6-2 夜に挑む

 窓の外は夜に包まれた街が見える。


 時計を見ると日が昇っていてもおかしくない時間の筈なのに。


 この状態には覚えがあった、前にシエーナ村で起こった呪いの効果だ。


 どうして突然この街に?いや、今は理由なんて考えている暇じゃない。


 慌てて服を着替えているとドアが開き、咳をしながらリーナが部屋に入ってきた。


「よしっ起きてるわね」


「リーナこれって」


 着替えを済まして聞く俺の言葉にリーナが窓から外を見る。


「シエーナであった呪いね。実際に発動する所を体験してみると大分えげつない攻撃方法だわ」


 つい昨日まで誰もが普通に暮らしていた街が、突如として音も無く地獄へと変わっていく。


 寝ている間に体を蝕まれ、異変に気が付いても身動きすら出来はしない状況を作り出す。


 こんな悪魔の様な所業を放っておくわけにはいかない。


「レオとエイミーは周りの人の救助に行ってる、アンタのやる事は解ってるわよね?」


 この旅の最中で呪いが起きた時の対処方法は考えていた。


「解ってる、俺が呪いの中心を探せば良いんだよな?」


「そう、アンデッド達は出現まで時間が掛かる、だからそれまでに探しきりなさい」


 呪いの方向を指すコンパスや他に幾つかの道具を渡される。


「その場の判断はアンタに任せる、アタシも準備に掛かるから無理だけはしない様に。注意する事は解ってる?」


「呪いの場所では魔法の効果が薄いってのと、敵からは逃げろって事だろ。ちゃんと頭に入ってるさ」


 自分の役割と力量は一応解っているつもりだ。俺の言葉にリーナも頷く。


「解ってるならよろしい。それじゃあ行くからアンタも頑張りなさい」


 そう言ってリーナは呪いの中心とは反対の方向に走っていく、俺もやる事をやらないと。



 街の中を走っていく、街は苦しむ人で溢れていた。


 体力のあるものや、聖職者達が協力して街の協会へと運んでいっている。


 でも、運べる人よりも倒れている人のほうが圧倒的に多い。取り返しの付かない事態になる前に何とかしなくては。


 街の中を走り続ける、呪いの中心となる場所はまだ遠い。


 コンパスの方向はあっているが、まだゴールが見えてこない。


 あの呪いを生み出す道具は恐らく魔王軍による兵器の実験だったのだろうと、俺とリーナは予想していた。


 それにしては余りにもお座なりな管理と、破壊されてしまうという結末だったが、発動さえしてしまえば実験としては恐らく良かったのだろう。


 実際あれは破壊しても証拠が残るような物ではなかったようだし。


 だけど、まさかもう一度この光景に出くわすとは思いたくも無かった。


 街の中を走っているとコンパスの光りが消え始めた、よしっあと少しで中心だ。


「あれ~なんで元気に走れてるの?」


 暗がりの向こうから街道の明かりに照らされ、露出の高い変な服を着た一人の女の子が姿を現した。


 子供?いや、人じゃない。


 ピンク色の長い髪をした少女の顔に、黒い目と金色に光る悪魔の様な瞳があった。


 細い尻尾を揺らし、女の子が舐め回す様な目つきでこちらを見てくる。


「お兄ちゃん、なんだか変な感じがするね。でも、そうやって元気で居られたらロンザリア困っちゃうな~」


 小馬鹿にするようで、何処か妖艶な雰囲気の少女がこちらに話しかけてくる。


「だから」


 少女の目が薄く笑う。


 その目を見て躊躇無く背負った剣を抜き、切りかかった。


 呪いの場で魔法は安定しなくとも、魔力での身体の強化なら万全とは言えないが出来る。


 相手がヤバイのは雰囲気から解った、なら全力で不意打つしかない。


 しかし、振り下ろした渾身の一撃を少女は片手で受け止めた。


「いいよ、いいよ~ロンザリアそういう容赦ないの好きだよ」


 こちらを見て少女が笑っている。受け止められている剣を引き抜こうとするも敵わない。


 逆に剣を引っ張られ、上体を引き寄せられる。にんまりと妖しい笑みをした少女の顔が目の前に来た。


「ね~え?お兄ちゃんって何者なの?何処から来たの?走って何を探しているの?」


 甘い、甘い、言葉でこちらに囁く。顎をつーっと指がなぞって行く。


 まるで頭の中に靄がかかる様な感覚を振り払うように、剣から手を放し大きく後ろに跳ぶ。


「あれ~?もしかしてロンザリアの事嫌い?」


 掴んでいた剣を投げ捨てて少女が猫撫で声で聞いてくる。


「お前、なにもんだ!?」


「相手に聞くならまずは自分から名乗るべきじゃな~い?」


「……涼だ、真田 涼」


 俺の返答に少女が笑った。


「アハハ、本当に名乗るんだ。じゃあアタシも名乗るよ、魔王軍四天フラウ様の一番の部下ロンザリアだよ、こらからよろしくね☆」


 魔王軍、四天、やっぱりそうか。


「やっぱりこれをやったのは魔王軍か!」


「やっぱり?何のことかな~?何処で知ったか知らないけど、何かを必死に探してるって事はこの空間の構造を知ってるんだよね?」


 ロンザリアの質問には答えない。早くこいつを何とかしないと、でもどうすれば良い。


「うーん、リョウお兄ちゃんってさっきからロンザリアの誘惑に靡かないね。言う事をキチンと聞いてくれたら良い事だってしてあげようかなって思うのに、呪いの場所で元気なのと関係があるのかな?」


 誘惑って何の事だ?いや、さっきから頭に何か痺れの様な物を感じる。これの事か?


 そう考えてロンザリアの姿を見ると、悪魔と言うよりも淫魔と言ったほうが正しい見た目をしている気がする。


「いや~ん、視線がエッチ」


 そう言いながら体を見せ付けるようにくねらせていく。


「くっそ、お前は何がしたいんだ!?こんな事をして何を企んでる!?」


「う~ん、ロンザリアに付いて来るなら教えてあげても良いよ」


 ニタニタと笑って返してくる。


「でもそれとは別に、リョウお兄ちゃんには本当にロンザリアと一緒に来て欲しいな~。色々と話を聞いてみたいし、お兄ちゃんみたいな人間はロンザリア好きだよ」


「断る!俺はお前を倒して、呪いを破壊する!」


 俺の宣言にロンザリアが大きく笑い始める。


「そうだよ、そうだよね!お兄ちゃんみたいな恐怖の中に光がある目は大好きだよ。おいで、虜にしてあげる」


 暗闇を背に、ロンザリアがこちらを誘うように両手を広げた。

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