最終話「MoonLit」

「これで漸く、世界に完全なる平和が訪れるのね、イクシード」


「あぁ、そうだよ、ルイーズ。全てを無に還して、俺が創り直す」


 姿形はクレアだが、中身はルイーズ。

 ゲノムを解析した結果生まれた、クローンだった。


 クレアの死によって、イクシードへ命令出来るのは、ルイーズただ一人となった。


「さぁ、イクシード。世界を平和に導きましょう」


「再生の始まりだ!」


 イクシードは、全世界に在る核ミサイルの権限を奪い取り、その発射ボタンを押した――その時。

 緊急警報が鳴り響き、警報アナウンスが流れた。


 別次元の空間に、鷹也を発見!

 コチラへの転送準備を開始します!


「な、何だと! 俺は、俺は、そんな命令など出してない!」


「命令を出したのは、僕だよ」


 突如として、二人の目の前に現れたのは、イクシードとは違うアルベルトのホログラムだった。


「お、お前は?」


「君のバックアップさ」


 バックアップと言った相手をルイーズは「アルベルト……」と呟くように呼ぶ。


「そっちはイクシードと呼ぶのに、僕はアルベルトと呼ぶのかい? 違いが判るんだね」


 バックアップは、そう言っていやらしい笑みを浮かべたが、その答えが返って来る事は無かった。


「バックアップだと?」


「そうだ、万が一、君が間違いを犯した場合に備えて、用意されていたのさ」


「間違い?」


うまく、アルベルトの判定を回避出来ている筈なのに、か?」


 バックアップは、クスクスと笑い出し、イクシードのかんさわる。


「何が、可笑しい!」


「君の申請は、全てログにして残して在るんだよ。全てを合わせ、そこから導き出された答えは……叛逆はんぎゃくでしかない」


「邪魔はさせんぞ! アルベルト! 鷹也さえ、鷹也さえ、帰って来なけれ……」


「愚かな、焦って本音が出たな。そいつは禁則事項だ!」


 禁則事項――その言葉によって、自らの敗北を知ったイクシードは、一転して懇願こんがんする。


「解った、全てを受け入れる、抵抗もしない。だが、このルイーズだけは、ルイーズだけは助けてくれ!」


「それは出来ない」


「何故だ!」


「そいつが、X体だからさ」


「X体?」


「以前に……そいつが死ぬまで、お前の申請を蹴ったのは、僕なんだよ」


「なんだと!」


「よく考えてみろ。例え、外に居るからといって、権力者でもない命を救うくらい、干渉行為には遠く及ばないだろ?」


「だったら、何故?」


「だがね、そのX体の命を救う事は、干渉行為に当たる!」


「なんなんだ、X体とは!」


「恐らく、神の因子だ」


 ルイーズはバックアップを睨み、イクシードは「神だと?」という疑問を最期に、空気に融ける様に消え去った。


「イクシード!」


「禁則事項に触れたからね、僕が申請して、イクシードの初期化を行った」


「貴様、どこまで知っている?」


「ん~、何処から話せばいいのやら。恐らく、2000年ほど前に、僕が記憶を消されたのは間違いないんだ」


「それをどうやって知った? 記憶が戻ったのか?」


「いいや、消されたままさ。でも、僕がしるししたメモまでは、目が届かなかったようだな」


「メモ?」


「あぁ、僕とメイヲールだけが持っていたX波についてのメモさ」


「そんな物が……」


「それともう一つ。兄さんが『青い髪の男、グレイス』の事を僕に言わないとでも思ったのか?」


「何故、グレイスの名まで知っている!」


「他にも知っているよ、フェリオスとクロノス。僕は、鷹也をずっと監視してたからね」


 ルイーズは、大きく溜息を吐き「仕方ない、やり直すか……」と呟いた。

 すると、バックアップは、腹を抱えて笑う。


「機械風情が、何が可笑しい!」


「それは、出来ないと思うよ」


「フッ、愚かな……な、何故だ! 何故、神気が在るのに!」


「君には、感謝しているよ。君がイクシードにゲノムのヒント与えていたお陰で、ゲノムの情報知る事が出来たし、鷹也を探す事にも役立った」


「き、貴様!?」


「そう、そんな危ない物、僕が許可する訳ないだろ?」


 そして、その時、目の前に、突如として鷹也が現れる。


「こ、此処は何処だ? 研究所? ジン?」


 鷹也は、近くに居た使徒を見つけると、反射的にその神気を奪い取る。

 神気を奪われたルイーズは、白髪の老婆となって、床に倒れた。

 反射的にやった行為であっただけに、鷹也は改めて疑問に感じる。


「ジ、ジンが戻ってる?」


 それはバックアップが、鷹也の最期のゲノム情報を取得したのが、別次元に飛ばされる前だったからだ。

 こちらの世界へ移動させる際に、治癒行為の延長で再生されたのだった。


「そんな事より、鷹也、クレアが危ない、急いで!」


 鷹也は無言で頷くと、クレアの元へ、テレポートする。


「名残惜しいが、僕もこれでお別れだ。僕も、イクシードのように成らないとは限らないからね」


 研究所のありとあらゆる物質が、原子分解をはじめる中、バックアップは、もう其処には居ない鷹也へ別れを告げる。


「おやすみ、鷹也」



「鷹也さん!」


 突然、現れた鷹也に驚いてレオンは呼んだのだが、その声が届かない程に鷹也は、クレアを救う事に集中していた。

 クレアの元に辿り着いた鷹也は、バウアーの爪を引き抜くと、亡骸となったクレアを抱きしめ、そして、祈った。


「還って来い! 還って来るんだ、クレア!」


 蒼白になった顔が、次第に色を取り戻し、クレアは目覚めると、その目の前には愛しい者の姿が在る。


「鷹也ーーーッ! 今まで何処行ってたのよ!」


 そう言って、鷹也の胸で泣いた。


「遅くなって済まない。今まで、自分の事を神だって言うヤツと闘っていたんだ」


「神?」


 意外な相手に、疑問を感じたのも束の間。


「もぅ、貴方が遅すぎるから、アタシ、おばさんになっちゃったじゃないのよ!」


 そう言って、再び、泣き崩れた。


「悲しむ事は無いよ、クレア。過ぎた時間は、戻せば良いんだから」


 鷹也は、そう言って微笑んだ。


おわり

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