16-2 会議は踊らず
朝だ、実に晴れやかな朝だ。
昨日の事を思い返すと身も心も生まれ変わったような感じがする。
完全に浮かれてしまって、鏡の前で謎ポーズだって出来てしまう。
「ふ……今の俺なら本当に何でも出来る気がするぜ」
「じゃあロンザリアと今からする?」
「うおい!?」
突然後ろから話しかけられて変なポーズのまま跳ねて振り返ると、先程まで寝ていたベッドの上にロンザリアが居た。
「お前、何時からそこに?」
「何時からも何も、最初からず~っと居たのに~。朝起きて~、ニヤニヤして~、決め顔で街を眺めて~、鏡の前でポーズとって~、全部見てたよ~」
ニヤ付きながら先程の朝の行動を赤裸々に語っていく。
「くぅおー!止めろ!って言うか何で俺はロンザリアが居る事に気が付かなかったんだ!?」
不覚、本当に不覚。
実に恥ずかしい場面を見られてしまった事に大きく身を悶えた。
「まさか完全スルーとは思わないよね~」
身悶える俺を見ながらロンザリアがケタケタと笑い、ベッドから下りて来る。
「それで、どうする?」
艶やかな声と顔をしながら、つーっと俺の頬をなぞった。
「……いや、それって昨日彼女が出来た奴に言う事じゃないだろ」
流石はサキュバスと言った誘惑の仕草だったが、その手を握って放させようとする。
しかし、握る手の平を逆に握り返されて押さえつけられた。
「そうかもしれないけどさ、ロンザリアだって不満なんだよ?」
ギリギリと力を強めてロンザリアが俺を押し倒していく。
「お兄ちゃんは確かに強くなった、でもこうやってアイリちゃんが居ない状態だとロンザリアと力勝負では勝てない」
魔物としての力で完全に押し倒され、ロンザリアが馬乗りの体勢になった。
「ほら、こうやって力ずくでされたら逃げられない。でも嫌だよね?無理やりなんて。だから、ロンザリアとも一緒にしよう?」
上に乗ったロンザリアの金色の両目は妖しく光っている。
だが、何時かの様な甘い呪いは放ってはいなかった。
彼女の気持ちも心が繋がっている俺は理解できている、それは向こうも承知のはずだ。だから静かに待つ。
こちらが黙っていると、ロンザリアは観念し手を放してベッドへと戻って行った。
ロンザリアが寝転がったまま布団をかき集めて抱き締める。
「確かに人間じゃないけどさ、ロンザリアだって好きなんだよ……」
顔を押し付けた布団からくぐもった声が聞こえた。
顔は見えないが、悲しみと少しの怒りが入り混じった感情が伝わってくる。
押し倒されていた体を起き上がらせ、座ったままだが姿勢を正した。
「……確かにお前に好きだと言われたのは悪い気持ちじゃなかった、それに一緒に戦ってくれている事には感謝してる。……でも、ごめん」
こちらを見てはいなくとも頭を下げた。
「ごめん」との言葉を聞いて、「いやいや」と布団が揺れてロンザリアが心を閉ざしてしまう。
顔も心も見えなくなってしまったが、彼女の返答を待った。
しばらくしてロンザリアが顔を少しだけ布団から出した。
「二番目ってのも駄目?」
半分だけ顔を出して、潤んだ眼でこっちを見てくる。
正直仕草は凄く可愛い。だが、それとこれとは別問題だ。
「今は俺とエイミーの二人の時間ってのを大切にしたい気持ちがある。それに昨日の今日で相手を増やすってのは……俺は、どうかと思うから」
二度目の、それもロンザリア的には大きく譲歩した条件でもまた断られた。
ロンザリアが寂しそうに眼を伏せて、強く布団を抱き締める。
何時もなら我侭を言って「どうしても」とバタバタ抗議する所だったが、今回はそんな気になれなかった。
しかし、だからと言って諦めたくもなかった。
細い尻尾をふりふりと動かし、先程の涼の言葉と彼の心を考えていく。
そして一つの方法を考え付いた。
「……後でなら、落ち着いた後でなら、もう一度考えてくれる?」
「落ち着いて、落ち着いてからかぁ……うーん」
ここで真剣に考えてしまうのは、彼の良い所で悪い所なのだろう。
仲間は誰でも心から大切だと言ってしまう彼の心に今回は漬け込んだ形。
それでも彼は真剣に考えて答えを出した。
「……分った、その時になったらもう一度考えてみる。でも、多分お前の望む答えは出せないと思うって事だけは先に言っておく」
満足のいく答えだった。
布団から手を離し、ベッドから下りて涼に近づく。
「今はそれで良いや。だから、これで我慢しとくね」
前髪を上げて、彼の額にキスをした。
「んふふ、ここもロンザリアが一番目だね」
「ここもって……そうか、口もお前が最初だったか」
「そうだよ~、他もエイミーが付けてない所は全部しておこうかな~」
顔が何時ものロンザリアに戻っていく。
「おうコラ、さっきデコで我慢しておくってのは何処いった」
顔を顰めて突っ込む俺の言葉にロンザリアが「ケタケタ」と笑った。
「さあ~?何処だろね~。まぁ今は朝ごはん食べに行こっか」
機嫌もすっかり元通りになったロンザリアが朝食に下りようと誘ってくるので立ち上がり、一緒に部屋から出て行く。
しかし何も無かったとは言え、好きな人と付き合い始めた次の日に、他の女性と寝て朝は一緒に部屋から出るってのはどうなんだ?
「大丈夫、大丈夫、ロンザリアはちゃんと黙ってるから」
そう悩んでいるとロンザリアがくるりと振り返り、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
朝食を食べ終わったところで俺たちは大賢者アンセルムの下へとやって来た。
ユニゾンした俺と、力を解放したレオに肩へと手を置かれながらリーナが杖を構える。
「それじゃあ行きますよ?」
「うむ、も~う待ちきれん。早くしておくれ」
初の空間転移魔法という事で、変な器具を大量に背負ったテンション上がり気味のアンセルムが後ろから急かした。
エイミーとロンザリアが俺に抱きつき、準備が整った所でリーナが杖を掲げて巨大な魔方陣を作り出す。
「飛おおおおおべえええええ!!」
光が瞬き、俺たちはイザレスの上空へと転移した。
「うっひょー!これは、これは凄いわい!!」
風を纏って飛びながらアンセルムさんのテンションが爆発している。
「さて、このまま街に……って、何だか大歓迎ムードね」
イザレスには前もって連絡は確かにしていたのだが、神に会い、神の力を手にした少年たちに一目会おうと国中の人達が集まっていた。
「ロンザリアはちょっと他に行こうかなって思ったけど、魔物も少し混ざってるしこのまま降りようかな」
ロンザリアのが言うように、ヨハネス大司教の後ろでルルちゃんと一緒にエルフやワーウフルの人達が俺たちの事を待ってくれている。
観衆の注目が集まる大司教の前に、割れんばかりの拍手に包まれ炎と風が降り立った。
「皆様方ご苦労様です。では、行きましょうか」
「うんっ」
ルルちゃんが大司教に手を引かれてやって来る。
それにエルフのフィーネさんを加えたメンバーで再びリーナの杖が輝きを放つ。
「行って帰るだけなら、この人数じゃなくても良かったんじゃないの?」
人数が増えると勿論負担も増えるので、ボソっとリーナが愚痴った。
「まぁ良いわ。もう一っ回!!」
再び光が瞬き、俺たちはフレージュへと帰った。
「いやー、一瞬だったが至高の一瞬じゃったわい。うーむ、この魔力の流れを研究すれば何時かは個人で転移が出来るようになるかのぉ」
背負っていた器具を下ろして、アンセルムが恍惚な表情を浮かべている。
記された計りの内容は良く分らないが、十分期待に沿う内容だったのだろう。
移動も終わったのでユニゾン状態を解き、光の中から愛莉が出てきた。
「彼女が星の子ですね?」
大司教が愛莉の姿を見て尋ねた。
「はい、頑張ってくれてますから、褒めてやってください」
俺がそういうと、愛莉が猫の耳をピンッと立たせて期待するように笑顔で待っている。
恐れ多くも神が創った星の子に、どうしたものかと大司教は考えたが、期待するきらきらとした顔を見てその頭を撫でた。
「貴方達二人のお陰で私達は希望を見出せました、心から感謝いたします」
撫でられた上にマスターの事も褒められて大満足な愛莉は、耳を横に垂れさせてスカートの中の尻尾をふりふりと動かしている。
「ヘレディア様も大司教様の頑張りには感謝してます、どうかこれからもお願いしますって言ってるよ」
愛莉を通して伝えられた神の言葉に大司教がハッとなり、満ち溢れた喜びの表情に変わった。
「そうですか……それは、私の生涯に大きな意味を持てました」
その後、俺達は各国の人達が集まる会議へと出席した。
今まではあまり関与していなかったイザレスも本格的に参加すると言う事で、人の世界が一つに纏まっていく。
この世界の未来の為に各国の王達が意見を出し合い会議は順調に進んでいくが、やはり敵が敵なので問題も多くあった。
大体は金やらなんやらの俺達が関与できない問題なのでそれはさて置いて、俺達にも関係がある問題として一番大きいのは戦力の問題である。
神器を持ったエイミーの全体強化の加護により格段に兵士一人の戦力は向上しているが、それでもテュポーン戦で大量に発生していた黒い怪物と戦えるようになる程度。
残る四天3人と魔王と戦えるのは勇者二人と神器を持っているリーナとエイミーだけ、一人一つ受け持てばそれで手一杯になってしまい他が来た時に対処できる余裕はない。
特に今回は魔王討伐を目的とした敵の本拠地への攻撃、まさかのテュポーンの中心部分を作っていたロンザリアからの情報で恐らくテュポーン規模の兵器は無いはずと言われたが、それでも過去の世界での戦いから想定される敵の反撃を考えれば戦力は幾ら居ても足りないぐらいだ。
そこでと言うか、その為に考えられていた解決策が魔物との共同戦線。
元から魔王に与さない魔物は前に会ったオークのマニンガー達の様に多数おり、人よりも基本的に強い魔物達と手を組めば戦力の大きな増強に繋がる。
彼等との架け橋になるのは人ではないレオとルルちゃんに、イザレスに居る魔物の皆と、どんな辺境の魔物だろうと言葉が通じる俺の役割だ。
勇者になって始めての仕事となるのだからバッチリこなしてみせなくては。
「これって全部アタシが転移させるのよね?」
魔物との交渉の為に何度も転移魔法を使う事になるリーナはげっそりとしているが、手だけ合わせておいた。
会議は進み続け、ヘレディア様から過去の技術を開示された大司教が今扱える範囲での魔法や機械的技術を説明していく。
着々と世界は魔王に対しての準備を進めていった。
その中で一つ、俺は思う事があった。
過去の世界の情報や技術が出ても生まれない一つの文化、それが気になっていた。
気になってしまったのと、それもまた重要な事だと思い手を上げる。
「うむ?勇者リョウよ、何か意見が?」
ガジミール王が手を上げた俺に尋ねた。
「えっと、これは俺の世界では当たり前にあった事で、その、結構最後の戦いに重要になったりする事なんですけど」
立ち上がり皆が注目を集める中で答えていく。
緊張の中でこれが正しいのかと思い始めたが、それでも続けた。
「世界中に勇者の戦いを本とか情報誌に入れて広めるってのはどうでしょうか?魔王と戦う勇者の話は皆の心に勇気を与えます、その心は魔王に対する恐怖をやわらげて魔王の弱体化を狙えるかもしれませんし、それに俺たちの神器は星の意思の力ですからその力の強化も出来ます」
俺の言葉に世界が話し合っていく。
その殆どは肯定的な意見、皆が見た奇跡を勇気を皆に広めようと一致していた。
「魔王の封印には戦いの意思も関わってるとの事だったが、それは大丈夫なのだろうか?」
一人の王の言葉にヘレディアの言葉を受けた愛莉が立ち上がった。
「もう魔王の封印はその域は超えてしまっているから大丈夫だってヘレディア様が言ってます、マスター達の活躍を皆に広めてしまっても大丈夫です」
愛莉がぐっと笑顔で親指を立てる。
その姿を見て世界の結論が出た。
「うむ、君の意見は大いに参考なった。勇者レオとリョウ、それに共に戦った戦士達の話を各紙面に載せるよう計らおう」
ガジミール王の言葉で、今の世界で始めての勇者の物語が生まれていく。
その事は本当に嬉しくもあって、その中に俺の名前が入っていることに恥ずかしくもあった。
魔王と共に封じられていた勇者の名前は、これから世界の希望となれるように広まり始める。
さて、俺もその名に恥じぬように頑張らないとな。
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