第10話「再び、幕は上がる」

 めかけの子さえ、居なければ……。


 エッカルトは幾度となく、アルベルトの暗殺を考えた。

 今やれば、間違いなく疑われるのは自分。

 否、それはさして問題ではない。

 暗殺が成功すれば、その責任を取って、自害する覚悟もある。

 問題なのは、その後、カイルが即位するかどうかだ。

 カイルが王に成らなければ、崇高な自己犠牲ではなく、ただの殺人であり、愚かな自殺だ。

 エッカルトの苦しみ悩む日々は長く続いたが、その想いが溢れそうになった頃、カイルから釘を刺される。


「エッカルト、もしもだ……もしも、お前がアルベルトを暗殺したとしても、私は王に成らんぞ」


 不意を突かれた質問に、エッカルトは慌ててその理由を問う。


「ど、どうしてで御座いますか?」


「やはり、否定より疑問か……どうせお前のことだ、その後、責任を取って自害でもするつもりなのだろ?」


 エッカルトは、自分の考えが見透かされていたことを恐ろしく思う反面、自分の性格をそこまで理解されていたことに嬉しくも感じる、複雑な気持ちになっていた。

 冷や汗をハンカチでぬぐいながら、必死にその言い訳を探しているところへ、カイルが別の質問を投げ掛ける。


「なぁ、エッカルト……お前が居なくなったら、他に誰が、私を守る?」


 その言葉で、エッカルトは思わず号泣する。

 それはカイルの母、エレーナが最期に残した言葉を連想させたからだ。

 ひざまついて泣き崩れるエッカルトを見て、カイルは更に続ける。


「そうだな……もし、私の見当違いで、アルベルトにその資格が無ければ、その時は、私が即位するよ」


 嘘ではないものの、これは恐らく自分を気遣った優しさだと理解した。

 エレーナの最期の言葉が、脳裏をぎる。


「ねぇ、エッカルト、貴方しか私の味方は居ないの。お願い、このお腹の子を私と同じように守ってね」


「はい、この命に代えましても、お守り致します」


 そうだ、そうじゃないか!

 もう少しで、取り返しのつかないことになるところだった。

 お嬢様の願いは、坊ちゃんを王にすることではない!

 どうして、こんな大切なことを今の今まで忘れていたんだ!

 自分の役目は、坊ちゃんに忠誠を誓い、守ることだ。

 それより優先されることなど、何も無い!


「申し訳ありませんでした。私が間違っておりました。このエッカルト、アルベルト様にも、坊ちゃん同様の忠誠を誓わせて頂きます」


 エッカルトは、床に付くくらい深々と頭を下げた。


「そうか、ありがとう」


 カイルからの感謝の言葉で、暫くの間、エッカルトは頭を上げることが出来なかった。

 そんなエッカルトの背に手を置いて、これ以上ない信頼の言葉を掛けた。


「私の留守の間、アルベルトを頼むぞ」



 一方、この同時刻、城の外では、全く温度の違った信頼関係がなされていた。


「カイルは決まって、日没と共に出発し、日の入り前には帰宅している。そして、その訓練の場所は、メイヲールが感知できないであろう範囲外へ赴いているんだ。メイヲールの気が変わって自分を襲ってくれば、アルベルトが巻き込まれてしまうことを懸念しての事だろう」


 グリンウェルは黙って頷き、グレイスは話しを続ける。


「大事なのは此処からだ。執事のエッカルトなんだが……実はアルベルトの事を良くは思っていないようだ。もしかすると、アルベルトの暗殺まで考えているかもしれないんだ」


「え? 王の子なのにですか?」


「あぁそうだ。エッカルトは、元々カイルの母、エレーナの執事でもあったんだよ。だがカイルは、何故か解らんがアルベルトを王にしたいと思っているようでね」


「てっきりバルバドの摂政は、カイルが大人になるのを待っているからだとばかり……」


「となるとだ、正妻の執事だったエッカルトにとってしてみれば、王はカイルに成って欲しいんだよ」


「あぁそうか、アルベルトが居なくなれば、カイルが王に!」


「そうだ。だが、エッカルトは臆病でね。あと一歩が踏み出せないようなんだ。そこで、君の出番なんだよ、グリンウェル」


「僕が代わりにアルベルトを殺せば、僕の復讐は叶うし、罪はエッカルトになると!」


 全く、馬鹿な子供に説明するのは疲れる。


 だが、その心とは裏腹にグレイスは、ようやく答えを導き出した生徒を褒め称えた。


「流石だ、やはり君は優れているな。だが、君にとっても弟になる訳だが……出来るか?」


「出来るよ! あんなやつ、弟じゃないよ!」


「素晴らしい。君の父さんも母さんも、君の成長を喜んでいることだろう。仇は、君自身の手で行うべきだ。だから俺は、カイルが戻らないかどうか、見張り役をさせてもらうよ。一人でも大丈夫か?」


 グレイスには、直接手を下せない訳が在る。

 それはグレイスが最も恐れている父に、知られてしまう可能性があるからだ。

 戦いで神気ジンを使えば父に知れるし、アルベルトの神気が消えても父に知られてしまう。

 最初は、こんな手の込んだことなどせず、自らの手でスパッと終わらせたかったが、今は自分の一挙手一投足で変わっていく、この舞台が面白くて仕方がない。


「やってみせます!」


 役者は、揃った。

 この幕で、アルベルトは死に。

 さらに、何の罪も無い執事をあのガキは、どうするかな?

 さぁ、第二幕を開けようじゃないか!


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


お前は、俺の舞台に必要の無い役だ。


次回「ミスキャスト」

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