老桜(ろうおう)

山本てつを

第1話老桜(ろうおう)

 ある公園の桜並木。一本の年老いた桜が立っていた。もう、ほとんど花をつけることもなくなった、老桜。

 老桜には、ひどく焼け焦げた痕があった。幾年も昔、雷が落ちた痕。それ以来、老桜はほとんど花をつけなくなった。

 誰も見上げることもなくなった老桜だが、しかし、その幹は、その枝は、己の存在を大空へ主張していた。

 老桜には誇りがあった。かつて、自らのつけた花の下、集った多くの人たち。その笑顔。誰をも虜にした、花の美しさ。それは過去の思い出ににすがっているのではなく、過ぎ去りし日の栄光にすがっているのでもない。事を成し遂げた、誇りだった。

 老桜は落雷の不運を嘆きはしなかった。自分に雷が落ちたのは、不運だったためではない。自分がどの木より、大きく、雄々しく、天に枝を伸ばしていたから。だから、雷は自分に落ちた。それは、自分より小さな、若い木々を守るため。不運ではなく、必然だった。

 満足に花をつけぬ老桜。しかし、今年もまもなく、春という季節が、他の木々と等しく老翁を抱きとめようとしていた。

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老桜(ろうおう) 山本てつを @KOUKOUKOU

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