第47話 晩餐会④
外観からして荘厳な宮殿の内部は、一段と絢爛豪華なものだった。
玄関ホールの天井には輝かんばかりの高級硝子を惜しげも無く使ったシャンデリアが煌めき、ぴかぴかに磨かれた大理石の床に様々な色の光がきらきらと反射している。
正面の大階段にはビロードの絨毯が敷かれ、手すりには金の塗装がされ、端々には有名彫刻家によるものと思しき彫像が鎮座している。
それを登った先にある大きな扉を潜り抜けると、再び下り階段があり、階下には盛大なダンスホールが広がっていた。
すでに多くの来賓達が訪れ、楽団による演奏に合わせてホールの中央で踊るカップルもいれば、給仕係達が忙しく運んでくる立食用の御馳走に舌鼓を打つ者もいる。
また、随所に設置されたソファ椅子に腰かけ、談笑し合う者達もいる。
ここはまさに、ラシェルにとっては久しぶりの、社交界の場だった。
(お父様ったら、こんなに本格的な晩餐会を開催するなんて……)
経済的に余裕が無いと言っていたはずなのに、大丈夫なのだろうか――とも思うが、それほどまでに、フラウト家との婚約という事実を公にすることは、ハルフェロイス家にとって大きな意味を持つことなのだろう。
そしてその場を華やかなものにして、ハルフェロイス家の豊かさを示すことが、将来的な利に繋がると考えてのことにちがいない。
(こうなってくると、ますます『実は偽装婚約なんです』だなんて言えない……)
すると、ラシェルの困り果てた表情から心境を読み取ったのか、サイラスが声をかけてきた。
「そんな顔をするな。堂々としていればいい。なりゆきではあるが、今この場では俺は紛れもなくお前の『婚約者』だ。そしてお前は、他の誰よりも輝く今日の主役だ。いっそ楽しんでやるくらいの気持ちで臨め」
「……は、はい!」
力強いサイラスの言葉に、ラシェルは一瞬ドキリとしながらも、強く頷いた。
「それにしても、主催者であるラシェル君のご両親が見当たらないね? まずはご挨拶をと思ったんだけどね」
御馳走を見て今にも走り出しそうなザックを嗜めながらもそう言ったアルベルトに、サイラスが「ああ……」と頷いてから階下を指さした。
「それはおそらく、『アレ』のせいだろう」
サイラスの指し示す先には、会場の中で、一際目立つ存在があった。
大階段のすぐ下のあたりで、ど派手な金色の礼服に身を包み、前髪をオイルでぺったりと固めた若い貴公子が、お付の者と思しき老執事相手にぎゃんぎゃんと大きな声でわめいていた。
「納得がいかない! せっかく父上に頼み込んで僕がラシェル殿と婚約をするはずだったのに、どうしてこんなことになったんだ! しかも父上は、我慢しなさいとか言ってくるし……! これまで、僕の頼みなら何だって聞いてくれたのに!」
「仕方がありませんよ。お相手はフラウト家の三男坊様とのことですから、商談を餌に婚姻を迫ることも出来なくなったわけですから」
「何だよ! 爺やまでそんなことを言うのか!? 僕がずっとラシェル殿に目を付けてたこと、知ってるだろう!?」
「ええ、勿論ですとも。公式行事にお出ましになるたびに、いつも遠目にラシェル嬢を観察して居たり、時にはこっそりと後をつけてたりもしていましたからね」
「そうだ! 僕ほど彼女を想っている男はいない! 彼女にとっても、僕と結婚する方が幸せなはずなんだ!」
そんな会話が、ホールに反響して、階段の上にも筒抜けとなっていた。
それを聞いて、ラシェルは思わず口元をひくつかせた。
「えーっと……もしかして、あの人が……」
「ああ。マーレイ家の長男、エイビル・マーレイだ。年は確か、三十を超えているはずだが……」
げんなりとしたラシェルの心中が、サイラスの言葉でさらにどんよりとしたものとなった。
「なるほど。シャルル殿としては、フラウト家という後ろ盾が出来たとはいえ、まだマーレイ家との関係が切れているわけでは無いからね。この状況では流石に出てきにくいだろうねえ」
うんうん、と気の毒気に頷くアルベルトの横で、ザックがふんっと鼻を鳴らした。
「あんな奴、およびじゃねえって、さくっと解らせてやればいいだけじゃねえのか?」
「そんなこと言っても……」
気弱な声でため息交じりに答えると、サイラスが口を挟んできた。
「いや、ザックの言う通りだろう。ここは、もう張り合おうなどと思えないほどに、自身の仕様の低さを理解させてやるのが得策だろう」
「え……ええ?」
困惑しているラシェルに、サイラスがにやりと意地悪気に微笑んだ。
「こちらがいかに素晴らしい婚約者であるのか、見せつけてやればいい」
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