第7話
「くえすちょんを設置し忘れていたチュン。申し訳ないチュン」
くえすちょんとはツイートンで使われる質問投稿サイトのことで、大体のVtuberはこのくえすちょんを使ってリスナーとコミュニケーションを取ることが多い。
設置を、というよりURLをツイートンに貼っていなかったのは私のミスだ。
だがそれを謝罪するのは下切 雀である。
「ほんっとにごめん」
込み上がる不快感を抑えて、改めて寧々へと謝罪した。
「別にいい。彼方は頑張ってるし全然サポートできてない私も私だから」
「次からはミスはしないから」
下げた頭の寧々の小さな手がのった。
「彼方、ここは会社じゃないよ?全部が全部、許されるとは言わないし言うつもりもない。けど下切 雀は私たちなんだ。私だけじゃない、彼方のミスは私のミスも同然だから……だから頭をあげて?」
はっ、として顔を上げるとあまり表情を変えない寧々が珍しく柔らかな笑みを浮かべている。
「もっと気楽にいこ?」
「……うん」
やっぱ叶わないなぁ。
昔から寧々と一緒にいると、彼方はお姉ちゃんみたいだね、なんていわれることがある。
だが実際は寧々の方がお姉ちゃんみたいだと思う。
私なんかよりよっぽどしっかりしている。
寧々は携帯を操作すると、先ほどのツイートにきたリプライを私に見せる。
『大丈夫ですよ!』
『これから質問責めにしてやるにゃー』
などなど、寄せられているのは暖かいコメントばかり。
少し泣きそうになりながらも、丁寧に一つ一つのコメントにいいねを押していく。
私も切り替えなければ。
「くえすちょんも置いたことだし、質問に答える枠とかしたいんだけど、寧々はどう?」
「大丈夫だよ」
「わかった。じゃあ後日いくつか質問ピックアップして渡すね」
「了解」
「生放送の良かったところ切り抜いて、あとでツイッターにあげるけど、他に編集してほしいのとかない?」
「大丈夫」
「おっけー。じゃあ終わってないの編集しちゃうねって、うわっ」
寧々の冷たい手が頬を挟む。
「流石に働きすぎ……」
「あはは、つい楽しくて……」
「彼方はもうちょっと自らを労わるべきだと思う」
「同僚にもよく言われるよ。まあ、けど……寧々のためって思えば頑張れる気がするんだ」
やばい、言ってて恥ずかしくなってきた。
熱が宿った頬を隠し「はずっ」と呟いて顔を逸らす。
直ぐに話題を変えようと、横目で寧々を見るとそこには私以上に顔を赤くした寧々がいた。
「なんでそっちが照れてんのさ」
「まじで反則。無理、絶対今のでエイム悪くなった。メンタルはエイムに直結するんだからもう少し手加減して」
「意味がわからん」
寧々は早口でそうまくし立てると、軽い足音を鳴らして部屋に戻っていった。
ふふっ、さてと寧々にも言われたし今日はこれで終わりにしようかな。
冷蔵庫から度数高めのチューハイを取り出して、リビングのテレビをつける。
流すのは公共放送などではなく、お気に入りのVtuberの配信だ。
最近、お気に入りなのは
個人勢でそのほんわかとしたオーラでファンを魅了して止まない。
ホラーゲームは苦手だが何故だか毎回ホラーゲームの実況をして、絶叫をあげている。
チューハイ片手に、ニロちゃんの配信を観ているとリビングの扉が開いて、寧々が隣に座る。
「あっ、ニロちゃん観てるの?」
「うん。好きなんだよね。特にリアクションが」
「わかる、すっごくわかる。ホラーのリアクションとか本当に最高。彼方は観た?二週間前ぐらい前のなんだっけ、パラノーマルのやつ」
「ああ、パラノーマル・Kyotoだね。京都が舞台になってるホラーゲームの。観たよ!あれすっごく面白かったよね!」
「うん、さいっこうだった。怖かったから一人で観るのは嫌だったけど、ニロちゃんのあのほんわかした声のおかげで観れたんだよね」
「わかる、めっちゃわかる!そういえば寧々の好きなVの話、あんまり聞いてなかったけど他には誰かいるの?」
「フランク・りん博士とか好きだよ」
「りん博士!私もあの人、好き!いろんなVに楽曲提供してるよね!全部神だし!」
「わかる、ニロちゃんが歌ってた『哀愛傘』とか最高だった!」
「ラストのところめっちゃ好きなんだよね。あのかなしーみの〜ってところ」
「あー、わかる。ニロちゃんの高音がほんとに綺麗で、あそこだけリピートしちゃった」
「わかりみ〜!」
アルコールのおかげもあって、いまとっても気分がいい。
放送を観ながら、寧々に寄り掛かってみる。
私よりも頭ひとつ分、いや1個半ぐらいの差はあるだろう小柄な体型。
たぶん、中学生の頃から変わっていないような気がする。
「彼方、酔ってるでしょ?」
寧々を見ると、じとっとした目をこちらへ向けている。
表情に浮かべているのが不快感ではないことを確認して、「んー」と考えるふりをしてにる。
「なして?」
答えも出るわけなく、理由を聞いてみると、寧々は少しだけ気まずそうに毛先を弄った。
「だって、彼方は素面の時は絶対にこんなにくっついてこないから」
「あー」
そうだっけ?
思い返してみるも、特にそんな気はしないけど……いや、でも物理的な距離という意味では、確かにそうなのかも。
子どもの頃は、手を繋いだり密着して一緒に映画を見たり、同じ布団で寝ることなんて当たり前だった。
でも中学生になって、まず同じ布団で寝ることがなくなった。
高校生になると、体の距離が離れていき、大学生になる頃には手も繋ぐこともなくなった。
理由はわからない。
でも、たぶんきっとそれが普通で、大人になるってことだっただと思う。
「大人はさ、友だち同士で手を繋がないんだ。過度な密着はしないしお風呂も一緒に入らない」
「ん?……うん」
若干、何を言っているんだこいつという考えが顔に出てしまっているが、見て見ぬフリをして続ける。
「でも、大人というものはずるいから、お酒を理由に大人であることを拒否するんだ。だから理由を手に入れた私は大人であることを拒否して、こうやって寧々にくっついているのさ」
「深いようで浅い話しないで。まぁ、私は別に人前じゃなかったら、もうちょっとくっついてくれたほうが嬉しいけど」
おんおんおん?
Vtuber同士がこういった会話をしてくれれば、赤色の投げ銭となって私の意志は届くが、この場合はVtuberと一般人、やや炎上よりにシフトしそうだ。
いや、でも同性だし……実際、同性で暮らしてる片方がVで偶に同居人が出てきてはオタクの拝みが飛び交うような人もいるし……
「てぇてぇ、なのか?」
「酔っ払い相手じゃ、てぇてぇのての字もないことになるって今立証された」
どこかふくれっ面の寧々に首を傾げていると、『じゃーねー』とニロちゃんの声が聞こえてくる。
どうやら、配信が終わったみたいだ。
時刻を確認すると、十時を超えている。
話しながらだから、あんまり内容が入ってこなかったし後日、アーカイブ見とかないと。
「ふわぁ、そろそろ寝ようかな」
「ん。わかった」
少し、というより結構酔っているが足取りはしっかりとしている……と思う。
洗面台に行き、歯を磨きながらふと先ほどの寧々の言葉を反芻する。
『くっついてくれたほうが嬉しいけど』
ふふっ、寧々も意外と子どもっぽいところがあるようだ。
友人に萌える、なんて表現してしまうと流石に気持ち悪いがそういった一面を見れることは長い仲での特権というやつかな。
歯を磨き終わると、そのまま自室に行き、ふかふかのベッドにダイブする。
部屋の暖房がついているのに、まだそんなにあったまってないのは歯磨き中に寧々がつけておいてくれたのだろう。
布団をかぶって、携帯を充電器に差す。
既に眠気は限界だ。
でもなんとか最後の気力で携帯で、Metubeを開いて睡眠用と書かれたリストから好きなVたちの動画を再生する。
昔からの悪い癖だ、何かを聴いていないと眠ることができないのは。
好きなVの声と共にやがて睡魔にあらがえなくなり、自然と瞼は落ちていった。
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____小さく、触れるぐらいのノックをする。
当然、中からの返事はなく鍵もかかっていない扉は、直ぐに開いた。
部屋のなかでは、充電器に差した携帯から小さく、女の子の声がしている。
彼方は何かを聴いていないと眠れない。
それが最近は、大音量の音楽からVtuberの生放送に変わった。
呼吸一つ一つが、大きく聞こえる静まりかえった部屋を歩き、ベッドの隣にある椅子に腰かけ、寝ている彼方のほっぺたをつつく。
相変わらず一度寝てしまえば、大概のことでは目を覚まさない。
普段は人の寝こみを襲うなんてことはしないけど、今日ばかりは我慢がならなかった。
______勇気を出したアピールを何食わない顔で受けながしやがって。
と慣れない口調で地団駄を踏みたくなる。
私は独占欲が強い。
理由はきっと、優秀な兄と姉が原因だった。
私と違って優秀な彼らは両親からたくさんの物を貰っていた。
それは愛情だったり、物だったり、優秀ではない私はほとんど与えてもらった記憶がない。
そんな私にいつも何かをくれたのは、いつも公園で出会う女の子。
最初は小さな飴だった。
私の腕をとって見たこともにない景色を見せてくれる、そんな彼女は私の憧れで、何よりの宝物になっていた。
「にぶちん、め」
男女共に好かれる綺麗な顔を横目に、小さくため息をついた。
昔からかっこよくて、優しくて、色々な人に好かれる大切な幼馴染。
今日みたいな多少のアピールでは鈍感な彼女は気づかない……それなら。
独占欲の強い私は悪いことを思いついた。
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※てぇてぇ
尊いの意。Vtuber好きの鳴き声。
例「かなねねてぇてぇ(彼方と寧々のコンビ尊い)」
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