第27話 サイラスの実力①

『晩餐会は七日後だそうだ。その間、簡単な任務が入るかもしれんが、期日には戻ってくることは出来るだろう』

(……七日後。ど、どうしよう。私がサイラスさんと並んで晩餐会!?)


 考えただけで緊張して、頭がくらくらとしてくる。

 化粧はそれなりにするつもりだが、持っているドレスは若干くたびれ始めている。

 おそらく新調する必要があるだろう。

 ドレスに靴にアクセサリーに……準備しなければならないものは山ほどある。

 もちろん、父が準備してくれる可能性だってあるが、ラシェルとていっぱしの勤め人だ。親の反対を押し切ってまで騎士団に入ったからには、いつまでも親に援助してもらうつもりはない。むしろ、ここは自分で準備をして、力をつけていることを両親に見せつける場面でもあるだろう。


(ああ、それにしたって、なじみの仕立て屋さんにお願いしたり、髪の結い上げも手配しておかないといけないし。任務もあるかもしれない中でそんな余裕なんて……)


 頭の中でやらなければならないことを指折り数えていると――


「……ラシェル。ちょっと、ラシェル! あたしのレッスン中に上の空って、随分な態度じゃない?」


 突如かかったモルナーの声に、ラシェルはびくりと飛び上がった。


「へ? あ……ご、ごめんなさい!」


 慌てて現実に立ち戻り楽譜を見直すが、どこから演奏するのかがわからない。

 訓練中に気をそらすなど何たる失態だ。ラシェルは肩を落とした。


「おいおい。しっかりしてくれよ。せっかく俺が合わせてやってるってのに」


 鼻息を荒くするザックの頭をぺしりとモルナーがはたいた。


「何言ってるのよ。あんたのリズムが走っちゃうから、ラシェルに付き合ってもらって修正してるんじゃない」

「そうは言っても、好きに叩けって言ったのは団長の方だぞ」


 唇を尖らせるザックの額に、モルナーはぐりぐりと人差し指を押し付けた。


「団長ちゃんがそうは言っても、物事には限度があるのよ。好きに叩くって言っても、あんただけの音楽になってしまったら、ハーモニーは作れないのよ」

「ハーモニーなんか知るかよ。いつだって俺はこうやって来たし、第一、団長は俺のリズムに周りが合わせるって言ってたぞ」

「それは団長ちゃんぐらいの技量を皆が持ってればって話よ。相手を見ながら動くぐらいのことはやってのけるかもしれないけど、一般人のラシェルにそんな無理難題押し付けたって無理に決まってるでしょ」


 肩をそびやかすモルナーに、今度はラシェルがぐっと言葉を詰まらせる番だった。


「うう……ただの一般人ですみません」


 がくりと首を垂れると、モルナーはひらひらと手を振る。


「別にいいわよ。あんたみたいなごく普通の子が努力だけでよくここまでついてきてるものだって思うし、そこを期待してるわけじゃないから」


 相変わらずの毒舌にラシェルは思わず顔をひきつらせた。

 だが、そんなモルナーも物憂げにふうとため息をついて訓練室の外を見やった。


「……とはいっても、どっちかっていうと、ラシェルのハープよりサイラスちゃんの横笛の方がこの子の太鼓とうまく合わせることは出来ると思うんだけど」


 確かに、アルベルトの作った行進曲は、サイラスの横笛を主旋律とした曲であるがゆえに、なかなか主旋律がないと合奏をするにもイメージがわきにくい。


「サイラスさんはなかなか会議なんかでお忙しいですから……。以前からめったにこちらの訓練には参加できていませんし」


 事務的な仕事に忙殺されているサイラスを訓練室で見かけることはある。だが、サイラスは常に何かしらの書類を見ていて、めったに訓練に参加しない。

 むしろアルベルトの方がよく見かけるぐらいだ。

 アルベルトが参加するときは指揮をとるときもあるが、足りない主旋律を多彩な楽器を操ることが出来るアルベルトが代行してくれるのだ。


(って、あれ? よく考えてみたら、サイラスさんが練習しているのって、ほとんどどころか全く見たことがないかも……)


 以前の任務の時に聞いた限りでは、彼がかなりの腕前の持ち主であることはわかった。

 だが、ラシェルがここに来てこの方、彼があの曲を練習しているのを聞いたことはない。


(多忙だとは思ってたけど、サイラスさんっていつ練習してるんだろう?)

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