第53話 終章③
「遅い!」
扉を開けると毎度ながらの厳めしい顔をしたロイドが三人を出迎えた。
それにラシェルはびくりと首をすくめたが、アルベルトとサイラスは飄々としたものだ。
「申し訳ございません。人手不足にもかかわらず、想定以上に大きな案件でしたもので、少々事後処理が立て込んでおりまして」
サイラスがにこやかに微笑むと、ロイドはわずかにバツが悪そうにこほんと一つ咳をした。
「……それについては悪かった。前回のお前たちの報告から、今回の標的が相当な力を持っていることはわかっていたのだが、何分、騎士団もすべて出払っていて、応援を出すことはかなわなかったのだ」
意外にも申し訳なさそうに顔をしかめるロイドに、アルベルトはにっこりと微笑んだ。
「お気になさらず。かといって長く放っておくわけにもいかなかった心中お察しいたします。確かに苦戦は強いられましたが、我が騎士団の力で標的を沈静化させることに成功いたしましたので、ご安心ください」
「……そうだな。この状況下で、お前たちはよくやってくれた。吾輩は剣や槍を振るうことしか知らぬ武骨ものだ。それ故に、お前たちの音楽とやらが、本当に魔獣に対して効果的であるなどとは正直なところ信じることが出来なかった。しかし、今回の結果だけを見れば、信じざるを得ない」
渋々ながら認めざるを得ないことに、ロイドは渋面を隠すことなくむっつりと告げた。
騎士団でありながら楽団の真似事のような方法で魔獣を倒せるなど、ラシェルとて始めは思ってはいなかった。
だが、今となっては、この騎士団が奏でる音楽は魔獣の心に響き、血を流すことのない平和的な戦いができるはずだと胸を張って言える。
それを少しでも認めてもらえたことに、ラシェルは顔を綻ばせた。
ただ、そこで終わらないのがこの統括部長だ。
「しかし、今回の魔獣に効果があったからといって、すべての魔獣に対して適応されるという保障はない。それに、もし標的が複数体であれば、お前たちが楽器を準備している時に一網打尽だ。これらの理由から、まだ実用的とは言えん」
言われてみれば、今回はニーヤが標的を陽動し、足止めの役割を担ってくれたからこそ、演奏に集中しやすい状況だった。
そして、考えたくもないが、確かに魔獣が複数出現する可能性もあるだろう。
そう思うと、確かに課題は山積みである気がした。
「確かに、今回お前たちは結果を出した。……無事に帰って来てくれて何よりだ。だが、前例のない不確かな戦法は、時に破滅を招くこともある。検証段階の戦闘を率先してやろうとするお前達の騎士団に、これ以上貴重な人材を割くことが出来ないのも事実だ。理想を追うばかりではなく、現実を見ろ。……統括部長としての吾輩からの連絡は、以上だ」
ロイドはぴしゃりと言い切り、三人を追いやるように部屋から出した。
追い出された三人は顔を見合わせた。
「呼びつけたり追い出したり、忙しい御仁だね」
やれやれとばかりにアルベルトが肩をすくめ、ラシェルは苦笑した。
「ですが、概ね私たちの働きを認めてくださっていましたし、悪い方ではないですよね」
「まあ、悪い奴ではないし、言ってることも間違いってはいない。だが、使えない男ではあることも確かだな。所詮は中間管理職だからな」
サイラスがそう言い捨てたのを聞いて、ラシェルは就任前に頭に叩き込んでいた、軍部の権力図を思い出した。
「えっと……確か軍部のトップは総帥で、その下に副総帥。そして戦略担当の軍師長が居て、その下に騎士団領長と神殿兵長……の、六人の幹部が居るんでしたっけ……」
「その通りだ。そして、騎士団領内の統括本部長であるロイドは、騎士団領長に次ぐ立ち位置ということだな」
それに、アルベルトも頷いた。
「ロイド殿にできることには限りがある。騎士団を実質的に動かすことができるのは、六人の幹部――」
アルベルトがそう言いかけた、その時。近くを通りがかった一団があった。
周囲を歩いていた他の騎士達が一斉に道を開け、姿勢を正したのを見て、その一団がお偉方であることが伝わってくる。
ラシェルもまた上司二人に促され、通路の脇に立ちながらも、その一団をちらりと見遣った。
すると、四、五十代の壮年の男性陣の中に、一人とびぬけて若い二十代ほどの青年が紛れているのが見えた。
くすんだ金髪に赤銅色の瞳をもつ、理知的な印象の青年だ。
「……あの人は……?」
小声でそう尋ねると、サイラスが一瞬押し黙った後、低い声で答えてくれた。
「さっき言った六幹部の一人……神殿兵長のハンクロード・ランディスだ」
「ええっ? あんなにお若いんですか?」
「ああ。異例の昇進をした有名人だからな」
そんなやり取りをしている間にも、一団はこちらへ向かってくる。
そして――
「無事に帰って来たのか。お前達の珍妙な思想が、どこまで続くのか見ものだな。せいぜい頑張るといい」
アルベルトの目の前を通り過ぎようとした青年――ハンクロードの口から、ぼそりとそんな言葉が呟かれたのがラシェルの耳にも入った。
サイラスもそれが聞こえたのだろう。彼の眉間に深い皺が寄る。
だが、言われたアルベルトはどこか寂しそうに眼を閉じた。
「今の方は……いったい?」
二人の様子が気にかかり、ラシェルは隣に立つサイラスに問いかけた。
「あいつは俺たちの友人だった。……遠い、昔の……な」
サイラスが深く息をつく。
「そう……。だけど、昔は昔」
うんとアルベルトは一つ頷くと、くるりと二人を振り返った。
「今は君たちが僕の部下であり仲間だ。さあ、僕たちは僕たちの未来を作るために、新たなる友を迎えに行こうじゃないか!」
何かを振り切るように歩き出したアルベルトに、サイラスもまた頷いて後に続く。
去っていった一団はもう見えない。
何かが始まるような、そんなわずかな胸騒ぎがラシェルの中に起こる。
それは襲い掛かるような不安なようにも思える。
(だけど、団長の背中を見ていると、そんな不安がきれいに消えていく)
それならもう、迷うことはない。
(私は、この背中について行く)
ラシェルはそんな決意と共に、足を踏み出した。
~ 第一楽章 「聖楽騎士団始めました」 完 ~
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
次回からは第二楽章に突入いたします。
今後も風変わりな騎士団を見守っていただければ幸いです。
レビューなどで感想をいただけると嬉しいです!
<ナツメチサ>
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