第12話「束の間の休息」

「飛行機で来た事が無いから、どうなるのか、不安だが、そろそろかな?」


 鷹也がそう言った3分後、鷹也たちを乗せた小型ジェット機の計器が狂いだした。

 パドロが慌てて、操縦桿そうじゅうかんを握ろうとするのを鷹也が止め、さらにエンジンを停止させる。


「おい! 何をする! そんなことしたら……ん?」


 エンジンを切った筈の飛行機は、急降下はおろか揺れもせず、まるで飛んでないかのような安定を感じさせた。

 窓から見える景色が、真っ黒から急に明るい世界へ変わった時、ジェット機は、研究所の内部に着陸していた。


「す、凄い! 凄い技術だ!」


 パドロは感動して、すぐさま機体のハッチを開き、梯子はしごを下ろして研究所に降り立った。

 目に映る何もかもが、研究者としての心をワクワクさせているようだった。

 そして、更に驚くものを目の当たりにする。


 パドロは、あまりの事で声にならず、さらに腰まで抜かして、その場に倒れた。


「い、生きていたんですか?」


「違いますよ、僕はアルベルトのホログラムで、人工知能を持った此処の執事だと思ってもらうといいかな?」


「ホ、ホログラム?」


 倒れているパドロを見て、鷹也は梯子を使わず、そこまで飛び降りると、アルベルトのAIに声を掛ける。


「すまない、彼に車椅子を用意してやってくれないか?」


「了解した」


 するとすぐに、パドロの目の前で、ブロックを積み上げて行くかのように、車椅子が構築されていくではないか。


「ど、どういう原理なんだ? まるで解らない」


「全ての物質は、原子から出来ているだろ……」


 AIが説明を始めるのを見て、鷹也がそれを止める。


「その話は長くなりそうだから、あとで2人でやってくれ」


 AIは笑い、黙って頷いた。

 鷹也は、パドロを抱きかかえ、車椅子に座らせると、パドロは居ても立ってもいられないようで、すぐに手で漕ぎはじめ、AIの方へ。


「ホントだ、ホログラムだ! さわれない! こんなに間近で見ても、判別が付かないなんて!」


「飛行機で疲れただろうから、今日のところは、休んで明日にしましょうか?」


「わ、私は元気だ! 私に気にせず、君たちは休んでくれたまへ」


 車椅子に乗ってる老人に、そう言われる可笑しさをこらえながら、それに了承する。


「わかった、じゃぁ、パドロの相手をしてやってくれ」


 鷹也は、後ろを振り返り、やっと梯子を降りたばかりのクレアに声を掛けた。


「クレア、クレアはどうする?」


「私もチョット疲れたから、寝るわ」


「わかった、じゃぁ、彼女に部屋を」


「了解した……一緒の方が良いか?」


 鷹也は、要らない気遣いだとばかりに手を振る。


「あのさ、前々から気になってたんだが、父さんもそういう性格だったの?」


「忠実に、再現されている筈だが?」


「そうか、何だか疲れたら、俺にも部屋を」


「了解した」



 翌朝。

 パドロは食事の時でさえも、研究室から離れようとはしなかった。


「連れて来て、正解だったでしょ?」


 今後の事を考えると、いつも連れて歩く訳にもいかないから、置いてくるべきだったと思っていたものの、退屈はしないし、それなりの物も食べれると言う考えを見透かされたようで、クレアが嬉しそうに微笑んでいる。

 パドロはというと、別で用意した研究室から一歩たりとも出て来ず、食事でさえ「研究しながら食べれるサンドイッチを」という始末。

 人間化の薬は、そもそも在った物だから、一日で帰れると思っていたのだが、三日経っても五日経ってもパドロは、研究室から出てくる気配を見せず、あれよあれよという間に、気が付けば二週間も経っていた。


 ずっと闘いの連続だった鷹也には、良い休息になってはいたのだが、こうも時間が掛かると、邪魔をするのも悪いからと気を使って入らなかった研究室へと足を運んだ。


「パドロ、パドロ、パドロ!」


 三回呼ぶことで、ようやく他人が居た事に気付いた科学の探求者は、鷹也より先に質問をしてきた。


「君は……血を吸った事は有るかね?」


 唐突な質問に、小首を傾げながらも「ない」と答えた。


「一滴も?」


「一滴もだ」


 特に吸血鬼は、満月の夜に異常なほど喉が乾く。

 薬物依存症の者が、薬が切れた時のような症状に等しく、それは耐え難い。

 イマジニアに住むドラキュラですら、供給された人血を取るようにしていたのだ。

 だが、パドロの関心は、そこではなかった。


「君の血液を調べさせてもらっても、良いかな?」


「それは構わないが、人間化の薬は?」


「え? あぁ、それなら、来た時にAIに依頼して、取り合えず1000錠」


 そう言って、薬の入ったらしき袋を掲げる。


「え? じゃ、なにやってったの今まで?」


「研究じゃが?」


 だ、だめだこりゃ……。


 パドロは、頭を抱える鷹也を見ても、何も解らない様子で首を傾げた。


「本来の目的は、それだから、研究を続けたいのであれば、また来ましょう」


「採血だけ! 採血だけしたら、一旦戻るから!」


「解りましたよ、採血だけね」


 そう言って採血を行った後、再び研究室にこもった。

 そんなパドロに対して、手をあげて首を傾げて見せたら、クレアは愉しそうに微笑み返す。

 だが、鷹也は久しぶりの落ち着いた時間を過ごし、幸せと言うものを肌で感じていた。

 採血した日に帰れると思いきや、パドロが姿を現したのは、それから更に一週間が経っての事だった。


 見切りを付けて姿を現したものの、それでも未だ足りないようで、多くの資料を抱え、ジェット機に乗り込んだ。


 アルベルトの研究所から、イマジニアまでの飛行時間は、およそ14時間。

 夜の飛行時間を最小限の3時間になるように計算して出発した。

 パドロたちが乗るジェット機は、目的地さえ入力すれば全てコンピュータ制御で飛ぶようになっており、到着2時間前にアラームが鳴るようになっている。

 パドロは、今までの睡眠時間を取り返すように、眠り続けた。

 到着まで二時間を切った所で、パドロが目覚めのコーヒーを飲みながら、話を切り出した。


「君の血で解ったことがある。君はまだ、吸血の儀式は、終わっていないのだね?」


「吸血の儀式?」


「吸血の儀式と言うのは……ん?」


 パドロが説明を始めようとしたその時、突如として機体が急降下を始める。

 パドロは、急いで操縦席へと向い、鷹也もそれに続いた。


「どうした?」


「エアポケットに入ったと思ったんじゃが……捕まったようだ」


 パドロは、機首に居る原因を指さした。

 そこには、機体に張り付くヴァンパイアの姿が在った。


「俺が、相手をしてくる」


 そでを心配そうにつかむクレアに「大丈夫、必ず帰るから」そう言って、ハッチを開き外へと飛び出した。


 まるで待っていたかのようにヴァンパイアは、機体を離すと、鷹也を誘うように地上へと降りた。

 鷹也は、機体が視界から消えるのを確認して、その後を追う。

 その先には、更に2匹のヴァンパイアが待っていた。


「俺を知っているか? エクリプス」


 顔に見覚えは無かったが、妖気の大きさと3匹居る事で、そいつらが何者なのか判った。


「ガーランド、オズワルド、レイリアだな。態々わざわざ狩られに来たのか?」

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