第46話 心の壁②

 文化に大きな差のある二つの土地。その隔たりは、簡単には埋められないのかもしれない。

 けれど、こうしてニーヤと会話していると、同じ人間だということを実感できる。


(立場が違っても、ちゃんと正面から向き合うことが出来れば、どんな壁でも崩せるかもしれないのに……)


 それは簡単なことのようで、とても難しいことなのだ。

 異邦の地での様々な出会いを通して、改めてそう思った。


(地上に降りる機会が無ければ、こんな風に考えることもなかったんだろうな……。そう思うと、やっぱりこの生き方を選んでよかったのかもしれない)


 騎士団に入ることを反対した両親や、ラシェルのことを心配してくれたフォルの顔が目に浮かんでくるが、今なら、正々堂々と胸を張って、自身が騎士団に入ったことの意味を話せる気がした。


(無事に任務を終えたら、また会いに行って、ちゃんと伝えられるといいな……)


 心からそう思った。


「さて、休憩もできたことだし、これからどうするかを決めないといけないね」


 ラシェルの表情が和らいだことを察してか、声をかけてきたアルベルトに、サイラスが頷く。

 サイラスの表情は、僅かな緊張感を帯びていた。


「ああ。とりあえず、この村が次のターゲットになることは間違いないだろう」

「どうしてそう思うんですか?」

「周囲を見てみろ。どの家も、窓に板を打ち付けたり、塀を補強したりしている。隣村が魔獣に襲われたと聞いて、用心している者が多いということだ」

「つまり……この村の人々の恐怖心が強くなってきているということですか?」

「そういうことだ。予想通りなら、魔獣は人の恐怖心が集まるところにやってくるはずだからな」

「周囲の他の集落でまだ新たな被害が出ていないということは、魔獣の行動範囲はまだザール村付近から大きくは外れていないはずだからね。お腹を空かせた魔獣の次の獲物は、この街の人々ということになるわけだよ」


 アルベルトがサイラスの言葉に同調するようにそう続けた。

 人々が魔獣を恐れ、用心すればするほど、恰好の的になってしまうとは、何とも皮肉なことだ。


「なら尚更、村人たちを説得して避難させないと……!」

「だが、それをしたところで、避難先が的になってしまう可能性もある。村長が、無駄に不安を煽りたくないと言っていたが、それも一理あるということだ」

「そんな……。じゃあ、一体どうすれば……」


 為す術が無く項垂れたラシェルの肩を、アルベルトがぽんと叩いた。

 その手に、どこか力強さを感じて、ラシェルが顔を上げると、にこりと微笑むアルベルトと目が合った。


「だからこそ、僕たちの出番ということだよ。魔獣が襲って来たら食い止める。そして、僕たちなりの『やり方』で倒す。そのために、ここに来たんだからね。どうせなら、魔獣だけでなく、村の人々の心にも届くような、素晴らしい演奏をしてみせようじゃないか!」


 確かに、その通りだ。

 そのために、毎日ハープの練習をして、心身ともに準備をしてきたのだ。


「……はい!」


 ラシェルが強く返事をすると、アルベルトは満足げに頷いた。


「とりあえず、今日は村の側で野営しよう。魔獣が来るとしたら、闇の力が活発になる夕暮れ時以降だろうからね」

「それなら、あたしが知り合いから馬車を借りて来てやるよ。野宿するよりはましだろうからね」

「ありがとう、助かるよ」


 ニーヤの提案に、アルベルトが微笑む。


「でも、いつ来るかも判らない魔獣が来るのを待って、ずっと滞在するんですか?」


 いくら弱小騎士団とはいえ、そう何日も任務に時間をかけていいのだろうか。

 そんな疑問を抱いたラシェルに答えたのは、サイラスだった。


「魔獣が到来するまで、そう時間はかからないだろう。少々裏工作をしておいたからな」

「え? どういうことですか?」

「さっき、『魔獣が襲ってくるかもしれない。注意しろ』と言いふらして回ってきた。信じる信じないはともかく、村人たちの恐怖心が煽られていることは間違いない」

「え、えええ⁉」


 目と口を大きく見開いたラシェルに、サイラスはにやりと笑みを見せた。


「なに、決して嘘をついたわけじゃない。あくまで注意喚起だ。それをどうとらえるからその人間次第だがな。そして、それによって事件解決が早まるなら、悪くはないだろう」

「た、確かに……」


 少しの間姿を消していたかと思ったら、そんな根回しをしていたとは。サイラスの効率重視の手腕に、開いた口が塞がらないラシェルだった。

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