第15話「アルベルトの目」

 白い外壁に青い屋根、後世に世界遺産とされるその城は、あるじが変わってもその美しさを失う事はなかった。

 ノックの後にウォレフが部屋に入ったところで、城の主であるカイルが切り出した。


態々わざわざ来てもらったのは他でもない。我々でこいつを狩ろうと思うんだが……」


 そう言って広げられた、戦略書の題字には、自分の目を疑うような名が書かれていた。

 

「正気か?」


 ヴァンパイア界で5本の指に入るウォレフでさえ、そう言ってしまうほど、その相手の強さは尋常ではなかった。

 かつて、500匹のドラキュラで討伐へ出向いたにも関わらず、失敗に終わっているほどである。

 そんな言葉を予想していたかのように、微笑みながらアルベルトが兄に代わって話を続ける。


「もちろん、勝算なしに言ってる訳じゃない。君達の協力が無ければ、勝つ事は難しい」


 ウォレフは、その相手と闘う事よりも、隣に立って居た者がメンバーである事の方が驚いた。


「ちょっと待て! 幾ら何でも、グリンウェルには無理だろ! ラズウェルドの方が良いんじゃないのか?」


「いいや、そんな事はないさ。グリンウェルは、本当の力を見せてないんだよ」


 全ての視線が、グリンウェルへと集まる。


「そ、そんなことないですよ。わ、私なんか混ぜたら、返って足手纏まといになるだけです」


 何故だ!

 何故バレた?

 私に落ち度があったのか?

 それとも、ただ、そう思うだけなのか?


 否定はしたものの、何故アルベルトがそう思うのか、理由を聞かずにはいられなかった。


「で、でも……どうして、そう思うんですか?」


「妖気の最大値さ。普通なら10~15程度の誤差は出るもんだよ。なのに君は、いつも計ったように同じ大きさだった。『まだ上がありますよ』って言ってるようなもんさ。おそらく……僕くらいは在るんじゃないかな?」


 グリンウェルは、まるで蛇ににらまれた蛙のように身動きが取れなくなっていた。

 自分の動き1つ1つが、目の前で微笑む蛇に、読まれているのではないかと言う錯覚におちいり、蛙は呼吸さえも出来ずに、ただただ恐れていた。


 まただ……、

 また、あの時の夢……、

 何でも見透かしたような、あの目。

 だが、もう二度と見ることもあるまい。


 今まで止めてた息を取り戻すかのように呼吸を繰り返し、まるで雨に濡れたような汗をぬぐった。

 檻の中で横たわる少女を見つめながら、己がつかむであろうめることのない夢に陶酔とうすいすることで、落ち着きを戻した。


  ・

  ・

  ・


 普段は静かな城も、やがて訪れる婚礼の準備で慌ただしくなっていた。

 城の内装は、人間の職人に依頼しており、薄暗かった廊下には、色鮮やかな花や電飾が飾られ祝福される者達を待っていた。

 その明るい世界の中で、薄暗い影が潜んでいることに、気づく者はまだ居なかった。


「本当に良いのか? カイル!」


「黙れ! もう決めたことだ!」


「君は、今だけしか見ていないから納得できるんだ! 人間との混血では、生まれてくる能力はたかが知れている。それどころか、王位争奪戦すら招きかねない!」


「今更、破談など……アルベルトが納得せん!」


 グリンウェルは、カイルにだけ聞こえるように口を動かした。

 その動きに、カイルの怒りは頂点に達する。


「そんなこと出来るか!」


「ならば、人間にやらせれば良かろう?」


 グリンウェルは、カイルへ近づき耳元でささやいた。


「……この話は、聞かなかったことにする。貴様も二度とするな!」


 一瞬だったが、迷ったなカイル。

 今は、それで充分だ。

 何れ、それは大きくなり。

 お前の体を突き動かす!


  ・

  ・

  ・


「幾ら音速で飛べる貴様でも、成層圏まで上昇すれば、地上に戻る前に灰になる筈だ!」


「やめろ! ローブの無いお前も……」


「元より生きて帰るつもりは無い!」


 2匹の蝙蝠こうもりは、山をそして雲をも越え太陽に近づいた。

 アルベルトはカイルを離し、羽撃くのを止め、星に引かれるままに落下していった。


「またをちかへり……君をし待たむ……」


 まるで全身が焼かれていく苦痛を感じないような微笑みを浮かべながら、アルベルトは灰になり妻の居る場所へと召された。


「私も……灰になるのか……」


 アルベルトが傘となってカイルは遅れて、灰になろうとしていた。

 だが、カイルは、皆既日蝕によって、その命を救われる。


 夜が更け、今一番会いたくない者が、カイルの城を訪れた。


 チッ!

 やはり相打ちには、成らなかったか!

 まぁいい、頭の良いチンパンジーより、力だけのゴリラの方が扱い易い。


「すまない。私のせいだ。私が出過ぎたばかりに、アルベルトを……」


 どうする?

 私の罪にするか?

 お前の性格では出来まい?

 お前に幾度となく囁き、

 知恵まで貸してやったが、

 決めたのは、カイル、お前自身なのだからな!


「もはや……過ぎたことだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る