第23話 懐かしき再会①

 サイラスと別れたラシェルは、とぼとぼと歩を進めていた。

 宿舎に帰ろうとも思ったが、こんな気持ちのままでは休めないのは目に見えている。

 とはいえ、商業地区までレッスンに出向くには、体力と気力が足りない。

 練習すれば無心になれるかもしれない――と、訓練室に行くことも考えたが、そこでまたサイラスと鉢合わせてしまってもバツが悪い。

 そう考えると、騎士団内を歩くのもためらわれ、気が付くと街に出てきてしまっていた。

 どこへ向かうともなくと歩き続けていると、徐々に日が傾こうとしていることに気付いて、ラシェルははっとした。


(私、どこまで来ちゃったんだろう)


 あたりを見回すと、繁華街からは随分と離れた閑静な住宅街で、ラシェルの実家からは少し離れた場所にある貴族の屋敷が立ち並ぶ一角だった。


(ここって、確か……)


 目の前に広がるのは、幼い頃に何度となく通った街並みだ。

 ふと、この道を共に歩んだ幼馴染のことを思い出す。

 フォルと呼んでいた少年――フォルフォラーズ・シュタール。

 今も記憶の中にくっきりと残る、灰金色の髪を持つ深緑の瞳が印象的な少年は、ラシェルが幼い頃の親友だった。

 音楽を好んだ祖母同士の縁で出会って以降、共に音楽鑑賞や演奏を楽しんだものだった。

 ここはそんなフォルの生家の近くだ。

 貴族とはいえ中流であり、大豪邸というわけではないが、それでもどこか見覚えのある懐かしい景色に、ラシェルは思わず笑みを漏らした。


(そう言えば、いつも落ち込んだらフォルの家にこっそりと出かけていたっけ)


 随分と長くフォルとは交友を持っていた。

 フォルはとても優しくて、些細なことで悩みがちだったラシェルをいつも励ましてくれていた。

 だが、あることがきっかけで会うこともなくなってしまった。

 それでも、久しぶりにここまで来たからにはと、記憶をたどるように路地を進んでいくと、庭園の薔薇が見事に花を咲かせた石造りの屋敷が目に入った。


「わぁ……懐かしい」


 門扉から延びる薔薇のアーチは、まさに記憶のままだ。

 懐かしさのあまりラシェルが思わず中を覗き込もうとした、その時だった。


「どうかしましたか?」


 背後から突如かけられた穏やかな男性の低い声に、ラシェルは思わず飛び上がった。


「ひあっ……す、すみません! 怪しいものではないんです!」


 慌てて振り返り、ぺこぺこと頭を繰り返し下げたのだが――。

 顔を上げた際に一瞬ちらりと見えたどこか見覚えのある面影に、思わず相手の顔をじっと見つめてしまった。


「……って、あの……もしかして、フォル?」


 恐る恐る問いかけると、青年は驚いたように目を見開いた。


「え……まさか、君は……ラシェル?」


 忘れもしない深緑の瞳が、ラシェルの瞳に映りこむ。


「ええ、そうよ。まさか会えるなんて……!」


 ラシェルもまた驚いて、目の前の幼馴染をまじまじと見つめた。

 背がラシェルよりも頭一つ分は高くなっていて、最後に会ってからの時間の流れを感じさせた。

 なぜなら、記憶の中のフォルはまだ十歳の少年だったから。

 それでも、灰金アッシュブロンドの髪が夕日を浴びて美しく輝くのは、ラシェルの大好きなフォルのままだった。


「フォル……まだここに居たのね」


 少し遠慮がちに話しかけると、フォルは苦笑しながらも、優しく微笑みかけてくれた。


「ああ。家族がみんないなくなってしまって、俺だけになってしまったからね。悩んだけれど、やっぱり思い出の残っているこの場所を手放すことは出来なくて」


 そう言ったフォルの顔はどこか寂しそうで、ラシェルはわずかにうつむいた。

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