19-1 旅路の果て
ぐううううう、ぎゅるおおおおおお。
なんて言う漫画みたいな腹の音が鳴り響いて目を覚ます。
目を開けるとそこは何処か分らない宿の一室だった。
隣を見ればエイミーがこの騒音の中でもベッドに突っ伏して眠っている。
えーっと、俺はどうしたんだったか……
長くなった髪がそのまま残っている鈍い頭を動かして、ここに来る前の事を思い出していった。
そうだ、イヴァンを倒して、それから後は気を失ってたのか。……しかし、体が重いな。
思い出した所で体を起こそうとするが、全くもって力が入らない。
この腹の音が主張するように、体を動かすエネルギーが底を突いているのだろう。
動こうにも動けずにもぞもぞして居ると、エイミーが目を覚ました。
「リョウさん……ああ、良かった」
目を開ける俺の顔を見て、心底ほっとした表情を浮かべる。
「ごめんな、今回も心配かけてしまって」
乾いた喉から思った以上に力の無い声が出た。
それを聞いてエイミーが寝起きに少しふら付きながらも、近くにある瓶から水を注いで持って来て飲ませてくれる。
「どうぞ、ゆっくり飲んでくださいね」
「ありがと……ふはっ」
冷たい水が体に染み渡るのを感じる、痺れていた指先も少し感覚が戻ってきたようだ。
しかし、ガス欠な事には変わらずお腹から大きな音がまた鳴った。
「ふふ、大きな音がなりましたね。何か食べたいものとかありますか?」
食べたいものか……
「肉が食べたい、と言うか兎に角エネルギーがあるやつを食べたい」
「お肉ですか……ですが起きたばかりで大丈夫でしょうか」
エイミーがそう頬に手を当てて首を傾げる。
「多分大丈夫だから何か力の付く食事がしたいな、腹へって倒れそうだ……」
「うーん、わかりました。では厨房の方とも相談して用意してきますので、楽しみに待っていてください」
「ああ、頼む」
エイミーがその言葉を聞いて部屋を出ようとすると、丁度レオ達が部屋に入ってきた。
「やっほ、なーんかお腹は元気そうじゃない?」
リーナがそうクスクスと笑っている。
どうやらこの音は外まで聞こえていたようだ。
「なのでこれからリョウさんに食事を用意しようと思いまして」
本体には元気の無い俺に代わってエイミーが答える。
「そうね、この調子なら幾らでもお腹に入るでしょ。アタシも手伝うわ、レオも一緒に来なさい、どうせ今のリョウの調子だとここに居ても暇そうだし」
「うん、そうだね。じゃあ僕達は食事の用意をしてくるよ」
「うーい……」
気の無い返事を返して皆が部屋から出るのを見送った。
さて、この腹のせいで眠れる気はしないが、とりあえず目は瞑っておくか。
その後、料理の匂いに起きてからは用意された料理を食べに食べまくった。
最初は体が上手く動かなかったのでエイミーや、俺が起きたと聞いて戻ってきた愛莉とロンザリアに食べさせてもらっていたが。
体が動くようになってからは長い髪を後ろに纏め、ベッドの上で食器を手に次から次に食べ尽くしていく。
この調子なら街中の食料を食べてしまえそうだ。
「まぁ、元気なのは良い事なんじゃない。それで食べながらで良いから話はちゃんと聞いてよね」
その食べっぷりに流石にリーナも呆れていたが、今がどうなっているのかの説明をしていく。
あのイヴァン達との戦いから既に五日が経過しており、その間魔神はここイザレスに居座り動きを見せていないらしい。
齧り付いていた鶏肉を飲み込んでからリーナの話に頷いた。
「成る程な……しかし、五日も寝てしまったのはやらかしたな」
「お口拭いておきますね」
「いや良いって、んむぐ……魔神がその間何もして来なかったのは幸いだけどさ」
「マスター、お水どうぞ」
「お、ありがとな、んぐっ……ぷはっ。でだ、その空間に突入するのは早めにした方が良いと俺は思う」
「お兄ちゃ~ん、この五日で疲れが溜まってる所があったらロンザリアに」
「要らん!」
食事中に世話をしてくれるのは有り難いのだが、ロンザリアのは跳ね除けておく。
「なんか、至れり尽くせりって感じね」
ニヤ付いた様子でお世話されている俺をリーナが見ていた。
「そう言うなよ。それで、えー何だっけ?そうだ、魔神の目的は世界を滅ぼす事なんだから、何で待ってるかは知らないが絶対に何時か行動を起こすだろうし、そうなる前に決着は付けたい」
その言葉にレオが頷く。
「そうだね、決着は早い方が僕も良いとは思う。でもリョウはもう戦える?」
「この通り、食いまくったお陰で元気は戻ってきた。後はユニゾン状態に入れば俺は大丈夫だ」
レオの言葉にぐっと腕に力を込めた。
寝込んでいたせいで体の調子は万全とは言えないが、ユニゾンすればその間は万全な状態に体を作り変えれるし問題は無い。
後は俺とレオであの魔神に戦いを挑むだけだ。
「……問題を先延ばしにしてもね。よし、決戦は明日という事にしましょう。今日は一日休んで最後の戦いにアンタ達は備えないとね」
世界の命運を託された二人に、リーナが出きる限り力強さと優しさの篭った声をかける。
俺もレオもその言葉に頷き、レオとリーナは暫くして部屋を後にした。
夕飯をそのままベッドで食べ終わったところで、ふと自分の長くなってしまった髪の毛が気になる。
別段何かの邪魔になってはいないのだが。
「こんな長さまで伸ばした事ってなかったしな……エイミー、散髪を頼んでも良いか?」
「良いですよ、道具を持ってきますので少し待っていて下さい」
笑顔でエイミーは了承し、散髪の道具を取りに行った。
エイミーが戻ってきた所で椅子に座って、体にシーツを巻いてもらう。
「長さは何時もと同じような感じで大丈夫ですよね?」
「ああ、よろしく」
愛莉とロンザリアが足をぷらぷらとさせて見る中で、エイミーが俺の髪を切って整えていく。
「大変な戦いだったみたいですね」
シャキ、シャキ、と髪を切っていく中でエイミーが聞いてきた。
「ん、まぁな。許せない奴だったけど、強さは本物だった」
自分が打ち砕いた怨念の塊、その力は本当に強かった。
「あんな恨みだけの強さと戦ったのは初めてだ。戦って倒した後にあの人の力を恐ろしく思った、こんな強さがあるんだって。それに、もしかしたら俺もああなってたんじゃないかって……」
俺の言葉にエイミーの手が止まる。
「ああなる?」
そう言えば、この事ってエイミーには話して無いか。
まぁ、話したい事でも無いしな。
「俺は、この世界に来て直ぐはイヴァンみたいにレオの力を妬んでたんだ。……それで、一度あいつらの事を見捨て逃げようとした事もある。もしも、あの時に本当に逃げていたら俺は」
「いやないよ、絶対に無い」
ロンザリアが俺の言葉をキッパリと打ち切った。
「いや、絶対って事は」
「いーや、絶対にそう。お兄ちゃんは何百何千と繰り返しても絶対に見捨てられない、レオもリーナもエイミーも、ロンザリアだって。それがサナダ・リョウの心の生き方だから」
ロンザリアが立ち上がってそう宣言した。
その宣言を聞いてエイミーは微笑み、散髪を再開する。
「確かにもっと最初、サナダ・リョウが今のサナダ・リョウになる前までに遡れば、別の道がまた生まれるかもしれない。でも今のサナダ・リョウは絶対に誰かを見捨てる事は出来ない、そんな人だからロンザリアもエイミーもサナダ・リョウの事を好きになったんだよ」
ロンザリアの言葉と共に、ジョキンっと少し大きな音が後ろで聞こえた。
「あっ」
「え、あって何?」
「いえ、何でも。大丈夫です、これ位でしたら大丈夫」
これ位って何の事だ。
「でもそうですね、私が知っているリョウさんはどんな事があっても、悪の道には行かないと思います。誰かの為に何時も走って、何時も無茶ばかりして、そして皆の笑顔を守ってきた貴方が悪の道に進むなんて考えられません」
エイミーが優しさと自信に溢れた口調でそう言った。
二人の言葉によって。恥ずかしさと共に心のわだかまりがとけていく。
そんな俺の手をトテトテと歩いてきた愛莉がシーツの上から握った。
「私はヘレディア様の力と合わせてマスターの心から生まれました。だから私には分ります、マスターはこけても、めげても、立ち上がれる人です!」
尻尾も耳も立たせて目を輝かせる愛莉に見つめられて、俺は一息ついて三人の思いに答える。
「皆、ありがとな……」
シーツから手を出して愛莉の頭を撫でながらそう言った。
イヴァンの悪意を向けられて、俺は自分の事が少しだけ信じられなくなっていた。
もしも、もしもそうなっていたら。なんて、そんな事を思っていた。
でも、こうして俺の事を信じてくれる大切な人達が居る。
皆が信じてくれているのに、自分が自分を信じずにどうするのか。
心の中で最後に生じた迷いが吹っ切れた。
「うん、お兄ちゃんはそんな顔の方がカッコ良いし、似合ってるよ」
目に炎が宿る涼の顔を見て、ロンザリアが微笑む。
「ああ、迷うのはこれが最後だ。俺はあの人みたいにはならない、俺は大切な皆と一緒に道を進む」
決意を新たに髪を切り終えた。
片付けを終えて、ロンザリアは愛莉を連れて他の部屋へと移った。
明かりを消した部屋の中で愛する人の温もりを感じる。
彼女は「どうか無事に帰ってきてください」と俺の腕の中で祈った。
俺はそれに「約束する」と答えた。
夜が明ければ最後の戦いが始まる。
あの日に道端で偶然見つけた空間の亀裂から始まった旅。
道を歩き、街を訪れ、山を越え、海を渡り、空を行った大きな旅。
夢に描いていた世界のその果てに、最後の敵が待っている。
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