第6話

ついに迎えた初放送の日。


「下切 雀だチュン。よろしくだチュン」


『雀ちゃんの生声にゃあああ』


猫神様が既にコメント欄にいることに苦笑しつつ、万が一にもトラブルがないように放送を見つつ、近くで待機する。


放送をまたしても猫神様がリツイートしてくれたおかげで、見ているのは千人を超えている。

現在のチャンネル登録者数の半分以下だが初配信、それも大手でもないのだから上々だろう。


「猫神様も来てるチュンね。今日はゲームをやる前にリスナーの呼び名やチュンのファンアートタグを決めようと思うチュン」


初放送といえば、ファンの総称を決めることは醍醐味の一つだろう。

あとはファンアートタグ。

vtuberはファンアートが書かれることが多い。

ファンアートタグはそんなファンアートを探しやすくするためのものである。


「みんなアイデアはあるチュンか?」


『お婆ちゃんとかは?』

「舌を切る気かチュン!?却下チュン!」


ふふっ、確かに舌切り雀が元ネタだから、その発想は分かるけどせめてお爺ちゃんにしないとお婆ちゃんは痛い目を見る方じゃん。


『雀の餌』

「いや、雀の餌は草チュン……いや、あり、チュンか?」


『草』『俺は支持する』『餌かー』『猫神様も逆に食べられる言ってたし良いのでは』


おお、なかなか好感触なものが出た。

確かにツイートンでのやり取りのこともあるし良いのかもしれない。


「決定チュン。リスナーはみんなチュンの餌チュン」


『いえええい』『にゃーから最初に食べてニャ?』『いや、猫神様草』


「今考えてたチュンけどファンアートってもしかしてチュンアートでいいのではチュン?」


『確かに』


確かに。わかりやすくて良いな。


「じゃあ決定チュンね。リスナーは雀の餌。ファンアートはチュンアートチュン」


早速ツイートンに投稿する。

タグ付けしてツイートだ。


『リスナーの名前とファンアートタグが決まったチュン。

タグを使って投稿してくれたら嬉しいチュン。

リスナーの総称 #雀の餌

ファンアートタグ #チュンアート』


よし、ツイート完了。


動画ページに戻ると既に雀はゲームを起動していた。

寧々が使っていたアカウントとは別に、suzume_Vという名前でアカウントを作っている。


今はマッチング中のようだ。

この作品は百人のプレイヤーが、どんどん狭くなっていく安全地帯に向かいながら最後の一人になるまで殺しあうバトルロワイヤル形式のゲーム。


雀は何千万といるプレイヤーの中でも普通に強い方へ分類されるはずだ。


マッチが始まったらしい。


飛行機に乗っているプレイヤーが次々と降下していく。


雀はちょうど真ん中あたり、大きな街に降りるらしい。

どんどん高度を下げていってパラシュートを出すとそのままゆらゆらと家の屋上に着地する。

この家は屋上から室内に入れるタイプの家みたいだ。


家に入ると武器を拾い、大雑把に物資を漁っていく。


本人はファントム・マインドの弊害と言っていたがあの忙しすぎるゲームと比べるのはどうなんだろう。


さてコメントも好意的だし今のところ機材のトラブルはなさそうだから私はやるべきことに移るとしよう。

一応、裏でBGMとして音量小さめで放送は流しておく。


今はこれの処理が先決だ。


溜まった動画ファイル。

これら全てが最近撮られた雀の声入りプレイ動画である。


これはチャンネルにあげる用のものだ。

企業に属さないvtuberにとって動画投稿は登録者を増やすためには必須とも言っていい。歌動画とかもいいけど、雀にはこれゲームが一番だと思う。

できれば毎日投稿、こった編集をしなかったらたぶん、可能だと思う……こればかりは私が頑張らないとだけど……



____ぽちぽち編集をしていると、ふと結構な時間が過ぎていることに気づいた。


やばっ、配信全然観てなかった!

慌てて、雀の放送画面に切り替える。


……ふと、見えた視聴者数に目を見張った。


な、七千人……!?

慌ててコメントを見る。


『いや、うま』

『なにこの、バーサーカー雀……』

『この子、@プラスの新人じゃないの・・・?』

『やばやばにゃー』

『いや遠距離それでなんでそんな当てれんだ』


「そんなに難しくないチュンよ。毎日リコイル反動コントロールの練習すればできるチュン。この銃なら右上に寄っていくから下に寄せながらその逆にリココンしてあげれば簡単チュン」


右上に13と書かれたキル数、コメントと会話をしながら的確に敵を倒していく姿。

ツイートンを見れば『雀ちゃん強すぎにゃ……』と猫神様がツイートしている。


なるほど、これのおかげもあって見てくれる人が増えているわけか……にしてもびっくりした。

登録者数はぐんぐん伸びていて、まるで大手企業Vだ。


ツイッターで『チュンの生放送』で検索すると様々なコメントが寄せられている。

好意的なものしか見られなく、少し安心する。

放送を聞く感じ、寧々も緊張せず、話ができているようだ。


一瞬、嫌な予感が頭を過ったが、それも杞憂だったようで安心した。


パシュンと、狙撃中による鋭い銃声が鳴って、『マッチ終了』の文字が画面に表示される。

表示されている順位は1位、雀が勝利したことは一目瞭然だった。

それによって、コメントの流れも速くなる。


『うますぎる!チャンネル登録しました!』

『ないすにゃー!』

『GG』


「GGチュン!どんどん行くチュンよー!』


寧々の声色に含まれていた少しの緊張は既にない。そんな楽しんでいる様子に、自然と笑みが漏れる。


さて放送を裏で流しながら、編集に戻る。


寧々も頑張ってるし私も頑張らなくちゃ!




「今日はみんな来てくれてありがとうチュン。また直ぐに生放送するから来てくれると嬉しいチュン」


そんな言葉で締めくくられた生放送が無事終了すると大量の『面白かったです!』や『お疲れ様でした!』といったコメントが流れていく。

終了と同時に減っていく視聴者数を眺めながら、私はツイートンで『下切 雀』で検索をかけてみた。

トップに表示されているのは生放送の切り抜き、ちょうど一試合目の内容だ。

ツイートの内容は『上手すぎる新人Vtuber現る』

どんどんリツイートが増えていってるツイートを見ながら、私はにやにやが抑えられないでいた。


「ねえ、寧々、見てみて……ってあ」

寧々はソファでうつぶせのまま、「あ~」と疲れ果てた声をだしていた。


……その姿で、検索よりもまずは掛けるべき言葉を思い出す。


「おつかれ、寧々」」

「ありがと、まだ全然慣れてないからすごい疲れた」

「なんか作ろうか?」

「大丈夫。飲み物なんかある?」

「緑茶でいい?」

「うん」


緑茶を注ぎ、寧々の前に持っていく。

随分お疲れのようだ。


「ありがと」

「最初の生放送どうだった?好評だったみたいだけど」

「楽しかったよ?でも緊張してエイムがブレた」

「そっか」

ぜんぜんそんな感じはしなかったけど……

やっぱゲームが上手い人はすごいな。私はゲームが苦手だから少しうらやましい。


「今日はもう寝る。疲れた。彼方は明日仕事だよね?」

「うん」

「ありがとう。こんな時間まで」

「いいよ。私も私で楽しんでるからね」


事実、私もこの裏方というものを楽しんでいる。

最近は下切 雀をすこってくれるリスナーを見るのが楽しみになっている自分がいた。


もし、寧々が私を頼ってくれなかったらきっと私はまだ灰色の日常に囚われたままだっただろう。


だから。


「これからも一緒にV人生頑張ろうね」

「うん」


灰色の日常を過去に、今はこの道を歩んでいこう。大好きな親友と共に。

我ながら恥ずかしい台詞だが心の底からそう願う。

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