第8話「Predictable」

 世界の支配率は、イマジニア60%、ヴァンパイア35%、そして、人間化しても共存を望まない者たちの住むエリアが5%となっている。

 イマジニアがその広大な6割の外周を隙間無く警備するのは不可能に近く、また、ヴァンパイアの領土が5割を切ったとは言え、まだまだ進入ルートは豊富で、亡命することなど容易い――筈だった。

 だが行く先々で、警備兵が配置されていて、クレア達は迂回に次ぐ迂回を繰り返す事となる。

 しかも、かなり短時間に正確な位置を割り出してくる為に、宿泊することが出来ず、常に動き続けなければならなかった。


 幾らなんでも、正確に把握し過ぎている!


 レオンは出発前、全員の持ち物を調べており、発信器のような物は勿論見つからなかったのだが、GPS付きの機器は捨てて行くよう指示していた。

 にも関わらず、30分として停止が出来ない状態にあった。


 常に、見られているとしか思えない。


 再び、持ち物検査をしてみたが見つからず、更には人体検査まで行ってみたが、反応はしなかった。


「まだ、スパイ野郎が、この中に……」


 レオンは、そう言って睨みを利かせたバウアーを制した。


「否、それはない。どう考えても、位置を伝えるには、常に電話でもしない限り無理だ。おそらく、俺達の知らない技術の発信機が付けられたと、考えた方が良いな」


 だが、それを誰が持っているのか……疑いたくはないが、バウアーが付けられたか?


 最初に襲撃を受けた事から、その可能性が一番高いと考えたのである。


「仕方ない、幾つかの班に分け、それぞれ違うルートでヴァンパイア領を目指そう」


 そう言って、クジでランダムに班を分けたように見せ掛け細工し、レオンはクレアと組むことになる。


「念の為、亡命ルートは教えないように。それぞれで考え、行動してくれ。運が良ければ、向こうで会おう」


 こうして、ホークアイのメンバーは散開したのだが、2時間後には、それが間違いであったと気付く。

 トータルエクリプスの追跡班は、自分達を追って来たのである。

 レオンは、自分が浅はかだった事を嘆いた。


 追いたいのは、クレアさんだけだ。

 この人に、付けているに決まってるじゃないか!

 何の確証も無く、先入観からバウアーを外してしまった。

 どう考えても、奴の戦闘力は在った方が良かった筈なのに。


 まだ、ホークアイのメンバー全員で居た頃は、交替で休憩や睡眠を取っていたが、今はそれも出来ない。

 散開から3日目、ついにレオンは、強行突破でヴァンパイアエリアに入ることを決意する。


 このまま長引けば、ただ体力を失うだけだな……。

 どうする?

 危険な賭けになるが、遣るしか道は無さそうだ。


 そう考えた時だった、停まっている軍の装甲車が見えた。


「よし、あれなら国境警備を破れる!」


 素早く、その装甲車を奪うと国境に向けてアクセルを踏み込んだ。

 しかし、時速が120kmを超えた時、踏み込む足に力が入らなくなる。


「し、しまった! 罠だったのか!」


 その装甲車には、時速が100kmを超えると、ゆっくりと催眠ガスが流れる仕掛けがされていたのだった。

 ゆっくりと排出されたガスは無味無臭で、噴出音もエンジン音に掻き消されるほど小さい物だった。


「俺とした事が……」


 普段のレオンなら、偶然に装甲車を見つけた事や、それが簡単に奪えたことに疑念を抱くのだが、寝ずに走り続けて来た事による睡眠不足と焦りが、レオンの判断を狂わせていたのだった。



 目が覚めた時、動く何かに乗せられ、運ばれている事を知る。


 何に乗せられている?

 揺れが少ない、音も小さい、少し気圧を感じるから飛行機か?

 状況から探す、全く、辞めたというのに……。


 諜報部員時代の癖が抜けない、そんな自分をクスリと笑いながら、今、一番必要な事を思い出す。


 そんな事よりも、クレアさんだ。


 部屋を見渡せば、紐で縛られ寝かされるクレアを見つけ、ひと安心する。


 俺の方は、拘束衣か、

 まぁ、ヴァンパイアなのだから仕方ないが、

 軍人とは言え、考えは人間の範囲内だな。

 ヴァンパイアを拘束衣で縛れると思うなよ!


 レオンは、拘束衣を破ろうと力を籠める。

 しかし、拘束衣はビクともしない。

 それに対して、レオンは我慢することが出来ず、思わず声を出し噴出すように笑った。


「全く、俺はという奴は……向こうの立場なら、俺もするだろうに」


 そう、レオンは人間に戻されていたのだった。


 もっと冷静に、冷静に

 落ち着け、落ち着くんだ。


 そう自分に言い聞かせ、静かに考察に入った。


 寝ていたのは、どれくらいだ?

 部屋に時計は……無いな。

 拉致された場所は軍施設が近い、なのに音速ヘリではなく、飛行機を選んだと言うことは、イマジニア本国ではなく、もっと遠い場所へ行くのか?

 それにしても、何故、俺を殺さなかったんだ?

 クレアさんに自殺させない為の、俺は人質か?

 殺されないと判った以上、今は、体力回復の為に、もう一眠りしておくか。


 再び、目を覚ます切っ掛けとなったのは、自ら覚ますものでも、不快な相手に起こされるものでも無く、急な衝撃だった。


「なんだ? エアポケットにでも入ったか?」


「いえ、違うわ」


「起きてたんですか」


「ええ、少し前にね。そんなことより、今の衝撃で行き先、いえ、着いた場所が判ったわよ」


「衝撃で? 着いた? 何処なんですか?」


「アルベルトの研究所よ」


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まさか! レオンの奴がスパイだったって事は……。

彼がスパイ? 有り得ないな。

何故、アンタがそう言い切れる?


次回「忘れ形見」

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