第4話

 うちの学校は月曜日と木曜日は基本部活は休みだ。俺は放課後、畑中と一緒に里田さんと新井先輩を屋上に呼び出した。早速畑中が口火を切る。

「奈緒、本当のこと言って。本当はタスキなんて盗んでないよね」

「……」

里田さんはうつむいて答えようとしない。

「奈緒……」

 畑中がそっと里田さんの手を握った。

 里田さんは、何度か瞬いてから、ため息を大きくついた。意を決したように口を開く。

「……君。咲也君、引越ししたら、走れなくなるってすごく落ち込んでたから、勇気付けたかったんだ。私、高所恐怖症だけど屋上の給水塔の上から、駅伝で使うタスキ、振って見せるよって……走る思いをつないで欲しかったの……。咲也君、走ることを諦めないで欲しいって思って……」

 頭の中で、試走会から学校に帰った時に、屋上の給水塔の上に見た人影のことを、俺は思い出した。

 じゃあ、あの時俺が見たのって、給水塔の幽霊じゃなくて……里田さんだったのか。

「違うっ。盗んだのは俺だ。奈緒じゃない」

先輩の大声に、畑中が首をすくめる。でも、俺はそれでかえって冷静になれた。

「じゃ、先輩。タスキはどこにあるんですか」

 途端に先輩が静かになった。

「里田さんもだよ。タスキ持ってるなら、里田さんなら、すぐに返してくれるよね。拾ったとでもいえば良いんだし」

 里田さんが泣きそうな表情を浮かべる。畑中が、やめようよとでも言いたげに俺のシャツの裾を引っ張ったけれど、俺は続けた。

「でも、それをしない。出来ないのは、タスキ、盗ってないからだよね」

 里田さんがこくりと頷いた。新井先輩は目を見開いて彼女を食い入るように見つめている。背中で、畑中が安堵のため息をついたのが聞こえた。

「駅伝の試走会が終わって、田中先生の車の近くを通ったの。後部座席が無造作に相手いて、タスキを入れてるっていう桐の箱が見えた。箱のことは、咲也君から聞いたことがあったから、知ってたんだ。でも、私が桐の箱を開けた時、中にはタスキが入ってなかった。それでも私、咲也君にああ言った以上、やらなくちゃって思って……学校には、田中先生に忘れ物をしたって言って入れてもらったの。屋上の鍵はあらかじめ持ち出していたから……」

「奈緒……お前、馬鹿じゃねーの」

 新井先輩がポツリと言った。その言葉に、畑中は、ブチッと来たらしい。ぐいと、一足前に進み出ると、新井先輩に詰め寄った。

「ちょっと、先輩。その言い方はないよ。奈緒は高いところ苦手なのに、給水塔に登ったり、やってもいないのに、タスキを盗んだって言ったり……。全部あんたのためじゃん」

 おいおい、先輩のこと、あんた呼ばわりするなよ。畑中……。

 俺がわざとらしく、こほんと咳払いをすると、畑中はハッと我に返った。

「奈緒、ごめん」

と言って、スカートをぎゅっと握りしめた。

「新井先輩は、里田さんをかばおうとしたんですよね」

俺の言葉に、新井先輩はツンとそっぽを向いた。気まずいらしい。が、同時にホッとしている様子も見て取れた。きっと、里田さんのことを、すごく心配していたに違いない。先輩の目の端が少し赤らんでいるのを、俺は見なかったフリをした。

俺は、再び里田さんに向き直った。

「里田さん、今日はリボンの色が違うんだね」

 里田さんが顔を上げた。

「私、あの日たまたま赤いリボンをしていたから、とっさにリボンを外して振ったんだ。でも、風で飛んでいっちゃって。リボン、失くしちゃった。タスキの事、約束と違うよね。咲也くんに嘘、ばれちゃうから、どうしても私がタスキを盗んだことにしなきゃって……」

 それで、私が盗んだって、言ったんだ……と里田さんは言った。

「あーあ、心配しちゃったじゃねーか。お前がやったんじゃなくて良かったよ。全く!」 

突然、新井先輩が秋晴れの空に吐き捨てるように大声を出した。途端に、里田さんの目に透明な涙が盛り上がり、はじけて、こぼれ落ちた。里田さんが、ゆっくりと先輩に近寄り、その背中にとんと、おでこをくっつける。

「本当、私バカだね」

 二人はしばらく、そのまま動かなかった。


屋上を出て行く二人の背中を見て、

「あーあ、当てられちゃったね」

と畑中が呟いた。俺も、心なしか頬が熱い。っつーか、隣にたつ畑中の指先が近くて。その気になれば握れる距離な訳で。俺はちょっと、ほんのちょっとだけ、畑中の方に体を寄せた。緊張でうなじがピリピリする。サッと秋の風が俺とは田中の間をすり抜けた。

すると、畑中が突然、給水塔のはしごに取り付き、おっかなびっくりって感じで登り始めた。

「なっ……お前、アブねーぞ」

畑中は俺の忠告に耳を貸さないで、一番上まで登ると、手をかざして辺りを見回した。

「うわー。なんか高すぎて、膝が笑うよ」

「だから、降りてこいって」

「あれ? 落ちてる」

 何がだよ。

「ほらそこ。給水塔と、校舎の壁の間。多分取れるよ。高杉、そこだって」

 畑中に指示されるまま、俺は後者と給水塔の土台の隙間に腕を差し入れた。柔らかなものが指先に当たった。引き出す。

 これは。

「奈緒のリボンだね。タスキの代わりに振ったって言ってた……」

 降りてきた畑中が、俺の手の中の赤い布きれを見て言った。

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