上に置かれたクリスタル製の盤面を見つめる少女。
腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な
――それは
「……」
――うぅ……
――くぅぅ……
整った気品のある容姿で、繊細な細工の施された芸術の域まで高められた最上級の
彼女の後ろには、腰に件を携えた品の良い老人が良く躾けられた執事のように控えていた。
――まるで絵画のような”
そこだけ切り取れば、
――う……はぁはぁ……
――かっ……は……
とはいうものの、先ほどから
血に
「聞きしに勝る女ぜ……
血のベッタリと
――ザッ、ザッ……
そして言わずもがなだが、刀身の
「こん状況で、顔色ひとつ変えんち……どがい女ぜ」
血の滴る長剣をユラユラと揺らせて、男は次第に近づいて……
金属製でありながら
片肌を露出した奇妙な恰好、不敵に笑う中性的な容姿……
破天荒が代名詞のような男の姓名は――
西の島”
年の頃は二十代後半。
少し小柄な体つきに足下には
そしてその男の風変わりな風体の最たるものは、むき出しの肩の上に羽織った縦長の軍旗とそこに書かれた文字。
――”
誇らしく誇示された長物の軍旗は、
「それ以上は近寄らないでくれるかしら」
「!?」
「……命乞いか?なら聞いてやっても……」
「生臭いのよ」
「……」
優雅で上品な深窓の令嬢が口にした
この状況に怯える様子も無いどころか、まるで喧嘩を売るような態度の少女の物言いに
「”血生臭い”のは当然じゃろう?ここは戦場ぜ……
「”血生臭い”では無くて”生臭い”と言ったのよ、頭だけじゃ無くて耳も不自由なのかしら?」
――っ!
――!?
決定打だ。
この発言には流石にその場の全員が凍りついた。
「……ぅ」
「……」
斬られて負傷している
「……生臭い……なんち?……まさか俺のことか?」
――
「……」
――なにが?
生臭いと言われたこと?勿論それもあるだろう。
「それは俺の事かと聞いとるんぜよ……”
彼は
小柄で中性的な見た目であっても、その実は……
しなやかな筋肉を臨戦態勢に緊張させた獰猛なる山林の覇者、野生の山猫そのものなのだ!
「……」
場から音は消え、空気の振動は音で無く殺気による刺激に変わる。
露出した肌の箇所、毛穴という毛穴を極小の針でチクチクと突かれたような嫌な感覚だ。
「
そして、
「……」
事ここに及んでも、澄まし顔のまま盤面を見つめたままの美少女、
本州屈指の大国が王族であろうが、その
この自分を……
中性的な顔立ちの猛獣は、血の滴る長剣をグイと後ろに引いて構える。
「……生臭い、具体的には魚臭いわ」
少女は変わらぬ体勢のまま、相変わらず視線も合わせず可愛らしい唇を動かす。
――
「……」
――なにが?
それは……終ぞ、この少女は
「はっはぁぁ!よう言うたきっ!」
ビュォォーー!!
全然笑っていない眼光で、大きく笑い声をあげた中性的な男は……
釣り竿のような長さの得物を下げた後方から振り回して鋭い切っ先を遙か前方に投げるっ!!
「……」
この期に及んでも、テーブル上の盤面から視線を動かさない暗黒の美姫。
そこに、およそ剣とは思えぬシルエットで大きく
ガキィィン!
「っ!?」
少女のか細き白い首が……
確かに弾け飛んだかと錯覚した瞬間だった……
が、弾かれたのは”釣り竿”のような
「肝を冷やしますぞ……宮……あまり相手を軽んじるような言動は控えなされと常々からあれほど……」
テーブル上の”
「……」
そして側近の老人の言葉も何処吹く風、寸分変わらぬ状態のまま澄まし顔で座る黒髪の美少女。
「ちっ!……
「……」
シャラン!
変わって
「!……これは……これは」
新たに自身の前に立ったスキンヘッドの人物を眺めた後、老人は再度、額の汗を拭う。
「……」
「……」
お互いの実力を一目見て察したのだろう、老人とスキンヘッドの男が否が応でも緊迫する空気の中で正面から対峙する。
――
―
「…………
しかし、元はと言えば自身に責任のある状況であるにも拘わらず、場の空気を一切読まない態度で黒髪の美少女の言葉が割って入る。
「っ!?」
そして驚くことに老人は何とも無防備に、
「そうでしたな……ご報告が尻切れになり申し訳ありません、宮」
そして、切っ先を向けられている事にはまるで興味が無いという様に、背後に座する黒髪美少女の方へ、
「……」
呆気にとられるスキンヘッドの男、
当の黒髪の美少女は、その後は沈黙してロイ・デ・シュヴァリエの盤面を見つめたままである。
「えーこほんっ、では、報告を継続させて頂きます」
今にも命がしれない状況の中、
最早それが本来の王宮風景と言わんばかりの堂々さだ。
「数刻前に入りました報によりますと、
――!?
――っ!
そして、老人の口からさらりと、とんでもない事実がこれ見よがしに告げられる。
「なっ……なんち……?」
「そう……大体予想通りね」
絶句する
「随分と驚いている様子だけれど、
泡を食った表情になった
「ーーーーーーーっ!」
その時初めて
「な……なん……ち……」
――対峙する物を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差し……
――それは、恐ろしいまでに
ゾクリッ!
そして
ここに来て、初めて
彼の波乱に満ちた半生の中でも、他のどのような存在とも比肩しうることさえ出来ない美貌が……
恐ろしくも至福の奈落へと
――ああ、これが無垢なる深淵……抗う気力さえ闇に溶けてしまう純粋なる闇……
そうして、
第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」 前編 END
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