12-3 背信の男

「ん~癒される~」


 エイミーに抱きつき、胸に顔を埋めながらロンザリアが体を回復させていく。


 髪や歯は元に戻り、他の外傷も大体が元に戻っていた。


「この目も治るのでしょうか?」


 子供のように抱きつくロンザリアの頭をエイミーが撫でながら、空っぽの目を見て聞いた。


「ん~?放っておけば多分治るよ~。でも~もっと早く治す方法もあるんだけど~」


「何かあるのですか?」


 素直に聞くエイミーにロンザリアが顔をにや付かせて耳元で囁く。


「えええ!?そ、そ、そ、そんな事を!?」


 顔を真っ赤にさせて驚きたじろぐエイミーに、そのままロンザリアが囁きを続ける。


 ロンザリアの言葉にエイミーが「あわあわ」と目を回していった。


 俺はそれに背を向けて、耳を手で押さえている。


 その話の内容が分ってしまうからだ。


 ロンザリアの脳内ピンクな内容が嫌でも頭に入ってくる。


 背を向けても、耳を押さえても、そんな事は関係なく頭の中にやけに具体的なプレイの内容が流れていく。


 落ち着け、落ち着くんだ。お経でも素数でも何でも頭の中で考えてどうにかするんだ。


 頭の中が悶々となっていると、リーナがズカズカとロンザリアへと近付き、固めた拳を思いっきり頭の上に落とした。


「いたいっ!」


 ゴチン!っと音が響き渡り、ロンザリアの囁きがようやく止まる。


「アンタ何やってんの!」


 頭をさするロンザリアにリーナが怒鳴りつけた。


「だって~、ロンザリアはサキュバスだから、こうやってエッチな気持ちの人が近くに居ると力が戻るんだも~ん」


 そう言ってまたエイミーの胸へと顔を埋めていく。


「レオの魔力で十分回復してるでしょ!いいから離れなさい~!」


 ずるずるとロンザリアが「むえ~」と顔をしながら引き剥がされる。


「はぁ~、もうアンタ助けなければよかったしら」


「え~そんな事言わないでよ~、ちゃんと感謝はしてるから~。ねぇ?ねぇ?」


 リーナの脚に抱きつき頬をさすにながら上目使いで猫なで声で甘える。


「ああっもう鬱陶しい!」


 リナーが脚を振り、寄り添っていたロンザリアを引き剥がした。


「もう照れちゃって~」と引き剥がされたロンザリアが笑う。


「でもね、本当に感謝してるんだよ。死んじゃうと思った、一人ぼっちで誰にも知られずに、だから助けてくれて本当にありがとう」


「はいはい、どういたしまして」


 ぺたんと座りニッコリと混じりけのない笑顔を見せるロンザリアに、リーナがちょっと呆れたながらも答える。


「お兄ちゃんもレオもエイミーもありがとうね」


 そうこちらにも笑顔を向けて感謝を述べ、エイミーの元へとハイハイで近付きまた抱き付いて回復してもらう。


 こうして笑顔で居てくれると、まぁ可愛いんだけどな。


「それで、アンタをあんな目にあわせたのは何処の誰なの?」


「名前はわかんない、多分魔王軍に入ってる金髪の超ムカツク男」


 ムスッとしながら思い出すのも嫌そうに答えた。


「なんかもうちょっと情報ないの?」


「知らないっ!アイツ嫌いだから思い出したくないもん」


 あそこまで暴行を受けたのだからそう思ってしまうのは仕方がないが、敵を知る為にもう少し情報は欲しいな。


 しかし、魔王軍に所属する金髪の男か……


 一人、思い当たる人間が居た。


「あっ!そいつ、その男!」


 俺が頭に浮かべると同時にロンザリアが俺を指差して声を上げた。


「なに?何の話?」


「今リョウお兄ちゃんが思い浮かべたイヴァンって奴なの、その男」


「イヴァンがここに?」


 その名前にリーナもレオも「ハッ」となる。


「でも、イヴァンがそこまでの事を……」


 小さい頃を知っていたリーナがどうしても信じられないと言った顔をする。


「あの男が昔どんな顔をしてたか知らないけど、アイツは最低な奴だよ。自分が一番正しいって思ってる、他は全部間違ってるって見下してる、そんな男だよ」


 そうロンザリアに厳しく言われてリーナが顔を俯かせてしまう。


 人を裏切ったのは知っていた、でも小さい頃に遊んでくれていた人がこれ程までに豹変しているとは思いたくなかった。


「イヴァンが来たって事は狙いはレオか?」


「多分、そうだろうね……」


 レオも少し気落ちしてしまっている。


「でも今更イヴァンが来たところで言っちゃ何だが相手にならないぞ。それに、何であいつにお前は負けたんだ?」


 俺の記憶にあるイヴァンは俺の少し上と言った程度の力だった。


 リーナや四本槍の様な、人として突出した力を持っているような人には思えない。ならどうやってロンザリアをこうまで叩きのめせたのだろうか?


 そう疑問に思ったのだが、俺の言葉にロンザリアは答えてくれなかった。


 顔を背け、体が小さく振るえている。


 俺に対して心を閉ざしては居るものの、その姿を見れば心の内ぐらいは分る。


「ごめん、無理して思い出す必要はないからさ」


「ううん、いいよ。でも、お兄ちゃんが自分で見てね」


 ロンザリアが心を開いてくれた。


 その先で見たイヴァンは俺の知っている物とは違っていた。


 強大な魔力、放たれる黒い光の魔法。


 魔物から見ても異質な力はロンザリアを圧倒し……


 そこからの光景は思わず目を背けてしまった。


 いや、これで良いんだ。見て欲しくないものだろうから。


「わかった?」


 ロンザリアが聞いてきた。


「ああ、ありがとう」


「うん」


 ロンザリアはエイミーへの抱きつきを強くする。


 エイミーはロンザリアの心を察して、それを優しく抱きとめた。


「なにか分ったの?」


 俺たちのやり取りを見てレオが聞いた。


「ロンザリアの記憶を少し見せてもらった。それで、そこで見たイヴァンはかなり強くなってるみたいだった、魔力がレオ程じゃないにしても凄い強さになってる。それに……」


 あのイヴァンが放った魔法には見覚えがあった。


「イヴァンが、あの過去の世界で見た怪物が放った黒い光の魔法を使っていた」


「黒い……あれか!でもあの魔法って」


「そうだ、俺達の今の世界には残ってない、いや、人が知らない魔法だ。リーナもあれが何なのかは分らないよな?」


 俺の質問を受けてリーナが顔を上げる。


「え、ええそうね。気になるから出来る範囲で調べてみたけど、あんな何の力の魔法なのかも分らないのは初めて見たわ」


 リーナも知らない魔法をイヴァンが使えるようになったとなると、


「ロンザリアもあの魔法を知らないって言ってる、ならイヴァンは魔王から何か強化を受けたんじゃないのか?」


 俺の推察にリーナが待ったをかける。


「ちょっと待って、アンタって魔王の魔法って見たことがないの?」


「ないよ、そもそも会った事もないし」


「え!?」


 さらっと言うロンザリアにリーナが驚く。


「待って、待って、アンタ魔王軍に居たのよね?」


「そうだよ」


「なのに会った事もないの?」


「うん、だって四天のフラウ様に面白い事が出来るからって呼ばれて付いて行っただけだし」


「たったそれだけで……」


 ロンザリアの言葉にリーナが頭を抱えている。


「魔物なんて大体そんなものだよ。大半は突然現れた魔王軍と一緒に行けば面白そうだから、単に自分達を追いやった人間相手に暴れたいから、そんなものだよ」


「突然って何、どういう事?あんな大規模な魔物の軍隊が突然出てきたって言うの?」


「うん、魔王も四天も魔王軍も突然出てきて、何だっけ、ドニーツェ?を潰しに行ったの」


 ロンザリアの口からペラペラと魔王軍の事情が明らかになっていく。


「待って意味わかんない、何もかも突然何もないところから出てきたって言うの?いや、魔王は過去にも居たみたいだから……それじゃあ全部魔王の為に……でもそんな事が」


 考えてみれば魔王軍は不可思議な点が多い。


 あれ程までの戦力が居るのならもっと前から知られていた筈だし、そんな物をドニーツェや他の国が野放しにしている筈が無い。


 それなのに、その時になった途端に魔王軍はドニーツェを滅ぼすまでの戦力として現れた。


 まるで誰かが自分の思惑の為に全てを作り出したかのように。 


「ええい、今は考えても仕方ない。それでこれからどうするの?」


 リーナが情報過多で頭がごちゃごちゃし始めたのをいったん切り上げた。


「とりあえずイヴァンの動向は気になるね。僕を狙っているのは確かだろうけど、今来たって事は会議の邪魔をしに来た可能性もあるし」


「イヴァン一人でどうにか出来るとは思わないけど、それは逆に何か策があるって事かもしれないな」


「そうね、何にせよ早めに街に戻った方が良いでしょう。それで、アンタはどうするの?」


 まだエイミーに抱きついたままのロンザリアにリーナが聞いた。


「う~ん、本調子じゃないからその辺で休んでおくよ。エイミーもありがとうね」


 そう言って頬にキスしてエイミーから離れる。


「俺達に付いては来ないのか?」


 本人が言うようにまだ辛そうな姿を見て気になった。


 俺達に付いて来れば回復は続けられるし、ここに居るよりは良いはずだ。


「ロンザリアみたいな魔物は、今から魔物を倒す為に集まっている所にはちょっとね~」


 少しだけ寂しそうな顔でロンザリアが答えた。


「そうか、いや、そうだな」


 人と魔物の隔たりと言うのは自然とまだある物だ、俺はそれを気にして無さ過ぎるのだろう。


「ううん、でもそう言ってくれて嬉しい。何か手伝える事があれば何でも言ってね、それこそ~お兄ちゃんになら、な~んでもしてあげるから」


 サキュバスらしい笑顔をこちらに向ける。


 本当、こういう所がなければ可愛い女の子で済むのだが。


「はー……いや、何か助けて欲しい時があれば、その時はよろしく頼むよ」


「うんっ!」


 本当、こういう笑顔なら良いのに……




 男は街を歩いていた。


 連合会議があると言う事で人が集まっている街を見て回る。


「お客様も観光ですか?」


 アクセサリー屋を見ていると店の人から声を掛けられた。


「ええ、今日ここに着きました」


 にこやかに男が答える。


「そうですか、今日と言う事はお客様も連合会議を見に来られたのですか?」


「俺の友人がその会議に出るようなので、それに会いに」


「何とご友人が」


 店員に対し男は笑顔のまま話していく。


「貴方も知っているんじゃないですか?四天を倒した少年の話を」


「はい、イサベラから来た……何と言いましたか、新しい称号を受けた少年ですね」


「それが俺の友人ですよ」


「おー!それはそれは、大層なご友人をお持ちになりましたね」


 来客のまさかの繋がりに店員が驚きの声を上げる。


「ええ、俺の自慢の友人ですよ」


 その男イヴァンが笑顔でそう答えた。

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