12-2 微かな願い
ロンザリアは木陰の下で傷つき倒れていた。
イヴァンに徹底的に痛みつけられた体から血が流れていく。
魔物としての体の頑丈さと、魔力による治癒能力だけがロンザリアの命を辛うじて繋ぎ止めていた。
何故意識が残っているのだろうと疑問に思ったが、あの男の性格を考えるに「俺に逆らった事を後悔しながら死ね」と言ったところなのだろうか。
「ごほっごほっ」と血を吐き呻く。
このまま死んじゃうのかな……
あの男に受けた屈辱はもういい、気にした所でもうどうしようもない。
今はこのまま死んでしまうのが嫌だという感情が自分の心の内を占めている。
このまま力尽きれば誰にも知られることもなく、死体は自然へと帰っていくだろう。
それが嫌だった。
涼に言われてハミルダの最期の顔を見たせいか、自分の最期も誰かに見て欲しいと思った。
死んだ魔物の事を思うのは馬鹿だけだと自分でそう言ったが、今は自分の死を誰かに知ってもらって、自分の事を思って欲しいと願っている。
呼べば彼は来るのだろうか?アタシを見てアタシの事を思ってくれるだろうか?
いや、死んで会うのが最後なんていやだ、死にたくない。
迷惑かな……お兄ちゃんなら来てくれるかな……助けてくれるかな……
彼への今までの行いを考えれば、そもそも来てくれないかもしれない、無視されるかもしれない、気付かれも、思ってもくれないかもしれない。
それでも、微かな意識の中で彼へと願いを思った。
助けて、と。
俺達はバルトロさんに言われた所に向かい、フレージュ国王達に会うための準備をしていた。
国の代表として会うという事なので、身だしなみも色々と整えてもらう。
「このマントって着たままで良いんだよな?」
貰った礼服の上からマントを羽織ながらリーナに聞いた。
「そうよ、ちゃんと着てバッチリと決めてよね」
準備が終わった所で案内を受けて、フレージュ国王と大賢者が待つ部屋へと向かう。
「私はフレージュ国、国王ガジミールである。イサベラに生まれし勇者と、異世界からの来訪者よ、四天を打ち破った事、これまでの旅路、誠にご苦労であった」
髪を綺麗に剃り、キッチリとした顎鬚を生やしたガジミールが少々威圧した態度で言った。
「ありがとうございます。僕達もガジミール陛下に会えて光栄です」
俺達を代表してレオが答え、4人でお辞儀をする。
「うむ。しかし報告には聞いておったが、本当に子供達であったか」
「だが、噂に違わぬ力は感じるの」
「ホッホッホッ」と大賢者アンセルムが長く蓄えた白髪の髭をさする。
「これではわしの作った飛空艇など形無しも良い所じゃな。ちなみに突然な質問ではあるが、リョウ君はあの飛空艇を見て素直にどう思ったかな?」
確かに突然な質問だった。
「えっと、どうとは?」
「そのままあれは失敗作だとか、あんなものを良く飛ばせたなとか、何でも構わんよ」
そう言うアンセルムを見て、ガジミールは顔をしかめる。
何でも良いと言われても、何とも答えづらい。
「えーっと、俺の世界の空を飛ぶ乗り物とは形が大分違うなって思いました」
「成る程、やはりあれでは駄目なんじゃな。他には?」
「えー……あれってどうやって飛ばしてるんですか?」
他に何を言って良いのか迷い、単純に気になってることを質問した。
「簡単な事よ、中にエーテルを使った魔力装置を置いて、3日掛けて溜めた風の魔力で30分だけ無理やり飛ばしただけの欠陥機構じゃよ。他に小型のも作ったが、それもまぁ失敗作でな」
「アンセルム!」
嬉々として飛空艇の欠点を述べていこうとするアンセルムをガジミールが止めた。
「我が国の沽券に関わる問題である、これ以上は止めていただきたい」
「おっと済まぬな、流石に言い過ぎたかの。しかし、国の立場を守るためには必要とは言え、子供にすら見栄を張るのもどうかの」
「だが我が国は連合の盟主、我が国はその責務がある」
トップの責務か……
剃った髪と髭のせいでそうは見えなかったが、よくよく見れば年齢的は王の立場としてはかなり若い気がする。30後半、バルトロさんよりも少し上と言ったぐらいか。
今の風貌も恐らく威厳を出すためにそのような見た目にしているのだろう。
今回の飛空艇も、レオと言う四天を倒せる力が他国に生まれてしまった以上、フレージュは飛空艇を飛ばし力を示さざるを得なかったのだ。
そうでないと国同士の力関係が崩れ、誰が望むで無くても連合自体がうやむやになってしまう可能性があるから。
「まぁ仕方あるまいか。ではこの話はもっと世が良くなってから続けようかの」
少し残念そうなアンセルムの言葉を聞いて、ガジミールが一呼吸置き、気を取り直す。
「我が国は君達とは特に友好的な関係を気付ければと思っている、これからの方針は明日から始まる会議にて決まるが、今後はよろしく頼むぞ」
そう言ってレオに握手を求めた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
二人が握手を交わし、今回の話は終了となった。
この部屋はまた次の人たちとの会合があるという事なので、急ぎ早に部屋を出る。
借りた服を返して、まだ日も高いしどうせだからもう一度飛空艇を見に行こうかと4人で向かおうとした時、ふと誰かに呼ばれた気がして振り向いた。
「どうかしましたか?」
突然振り向いた俺にエイミーが声をかける。
「いや、何でも……」
そう答えたが頭に何か引っかかる。
これって、ロンザリアの仕業か?
真っ先に思い当たったのはそれだった。また何かのイタズラだろうか?
いや、頭の中に残る物はもっと別の物に感じる。
それが気になりロンザリアの心へと意識を集中させる。
距離が遠いせいで正確なことが分らない、でもこれは……
「アンタさっきから何してんの?」
立ち止まってしまっている俺にリーナも声をかけてきた。
「えっと、これは……ロンザリアが助けを求めている気がする」
「アイツが?というか気がするってなによ」
リーナが魔物からの救助の求めに訝しげな顔をする。
「何となくそんな感じがするんだ」
本当に何となくであった。
違うと言われればそうかもしれない、微かな気配を頭の中に感じる。
「ふーん、で、アンタはどうしたいわけ?」
腕を組みながらリーナが聞いてくる。
「うーん……いや、やっぱり気になる。場所は多分わかるからロンザリアの元に行ってみる」
「イタズラとか罠とかって可能性はないの?」
そう聞かれると確証がないから弱い。しかし、
「分らないけど、あいつはもうそんな事はしないと思う」
「アンタ的にはアイツの事を信じてるって訳ね」
組んだ腕を指で叩きながらリーナがしばらく考える。
「わかった行ってみましょう。二人もそれで良い?」
リーナの言葉にレオとエイミーも頷く。
「一応罠かもしれないって事だけは頭に置いておくのよ?」
リーナが俺に一応の釘を刺しておく。
「分ってるよ。えっと……こっちだ!」
俺の感覚を頼りに4人でロンザリアの元へと向かった。
消えていきそうな心に向かって走りついた森の中に、血溜まりに沈むロンザリアが居た。
「ロンザリア!……うっ」
倒れるロンザリアの惨状を見て、思わず立ち止まる。
ロンザリアの桃色の髪は所々引き千切られ、四肢は無残に潰されている。背は何かの魔法により黒く変色していた。
「酷い、なんて……」
エイミーが駆け寄りロンザリアを抱き締め回復の光でその身を包む。
抱き締められ上がった顔は焼け爛れており、片目は抉られ、歯の大半が折られていた。
「くそっ、誰がここまで!」
ロンザリアの事を嫌っていたリーナも、執拗な暴行を受けた姿を見て怒りが込み上げた。
「エイミーこれ治せる?」
「分りません、体の損傷が激しすぎて」
生きているのが不思議な程の重傷をエイミーが懸命に治していく。
だが、このままではロンザリアの命の火が消える方が早いだろう。
「なにか、なにか……そうだ、魔物は人よりも魔力による回復が強いって読んだことが、リョウもレオもこっち来て!」
リーナに呼ばれて2人でリーナの傍へと座る。
「手を握ってやりたいけど、これじゃあね……二人はロンザリアの肩に手を重ねて」
言われたとおりに手を重ねると、その上にリーナが手を置いた。
「今から3人の魔力をロンザリアに与えてこいつの力にするわ。上手くいくかは分らないけど、今はこれに賭けるしかない」
リーナの言葉に2人が頷く。
「じゃあ全力で行くわよ」
リーナの合図に合わせて魔力をロンザリアへと注入する。
「ロンザリア、死ぬな、死ぬな!」
魔力を放ちながら涼がロンザリアへと聞こえるように叫ぶ。
3人の放つ魔力をリーナがロンザリアの魔力と交わるように纏め上げていった。
これが正しいかは分らない、それでも可能性に賭けて全力を尽くす。
その行動は確かに実り、エイミーの祈りとリーナが流し込む魔力が相互に作用し、ロンザリアの傷が治っていく。
焼けた顔は元に戻り、体に多数合った裂傷も塞がって行った。
か細く虫の様だった呼吸も少しずつ整っていき、「かはっ」と息を吐いて通常の息遣いへと戻り始めた。
「何とかなりそうです」
一応の峠は越えた。
まさかこれ程までに回復が上手く行くとは、正直エイミーは思っては居なかった。
それを叶えてみせたのは、レオの膨大な魔力とそれを支えるリーナの技量である。
額に汗を浮かべながらリーナが必死に魔力を制御していく。
全力でって言ったけど、本当に手加減しないんだから。
頭の中でレオに対する愚痴をこぼすも、口には出さない。
上手く行っている現状を崩したくない、その思いでレオが遠慮無しに注ぎ込む魔力を押さえ込み、ロンザリアの魔力へと変換させる。
集中力もギリギリとなって来た所で、ロンザリアが目を覚ました。
「生きてる……」
残っている片目だけを開き、小さく呟いた。
「目が覚めたか!?良かった……この、心配させやがって」
心からの安堵が自分に向けられている。
その心の主の方を見ると、涼が自分が生きていた事に涙を浮かべて喜んでくれていた。
来てくれた、本当に来てくれた。こんな自分を助けに来てくれた。
「うぅっ、ひぐっ、うわああああああああああん!」
生き延びた安堵と、助けられた事への感謝と、助けに来てくれた事への喜びが入り混じり、ロンザリアは大声で泣いた。
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