9-4 信じる道
連れられた先に傷を魔法で癒す大柄な魔物が待っていた。
「お前は……リョウだったか、話は済んだのか?」
「いいや、お兄ちゃんがまだ話したいことがあるって言うから連れて来たの」
ロンザリアに言われて前に出る。
こいつが、リベール。最初の町を襲った魔物。
正直言いたいことも、この場で殴りかかりたい気持ちも多分にあった。
だけど今はその事に憤ってる時じゃない。
「なんでレオに拘る、魔王軍がそうしてるなら魔王の指示なのか?」
「確かに魔王はレオを狙っている、だが今回は俺個人の戦いだ」
リベールが悔しげに拳を握る。
「二度どころか三度も負けた。この敗戦を勝ちで塗りつぶさねば俺は前に進めんのだ」
「なら、何で人質なんて取るんだ」
言われてリベールの言葉が詰る。
「戦って負けたからと、悔しいからって人質を取ってでも勝ちたいのか!?」
涼に叫ばれ、リベールが歯を食いしばり表情を歪ませる。
「そうだ!そうまでしても勝ちたいのだ!あの化け物に勝つためにはそれしかないのだ!」
「化け物?何の事だ」
驚く俺を見てロンザリアがケタケタと笑う。
気味の悪い笑顔を浮かべながらロンザリアが告げた。
「レオだよ、レオ・ロベルト、あれは人間じゃない。んふふ、それ所か魔物でもないもっと別の化け物だけどね」
その言葉を聞いて息を飲み、動悸が早くなっていく。
レオを化け物と呼んだのはあのイヴァンもだった、しかしそれは嫉妬から来る侮蔑だと思っていた、思いたかった。
「そんな馬鹿な、俺はあいつとずっと旅をして来たんだ!あいつは俺と変わらない普通の人間だ!」
「アッハハハハ!お兄ちゃんがそれを言う?この世界の人間じゃないのにね!」
異世界人である自分を普通の人間だと言う俺を見て、ロンザリアが大笑いし始めた。
確かに俺はこの世界では普通じゃない。
でもレオはこの世界で生まれて、育って、リーナと共に歩んできた普通の人間なんだ。
「こんな突拍子のない事を、根拠も無い事を、俺が信じるとでも思ってるのか!?」
「でも、心に引っ掛かりがあるから迷ってる」
そう言ってロンザリアが抱きついてきた。
ロンザリアの魔力が体を巡り、記憶を呼び覚ます。
魔法を習い始めた頃に浮かんだ疑問を。
教本には出来ないと書いてあった、レオが放つ雷を剣に纏わせた一撃。
それをリーナに聞いた時、リーナはレオが特別だからとはぐらかす様に答えて話題を変えた。
それは、誤魔化す理由は、
「リーナはね、それを知っているんだよ」
ロンザリアが俺の心を見透かして囁く。
「酷いよね~、あんな何時暴走してお兄ちゃん達を殺しちゃうかもしれない凶悪な力を隠して旅をさせてるんだから」
「そんな、レオがそんな事を」
言葉を遮るようにまた記憶が呼ばれる。
過去の世界、リーナを亡くしたレオの力を思い出す。
謎の強力な敵を圧倒するレオの魔力は確かに人の域を遥かに凌駕した力だった。
あの力を振るうレオは、とても人だとは思えなかった。
「違う、そんな事を俺は!」
「良いんだよ、怖がっても。ロンザリアたち魔物だってあれが怖いんだから。でもね、守ってあげる。あれを殺してあげる。だからね、ロンザリアの物になろう」
ロンザリアの力で思考が掻き乱される。開いた心の隙間に甘い言葉が入っていく。
アデルさんが言っていたレオの運命は、魔王軍がレオに拘る理由は、それはレオが人も魔物も越えた力を持っているから……
その力を恐ろしく思った。その力に恐怖を感じた。
恐怖に心が揺れて、今までの旅すら崩れていきそうな感覚に陥る。
その時、巡る記憶の中で少年の背中を思い出した。
それは、天を焼く炎の槍を打ち破った少年の背中。輝く洞窟の中で巨大な敵を打ち砕いた少年の背中。
一度目は嫉妬した。次に見た時は憧れた。
この世界で出会えた力強い少年の背中。
そうか……そうだよな。
俺の思いに気がつき、ロンザリアが驚きの顔を上げる。
「何を馬鹿な事やってんだか」
一息つき、俺は俺の顔を思いっきりぶん殴った。
思ったよりも手加減の無かった威力の拳に首が跳ね上がり、後ろに倒れこむ。
「くぉぉお、やり過ぎた」
痛みに涙を流しながら立ち上がる。
「でも、目は覚めた」
歯軋りして睨むロンザリアの方を向く。
「レオの話を出したのは逆効果だったかもな、俺の心はもう決まってるんだ。あいつが何だろうが知ったことか、俺はレオを信じる」
ロンザリアに向かってそう宣言した。
「人でも魔物でもないだって?そんな話なんて俺の世界なら掃いて捨てるぐらい転がってるぜ。それがどうした、レオはレオだ。この世界で出会って、一緒に旅をしたあいつが偽者になる訳じゃない!」
「いいの?魔王軍はまた来る、四天に今のレオじゃ勝てない。お兄ちゃんも死ぬ事になるんだよ」
「魔王軍だろうが何だろうが関係あるか、俺はあいつと一緒に戦うと決めたんだ」
宣言し、まだ苦悩しているリベールを見る。
「リベール、お前はレオから逃げて、それで納得が出来るのか?」
言われてリベールは答えることが出来ない。
「人質取って、もしもレオを殺せたとして、それで勝ったとお前は思えるのか?逃げてばかりのお前が」
「……挑発のつもりか」
「ああ、そのつもりだ。情けないだろ、汚い策だけに頼って正面から戦わないなんてよ」
涼に挑発されて、リベールが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
正面から堂々と戦う。それが出来れば何と楽な事か。
リベールは嘗ては強者の立ち位置であった。
魔王軍の傘下に入った後も、人と戦っている間はそれは変わらなかった。
しかし、その立ち位置はレオに出会ったことで完全に崩れ去った。
初めて感じた恐怖という物、魔王に対しては抱かなかった力の差。
もしもここで人質を取り、レオを罠に嵌めて殺したとしても、その恐怖が消える事はないだろう。
「俺はどうすれば良い、どうすればこの恐怖に勝てる?」
歯を恐怖と苦悩で噛み締めるリベールに答える。
「レオと向き合って戦うしかない」
「だがあの力相手にどうやって」
「怖くてもそれを抱え立ち向かって、自分に打ち勝つしかない。あいつから逃げたくないって心は思ってるんだろ?だから悩んでる、なら後悔しない方法は一つだけだ」
分っては居る、分ってはいてもリベールは答えを出す事が出来なかった。
それを見て涼が頭をガシガシと掻く。
「て言うか、俺は何でお前にアドバイスみたいな事をしてるんだ」
それを聞いてリベールが小さく笑った。
「ふん、もしかすると俺もお前も似たもの同士なのかもしれんな」
「はぁ?止めろよ、冗談じゃない」
そう否定する涼を見て、リベールは「やはり俺達は似たもの同士なのだろう」と思った。
二人ともレオの力を恐れた。
そして涼はその力と共に戦う事を選び、俺はその力と戦う事を選ぼうとしている。
それは立ち位置の違いだけで、根幹は同じなのだろう。
そうだ、二人ともあの力に心を惹かれてしまったのだ。
怖いだけならば戦わなければ良い、逃げれば何の問題もない。
だがそれで後悔が残るというのなら、それはレオと戦いその力に勝ちたいと思っているからだ。
リベールの目に闘志が始めて宿った。
「取引の条件を変える。リョウはレオ達の元へと戻り伝えてくれ、レオに対して一対一の勝負を挑みたいと」
「人質はどうする?」
「レオが戦いを受け次第解放しよう」
「はぁ!?」
リベールの言葉にロンザリアが声を上げる。
「何を言ってるのよアンタは!?勝ちを捨てる気なの?」
「勝ちを捨てるわけではない、レオと戦いとそう思ったのだ」
リベールの言葉にロンザリアの顔がピクピクと揺れる。
「馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?もう良い!勝手に戦ってれば良いじゃん、ばーかッ!!」
そう吐き捨ててロンザリアは暗闇の中へと姿を消して行った。
「ロンザリアが居なくなっても呪いは止められるんだろうな?」
「それに関しては問題はない」
「まぁ、その言葉を今は信じるぜ。時間はどうする?」
「日が開けた時に。俺はここでレオを待つ」
リベールの目は覚悟を決めた目をしていた。
人質の村を救えたのは良かったけど、相手をやる気にさせてどうすんだか。
多分これが最善だったし、今更考えても仕方ないか。
「わかった、レオにそう伝えてくる」
そうリベールに答えて、俺はキャンプへと走り戻って行った。
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