第46話 晩餐会③
そこに立っていたのは、菫色の男性用礼服に身を包んだ麗人――リュークだった。
そしてその横には、
「あらぁ、ラシェルさん。ごきげんよう」
「ふ、フレデリカさんも!?」
リュークにエスコートされる形で並んで立っていたのは、華やかにフリルがあしらわれたオレンジ色のイブニングドレスに身を包み、艶やかにメイクアップしたフレデリカだった。ラシェルと異なり、ドレスやヒールにも慣れた様子で、歩く姿勢も美しく、淑女ぶりが際立っている。
(この人がまさか、血染めの狂戦士だなんて、ザックじゃなくても思わないわよね……)
思わず、そんな風に思ってしまった。
リュークとフレデリカが並び立つ姿は、どちらも女性であるとはいえ、似合いの美男美女カップルのようにしか見えない。
「ラシェルだったのか。そうとは気付かず失礼した。今日はお招きいただき、感謝しているよ」
「えっ!? リュークさんやフレデリカさんまで、招待されてたんですか!?」
「ええ。リュークちゃんのエクセレイア家も、私のオルウェン家も、古くからハルフェロイス家とは、同じ地区の貴族として付き合いがあるのよ」
それを聞いて、ますます今日の晩餐会の盛大さに眩暈がしてきた。
そこに、アルベルトが一歩前に出て来て、リュークに一礼した。
「ご機嫌麗しゅう、リューク・エクセレイア殿。今宵は御目にかかれて光栄です。体調は如何ですか?」
「貴殿は……アルベルト・レイターバーク殿ですか」
リュークは一瞬目を見開いたが、すぐに自身も敬礼した。
「先日は地上での一件にて、私と私の部下が貴団にご迷惑をおかけしました。私はこの通り回復しましたし、部下も命に別状はありません」
「大事に至らなかったようなら何よりです」
そう言ってから、アルベルトはにこりと微笑んだ。
「魔性化した部下を手にかける……その決断はさぞ、お心苦しかったでしょう。私も同じく騎士団をまとめる者として、そのお気持ちはよくわかります。よく頑張られましたね。だからこそ、我らの音楽がお役に立てたなら何よりです」
すると、リュークは一瞬黙してから、静かに言った。
「……神聖近衛騎士団の副団長として、成すべき使命はわきまえているつもりです。だからこそ、魔性化した部下を斬ることに、迷いはありませんでした。手こずってしまったのは、単純に油断していた自分の落ち度ゆえです。今回は運よく貴団の音楽が効いて、ヨハンは元に戻りましたが……例えそうでなかったとしても、使命を全うしていた自信はありますし、私はそのことに心を痛めるような弱い人間ではありません。貴方達のように甘い考えに浸るつもりもありません」
淡々と言い切ったリュークの横顔は、わずかに青ざめていて、どこか無理をしているようにも見えた。
(リュークさん……?)
これまでの彼女らしい凛とした気迫が感じられず、不思議に思っていると、フレデリカが「リュークちゃん、大丈夫?」と声をかけ、リュークがそれに無言でうなずいた。
「……では、お先に中に入らせてもらう。失礼」
それだけ言い残し、リュークはフレデリカと連れだって去っていった。
「リュークさん……本当に大丈夫なんでしょうか」
ぽつりと呟くと、隣に居たサイラスが考えこむように腕を組んだ。
「さあ、どうだろうな。まだ本調子でないことは確かなようだが、どちらにせよこれ以上聞いてくれるなと言わんばかりの態度だったな」
「それにしたって、相変わらず失礼なやつだよな。素直に音楽の力すげー!って言えばいいのによ」
不満げに言ったザックに、アルベルトが苦笑した。
「彼女も立場上、持つべき信念があるだろうからね。葛藤しているところもあるんだと思うよ。……その信念が、かえって彼女を苦しめなければいいんだけどね」
「……はい。本当に……」
真面目で高潔なリュークだからこそ、その信念が揺らいだ時に、人一倍悩むことにならなければよいのだが――ラシェルもまた、そう思って頷いた。
それに、一つだけ心配なことがあった。
(私にとって騎士団の仲間が心強い存在であるように、リュークさんにとっても、フレデリカさんをはじめとする仲間が心の支えだったはず。……なのにまさか、部下であるヨハンさんの本心をあんな形で聞く事になって、相当ショックだったんじゃあ……)
さっきのリュークの、生気の無いようにすら見えた顔が、頭から離れなかった。
(本来なら、私なんかが出る幕じゃないのかもしれないけれど……それでもあの場に立ち会ってしまったわけだから、放っておくことは出来ない。機会があれば、リュークさんとちゃんと話をしてみたい)
そう、強く思った。
「何はともあれ、今日の主役がいつまで経っていてもこんなところで井戸端会議しているわけにはいかんだろう。中に入るぞ」
サイラスの誘いに、アルベルトが頷いた。
「確かにね。だんだん夜も更けて来たし、姫君を夜風に曝すわけにもいかないからね」
「ひ、姫君とか、変な呼び方は辞めて下さいっ」
「なんでもいいから、さっさと入ろうぜ。せっかくの御馳走が全部無くなっちまう」
そうこう言いながら、四人で連れだって会場の中へと足を踏み入れた。
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