No.34 キャラメル星の銀の塔
遠い遠い未来の、ずっとずっと昔の話。はるか彼方の銀河の先の、小さな星からやってきた、偉大な博士と優しい助手の物語。
卵型の宇宙船が、宇宙の中をさまよっていました。船の中には、博士と助手。2人きりでずっと、新しい仲間を探す旅をしています。
「助手よ、最後に意思疎通が可能な生命体と出会ったのはいつだったかな?」
「そうですね、少なくとも3ヶ月は前でしょうか」
「そうか、実りのない調査ほど辛いものはないな」
博士はげんなりした様子で、壁についた計器をいじります。それを見た助手は、博士を元気付けようとこんなことを言いました。
「博士、少し休憩しませんか? 誰もいない星で、少しバカンスをするのもいいと思うんです」
「バカンス? そんなことをしている暇はない。と言いたいところだが、たしかに君の言う通り、たまには休息も必要だろう。どれ、一番近い星に着陸して、そこで羽を伸ばすとしようか」
「はい!」
博士は、オートパイロットの進路を宇宙レーダーに映る一番近い星にセットして、助手といっしょにバカンスの準備を始めました。
栽培装置の未熟な野菜、干からびたベーコン、しなびたパンからサンドウィッチを作ったり、冷蔵庫の裏に隠しておいたとっておきのお酒をカバンに詰めたり、しばらく洗濯していなかった黄ばんだシーツを、ブルーシートの代わりにすべく畳んだり。
バカンスの準備は、やるべきことが沢山ありました。でも、博士と助手はそれを大変だとは思いません。なぜなら、博士と助手は、バカンスは準備の段階からすでに楽しいことを知っていたからです。
『チャクリク ジュンビニ ハイリマス チカクノ ハシラニ ツカマッテ クダサイ』
そうこうしているうちに、宇宙船は最寄りの星に到着したようです。オートパイロットのアナウンスとともに、宇宙船は強烈な振動と、轟音を伴ってその星着陸しました。
「着いたみたいだぞ!」
大きなカバンを担いだ博士は、子供のように外へ飛び出して行ってしまいました。
「待ってください博士!」
助手も、あとを追って宇宙船の外へ出ました。
「あっ!」
外は、一面の砂でした。キャラメル色の砂が、見渡す限りどこまでも延々と続いています。
「我々以外の生命反応もない。文明の痕跡もない。ここは砂以外何もない星のようだな」
機械であたりを調べていた博士がつぶやきます。
「だが空気は綺麗だし、見てみろ」
見上げると、そこには満点の星空。コンペイトウのような星々が、キラキラと輝いています。さっきまで自分たちはあの星々の間をウロウロしていたのだと思うと、助手は、なんだかそれが可笑しく思えてきました。
「僕たちは、星の隙間のあんなに小さな所で、仲間を探していたんですね。そのときは宇宙の果てまで行ったつもりでしたけど、ここから見ると、ほんの少ししか移動していないんですね」
「そうだ。我々の研究は、冒険は、まだ始まったばかりなのだ。ここに来てそれがわかった。実感した。ここに来られて良かったよ」
では、さっそくバカンスだ。そう言って博士がシーツを砂に広げた、その時です。遠くの砂丘から、静かに塔が生えて来ました。砂をかき分ける音以外の音は聞こえないほど、静かに。アスパラガスのような、細長いその塔は星の光を受けて鈍く銀色に光っています。
「あれはなんだ! 助手、バカンスは一旦延期だ。あの塔を調べるぞ」
そう言うと、博士は抱えていたカバンを放り捨てて、宇宙船へ駆けていきました。おそらく調査のための機材を取ってくるのでしょう。
助手はと言うと、博士が放り捨てたカバンを拾い上げて、ぎゅっと抱きしめました。バカンスが中止になって、大変残念だったのです。
「助手、すぐ行くぞ! あのへんてこな塔に!」
「はい!」
機材が詰まったカバンを持った博士と、サンドウィッチとお酒の入ったカバンを持った助手。2人は砂を踏みしめて、塔へ向かいます。
砂の平野を通り抜けて、砂の丘を越えて、砂の山を登って、やっとこさ塔にたどり着きました。
博士が機械で塔の表面を調べようとすると、ツルツルの壁がスッと開いて入口が現れました。
「我々を呼んでいるのか?」
博士と助手はカバンを抱きしめて、銀色の塔の中へ入っていきます。塔の中は、壁も床も銀色にキラキラしていました。2人が部屋の真ん中へ立つと、部屋がせり上がり始めました。
「なるほど、この部屋全体がエレベーターだったのだな。どのような仕組みで動いているか、あとで調査しなければ」
最上階まで着くと、エレベーターは動きを止めました。エレベーターから続く通路の先に、星空が見えます。屋上があるようです。
博士と助手は、カバンをより一層強くぎゅっとすると、通路を進み始めました。
おそらくこの通路の先に、この塔の主人がいる。友好的ならいいが、敵対するようなら戦わなくてはいけない。もしそうなったら、腰の光線銃が効く相手なのだろうか。そんな不安で胸をいっぱいにしながら、助手は通路を進みました。
最新の機器でも探知できない構造物。美しい金属加工技術。何よりしばらくぶりに知的生命体と出会えそうだ。そんな期待で胸を膨らませながら、博士は通路を進みました。
通路を抜けた先は、広い広いバルコニーになっていました。バルコニーの真ん中に、ポツンと何かの石碑がある以外は何もありません。
「目立つ塔の屋上の石碑か。もしかしたら、ここは古代文明のお墓なのかも知れないな。ピラミッドやマチェラュペと同じ、王族が権威を示すために作った巨大な墓の一種なのではないだろうか」
「なるほど確かにそう考えるのが自然ですね。解析機であの石碑を調べたら、より正確な情報が得られるかも知れません」
助手は、カバンから出した機械で石碑を調べました。すると、急に石碑が2つに開き、そこから瑠璃色の煙が吹き出してきました。間欠泉のような素晴らしい勢いでたっぷり吹き出した煙は、空中で一箇所に纏まると、人の形になったのです。
「す、すごい! これはなんだ? 古代文明のホログラムか? それともワープ通信か?」
興奮する博士と、驚く助手の脳内に、不思議な声が響いてきました。
「こんばんは、異星の民よ」
パーティの喧噪を、マーブル状に混ぜて1つにしたような、不思議な声です。
「わたしはこの星最後の1人、タレメです」
ラジオがチューニングされて、ノイズが減るように声が収束されると、落ち着いた大人の女声になりました。ぼんやりと人の形を取るだけだった煙も、徐々に輪郭をはっきりと取って髪の長い女性の姿へ変わっていきます。
「タレメ、1つ聞きたい。君は何者なんだ? なぜ君には生命探知装置が反応しない?」
「簡単なことです。わたしはとうの昔に死に、ここに残っているのは魂の残滓、スキャンされたわたしの脳を基にした、電子頭脳だからです」
美しい女性の姿となったタレメは、にっこりと微笑みます。
「あなたの質問に答えるよりも、わたしが全て説明してしまう方が早くすみそうね」
そう言うと、彼女は語り始めました。
…………昔。この星は、端から端まで金属に覆われた白銀の美しい星だった。星の光を地面がキラキラと反射して、それはそれは美しかったのよ。地下から無限に掘り出せる資源を使って、この星はどんどん発展して、どんどん豊かになった。でも、そんなことがずっとは続かないことは誰にだってわかるわよね?
当時19歳だったわたしにだってわかった。わからない人も居たみたいだけど。
この星が限界を迎える直前のことよ。この星に住んでいた全て生物は、ある選択肢を与えられた。滅びを迎える星に残るか、万に1つの可能性を信じて旅に出るか。
その問いに対して、ある2人の子供は、それぞれこう答えたの。
『きっと、考えられないくらい遠くになら、すごい素敵な場所があるハズ! だからアタシ行くわ! 臆病なあんたらみたいな奴らのために、アタシが新天地を見つけ出してやる!』
ってね。タクシディって子は、そう言ったわ。光速以下で航行するロケットに、乗るやつのセリフじゃないわよね。
とにかく、彼女はそんな泥舟に乗って宇宙に旅立ってしまった。ゆっくりゆっくり、新しい場所を求めて。
『この星はもう、おしまいだ。どうあがいてもどう頑張っても、その事実は曲げられない。でも、ここを離れることはできない。だって、ここを離れて遠くへ行ってしまう人達が戻ってきた時、おかえりって迎える人が必要だもの。わたしは、そのために残る』
そう言って、その子は自分という存在を永遠に保つ装置を作った…………
「その2人目の子が、ここにいる君という訳だね? タレメ」
「いいえ、違う」
「どういうことですか?」
メモを取って居た助手が、ふと問いかけます。
「違うのよ。わたしは、その子でも、ましてやタクシディでもないのよ」
瑠璃色の髪が、スパンコールのようにキラキラと輝きます。
「わたしは、今の話に出てきたどっちの子でもない。ただの、タクシディに恋した男の子よ」
「ん? その見た目、声、話し方で男とな?」
「ええ。2人目の女の子、アポヒケフは、人間の脳丸ごとを保存する方法を短期間で考案した。でも装置が完成する頃には、酸素が濃くなり過ぎていて、病弱な彼女に耐えられる環境じゃなかった。彼女は、この装置をわたしに託した」
あまりに急な話だったので、博士と助手はただただ瑠璃色の昔話を聞くしかありませんでした。
「色々と語ったけど、要はわたしは、初恋の相手が迎えに来るのを、もうずっと待っているの。あの子が、アポフケフに会いに帰ってきたときに、おかえりを言ってあげるために。アポヒケフとして、おかえりを言ってあげるために。
わたしの恋心なんて、遠い昔のことでもうすっかり消えてしまったけれど、あの子が親友との約束を果たすために帰ってきたときに、その親友がいなかったら、どんなに悲しむか」
ポツンと残ったこの塔の他には何も無いこの星で、コンペイトウの隙間から、その人が戻って来ることを信じて。
おそらく数万年もの間、初恋の親友を待っていたのでしょう。ずっとずっと1人で!
「電子頭脳に移し変わった時点で、わたしはただ存在するだけのモノとなった。でも不思議ね。久しぶりに誰かと話したら、なんだか安心しちゃった。ホログラムを維持するのもそろそろ限界みたい。もしアポフケフと会ったら、よろしく伝えてね」
瑠璃色のスパンコールは、風に煽られたロウソクの火のように急にかき消えてしまいました。
2人は、石碑の前でしばらく彼女のいた場所を眺めると、黙ってその場から立ち去りました。博士は石碑の前にお酒の瓶を残して。助手は、用意していたサンドウィッチの包みを、お酒の横に置いて。
宇宙船に乗り込んで、エンジンに火を入れながら、博士はつぶやきました。
「きっと彼女の、いや彼の仲間はもう戻ってこないだろう。でも」
博士は遠ざかってしまった故郷を思い出しました。
約束したのだから。きっと、迎えにくるさ。
コンペイトウの隙間を縫って、きっと。
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