8-4 裏切り
基地内には街に迫る魔王軍の情報が飛び交っていた。
その報告を聞きながらフレッドは考える。
「何故奴等はここに攻め入ろうとしているのだ……」
魔王軍との戦いは主に北にある大国フレージュと、かつてドニーツェと呼ばれた国があった場所との国境で行われている。
ここへの攻撃はその戦いに参加している我が国の兵力を削ぐ為なのだろうが、ならばこの投入された兵力の少なさは何故だ?
報告によると魔物の兵力はオーガ、リザードマン、ワーウルフの混合部隊約1万、こちらの兵力7千を上回ってはいる。
しかしこちらは城壁と、魔力と祈りによる防壁を張り巡らした防衛側。更に後ろに控える首都ヴィットーリアからの応援もある。
仮に相手が強力な魔物が揃った部隊であっても、こちらの優位には変わりはないだろう。
「自分は前線に打って出ます」
悩むフレッドにバルトロが進言した。
「ああ、頼む。しかしこの戦、何か策があるかもしれん。心してかかれ」
「はっ!」
「そうだ、それとあのイヴァンとか言う奴も連れて行ってやれ」
「はっ、いえしかし」
バルトロはフレッドからの指示に言いよどんでしまった。
「お前の言いたい事も分る、あれは何処か不真面目な部分がある。しかし才能や、奥に燻っている熱意をそのままにするのは実に惜しい。今度の戦いで一皮剥けるかもしれん、お前からも頼む」
「……分りました、では行って参ります」
「これは中々な大部隊が来たわね」
宿から出て城壁へと辿り着いた俺達は軍に戦闘への参加の許可を取り、城壁の上から迫る魔王軍を見ていた。
軍の人たちがレオの名前を聞いたら歓迎してくれた事を見るに、軍の中では既にボアフットを倒したレオの名前は有名になっているのだろう。
「大きな戦闘になるみたいですが、皆さん大丈夫でしょうか?」
始まろうとしている大きな戦乱の前にエイミーが緊張している。
「まぁ周りの雰囲気を見るにそこまで切羽詰った感じではないかな」
戦に慣れているのか、相手がさほどでもないのか、周りで働く兵士達は慌しくはあっても、焦っているようではなかった。
しばらく待っていると兵士の人から呼ばれ、作戦室へと案内された。
「お待ちしておりましたぞ。こんなに早く肩を並べて戦えるとは思ってもみませんでしたが、皆さんの活躍を期待しております!」
作戦室ではバルトロが迎えてくれ、作戦の指示をしていく。
今回の戦は防衛戦、街から打って出るのはバルトロが率いるレオも入れた部隊のみ。
俺とリーナは城壁上から魔法による攻撃、エイミーは負傷者の回復や防壁張りの手伝いとなる。
指示を受けた俺達は持ち場へと向かった。
涼達が出て行った後、バルトロが部下に尋ねる。
「イヴァンは結局来ないでありますか?」
「はっ、宿所にもおらず、他の者も分らないと」
「そうでありますか。司令から彼の事を任され、彼としても折角の良い機会でありますのに」
残念だと言った顔でバルトロが顔を横に振る。
「いえしかし、来ない者をこれ以上構ってはおれません。あのボアフットを打ち倒した戦士達も共に戦ってくれます、我等も負けては居られませんぞ!」
城壁上部へと着き、離れた所でリーナは攻撃の詳細な指示を受けている。
俺は役割的にはメインと言う訳ではないので、号令に合わせて逐一その場で判断しての攻撃だ。
「リョウくんは軍に入る事を決めたのですかな?」
城壁の上でオーレリアーノ学長が俺を見つけて話しかけてきた。
「オーレリアーノ学長、いえまだ決めてはいませんが戦いには参加させて貰ってます」
「そうですか、死ぬ事だけはしないよう頑張ってください。それで、あの女性が」
学長がリーナの方を見た。
「はい、師匠のリーナ・エスカロナです」
「ほー、あんなに若くて美しい女性が。いやはや若き才能とは実に素晴らしいものですね」
「俺の自慢の師匠です」
俺が笑顔で答えると、学長もこちらに笑顔で応えてくれた。
「そのようですね。さて、私もまだまだ負けてはおれませんな」
学長がリーナの方へと向かい、二人が挨拶を交わす。
攻撃の方法を確認し二人の前に大きな魔法陣が展開され、二人が纏うマントが煌々と光り輝く。
迫る敵陣に落雷と落石が炸裂した。
「うおぉ、やべぇな」
地鳴りと共に敵の隊列が真っ二つに裂かれていく。
「俺も仕事しないと」
列が乱された敵に対し魔法と弓が降り注ぎ、隊列をさらに掻き乱していく。
魔物達が城壁上部へと魔法による攻撃を放っていくも、城壁から発せられた防護がそれを防いだ。
城壁からの苛烈な攻撃に魔物達の前進が止まる。
そこをバルトロ率いる部隊が横から殴りつけた。
バルトロとレオが先陣を切り、突撃していく。
バルトロが涼と同じような接近戦用のマントを煌かせ風を作り出し、それを蹴り正に疾風の速さで槍を携え敵陣を貫いた。
「イサベラ四本槍が一人!バルトロ・ゲディーニである!我が疾風の槍を受けてみよ!」
魔法陣から放たれる風の渦が襲い掛かる魔物の動きを止め、豪腕で振りぬかれた槍が敵を切り裂いていく。
「こんな風如きで!」
風の呪縛から逃れたリザードマンが拳に炎を纏わせ振りかぶった。
唸る炎腕にレオが割り込む。
「はあっ!」
放たれた一閃がリザードマンの胴を両断した。
「戦果に違わぬ剛剣お見事であります」
「いえ、そちらこそ流石の強さです」
互いの強さを確認した二人が共に魔物の大群に突撃し、続く部隊も敵を薙ぎ倒していく。
「レオ・ロベルトォ!」
敵の戦列から飛び出した角を生やした大男が怒鳴り声を上げ、レオに大剣を振り下ろした。
「誰が、リーベル!?」
振り下ろされた大剣を避け、敵の顔を見たレオが驚いた。
「まさか本当に貴様が生きているとはなぁ!!」
リベールの手に魔法陣が浮かび、吹きすさぶ冷気がレオを襲う。
凍りつく空間を、レオが魔力を放ち打ち破った。
「レオ殿!?」
「ここは僕が!」
応援に向かおうとするバルトロにレオが答えた。
「分りました、お任せします!」
バルトロの返事を聞き、レオがリベールへと切りかかる。
「貴様は俺が倒さねばならん!負けたままで、いられるものか!!」
迫るレオにリベールが猛然と立ち向かった。
涼は城壁の上から戦場を見て疑問に思っていた。
妙に上手く行っている。
苦戦しない事は良いことではある。今の優位も敵が弱いと言うよりも、地形有利によるものだろう。
しかしなんで、ここまで簡単に勝てているんだ?
何か策があるのだろうか?そう考えても答えは浮かばない。
恐らく軍の偉い人たちもとっくに疑っている筈だし、考え事はそっちにまかせるか。
そう思い攻撃に再び集中しようとした時、つけているベルトのポケットの中から光が小さく漏れている事に気がついた。
その光る物を取り出し見て、驚きに目を見開き息を飲んだ。
取り出したのはリーナが研究し、呪いの発生源を前もって発見する為に作られた試作品のコンパスだった。
そのコンパスが確かに光り、街の中を示している。
これは試作品だとリーナは言って渡していた、呪いを発動させるには少し時間が掛かって、それに多分反応出来る筈だと言っていた。
どうする?
悩むまでも無く、これは誰かに伝えて早くコンパスが示す方に向かうべきだ。
しかし、頭の中に浮かぶ犯人像がそれを躊躇わせた。
その躊躇いのまま、コンパスが指し示す方へと走り出す。
走り向かった先は住人が避難し、人気の無い基地の近くの広場であった。
そこに呪いを発生させる円盤を持ったイヴァンが立っていた。
躊躇い無く魔方陣を作り出し、円盤の間近に爆発を起こす。
咄嗟に気がついたイヴァンが円盤を手放し避けた。
発動前だったせいか円盤を壊した時に起る大きな音は鳴らなかったが、円盤は爆発に飲まれ砕け散った。
「イヴァン!あんたここで何をやっているんだ!」
再び魔方陣を展開し、イヴァンに向かって叫ぶ。
イヴァンは面倒そうに、しかし笑顔で答える。
「俺は偶々ここでこの呪いの道具を見つけてしまって、それを調べていただけさ。それにしても危ないじゃないか、俺じゃなきゃ怪我をする所だったよ」
笑顔を向けるイヴァンに対して警戒を解く事が出来ない。
「おいおい、そんな怖い顔をしなくても良いじゃないか」
気さくに話しかけるイヴァンを信用する事が出来なかった。
「間違ってるなら後で何でも謝る。だけど、どうしてもあんたの事が信用できない。あんたはここで何をしていた?」
「さっきも言っただろ?その円盤を調べていたんだ」
「その首飾りはなんだ?」
イヴァンの首には見慣れぬ不可思議な、呪いを発生させる円盤にも似た首飾りが下がっていた。
「これかい?これはどこだったかな、どこかの露天で戦闘のお守りとして売っていて、それをどうせだからとね」
「最初にリーナが円盤を見せた時に、何の道具と聞かなかったのはなんでだ?」
「単にそんなものを何処で手に入れたかを最初に疑問に思っただけさ」
「なんでレオの事を憎んでる!?」
俺の言葉にイヴァンの目が薄っすらと開いた。
「どうして、そう思うんだい?」
「俺もレオに対して嫉妬をした事があるから分る。あんたの目は嫉妬よりも、もっと酷い目だ」
俺の言葉にイヴァンから笑顔が消えた。
「ふー、レオも変な友達を作ったな」
空を仰ぎ、こちらを睨みつけた。
「いいさ、教えてあげよう。俺がここで何をしていた?ここに呪いを発生させる呪具を置きに来たのさ。この首飾り?これは呪いを無効化できるとプレゼントされたのさ。聞かなかった理由?知っていたからさ」
区切り、笑みを浮かべて俺に告げる。
「レオに対して憎しみ?化け物を憎んで何が悪いんだ?」
言葉を聞き終わる前に、火球をイヴァンに対して放つ。
その火球をイヴァンが魔力による防壁を作り出し防いだ。
「君が一人で来たのは一人なら勝てると思ったからだろ?そうさ間違いじゃない、俺が一人なら!」
イヴァンの叫びと共に、天を揺るがす力が街を覆う防壁を打ち砕いた。
天から降りたそれは、防壁を破壊する力とは違い優雅に地面に降り立った。
「計画では呪いで防壁を無効化する手筈でしたが?」
降り立ったのは、紳士服を身に纏い、ピンッと横に尖った耳をした老人の姿の魔物だった。
「君達の仲間がその道具を奪われていたんだ、それで呪い発動の邪魔をされた」
「そうですか、それは申し訳ありません。で、彼がその邪魔をしたお方ですかな?」
魔物が殺意をこちらに向ける、このプレッシャーには身に覚えがあった。
「ああ、その生意気なガキだ」
「左様ですか」
過去の記憶の中で感じた魔王のプレッシャーに良く似ていた。
「それでは、最後に名乗っておきましょう」
魔物が優雅に一礼し名乗った。
「魔王軍四天が一人、グライズと申します。では、おさらばです」
グライズが顔を上げると同時に、鋭い衝撃が身を貫いた。
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