エンドロール 黒幕は黄昏時に微笑むのだっ!

 日も暮れそうな黄昏時、聖メティス学園の理事長室には三人の人影があった。


 一人は、大きな書斎机に座る女性。年齢は四十代後半だろうか。年齢的には中年女性だが、全体的には張りのある空気感を持っていた。フォーマルジャケットを着た姿、髪を上げて覗く首筋からは気品を漂わせていた。机の上にはタブレットが斜めに立て掛けられており、その画面では動画つきのWEB会議が進行しているようだ。


「今回は、随分と、残念な結末だったわね」

「申し訳ありません。事後処理までお手を煩わせてしまって」

 女性が放つ画面越しの若い男性への言葉には感情が希薄だった。画面越しの男性は思いつめたような表情をしている。


 理事長室に居るもう一人は男性だ。女性の後ろで窓際に立って校庭を眺めている。年齢はその女性と同年代だろうか。夏らしくカジュアルなアロハシャツを身に纏い、ハーフパンツを穿いている。夏らしくはあるが、この畏まった雰囲気の理事長室には似合わない。日頃から外で仕事をしているのだろうか、精悍な顔立ちは、よく日に焼けていた。


 制服姿の女子高生が足を投げ出すように理事長室中央にある応接セットのソファに寝そべっている。もう一人はこの高校の女子生徒のようだ。気怠そうな表情で、両手でスマートフォンを持って、何やら操作をしている。髪は肩の辺りで形良く切り揃えられていて、いわゆるボブカットだ。


 理事長の書斎机の上のタブレットを介して話しているのは、先日事件を起こしたばかりのネクストジェネシス株式会社CEOの錦織龍之介。女性はその姿を見下ろすように言葉を重ねた。


「いろいろと工夫されたのは良かったですが。ちょっと、私情を挟み過ぎたのかしら? 真行寺ノドカへの執着? 西野未央への恋慕? いずれにせよ、もう少し長続きした方が良かったわね。夏休みの娯楽にすらなりやしない」

『――申し訳ございません。ノドカの奴の力を甘く見ました』

 タブレットの画面越しに、錦織龍之介は頭を垂れた。


「そーうーよー。あのウザい二人をやっつけられたら、私は何だってイイのよ〜! そりゃ、西野とか、真行寺とかのお宝画像流出とか本気マジウケるけどさっ」

 ソファに座るボブカットの少女が靴を脱いだ足を応接机の上に投げ出す。その発言に、応接机の女性は「静かになさい」と冷ややかな視線を送る。


「は〜い。まぁ、詳細はお父様とお母様にお任せしますけどね」

 そう言ってボブカットの少女は肩を窄めてみせた。


『その……は何と?』

 錦織の言葉に、女性はツイと視線を左後ろに向ける。夕暮れ時の校庭を眺めていたアロハシャツの男が「ん?」とその視線に応じる。男はステンレスの窓枠から手を離し、女性の背後へと移動した。WEB会議のカメラ枠に入る。


「あ〜、錦織くん、久しぶりだねぇ。話は聞いているよ」

 『総帥』と呼ばれた男の口振りはとてもカジュアルだ。しかし、その口振りからも、錦織に比べてこの男が圧倒的に優位な立場にあることがわかる。


『すみません。今回はご期待に沿えなかったかったかもしれませんが……』

「あぁ、大丈夫、大丈夫。こっちこそ、ゴメンね〜。なんか、娘のワガママに付き合わせちゃってさァ」

 ワガママと言われて、ソファの上の女子高生は不満げに頬を膨らませた。


『いえ、総帥にはいつもお世話になっておりますので、何なりとお申し付けいただければ……。今後とも公私に渡り出来る限りお手伝いさせていただきたいと思っております』

 そう言って、錦織はカメラ越しにもう一度頭を下げた。総帥と呼ばれた男は「あっ、そう? ワルイネー」と調子よくパタパタと手を振った。


『……それで、総帥。以前、お話させていただいた増資の件なのですが――』

「あっ、あったね〜。ウン、いいよ。約束だしね。一億で良かったんだっけ? 聖メティス学園の卒業生の会社だからね〜。僕も応援しちゃうよっ!」

 その言葉に、画面越しの錦織はあからさまに安堵の溜息を漏らし『ありがとうございます、ありがとうございます』と頭を下げた。


 その様子を横目で見ながら男と女は目を合わせる。男はニヤリと愉快そうに笑い、女は「何を悪趣味な」とでも言いたげに頭を押さえた。

「じゃあ、こっちの書類にハンコ押しちゃって、また、明日以降そっちに送るから」

『ハ……ハイ。よろしくお願いします』

 錦織の返事を聞くと、女性は「では、また、近いうちに」と別れの挨拶を送り、錦織の返事を聞いてから通話を終了した。

 終了ボタンを押すと、アプリが終了し、タブレットのホーム画面が広がった。背景には仲よさげな家族三人が写る写真。


「それじゃあ、もう、書類作ってしまおうか? 佳子、俺のハンコ貰えるか?」

 男が開いた右掌を差し出すと、女性は書斎机の引き出しを開いて、奥の方から高級な作りの黒い印鑑を取り出した。その印面を朱肉に押し当ててから、総帥と呼ばれた男に手渡す。


 女性は聖メティス学園の理事長である。積まれすぎた書類に隠れて、前方からは見えないものの、机の上には木製の席札が置かれていて、理事長の名前が掲示されていた。そこには『田中佳子』という名前が示されていた。


 机の上に広げられた書類に、総帥と呼ばれた男は理事長から渡された印鑑を押印する。丁寧に強く押された印鑑を男が引き上げた時に、白い書類の上には真っ赤な印影が鮮やかに残った。

 そこには、男の名前が残される。


 『田中育郎』。資産家である田中家の当主であり、投資家、そして聖メティス学園理事長である田中佳子の夫に当たるこの男は、株式投資等の投資活動を通じて莫大な不労所得を得ていた。学校での用務員業務は体を動かす運動と、半ば気分転換の趣味のようなものだった。


「そろそろご飯に行く? 今日はホテルでビュッフェなんでしょ?」

 さっきまでソファーで寛いでいた少女が立ち上がる。健康的なボブカットの髪がファサッと揺れる。女子高生にしては、少し背丈は高めだ。良く言えばモデル体型と言えるかもしれない。


「そうだな、瑤子。今日はお前の誕生日だしな。家族三人水入らずでビュッフェディナーと洒落込もうか?」

 育郎がそう言うと、瑤子と呼ばれた少女は、伸びをしながら「ヤッター」と、はしゃぎ出す。胸には聖メティス学園の校章と縦棒が二本入った学年章が光っている。


 『田中瑤子』は聖メティス学園高等学校二年生。西野未央らにはボブカット先輩と呼ばれている少女だ。六月のウサギ小屋騒動では、あろうことか一学年下の真行寺ノドカに突然、飛び蹴りを食らわされて膝と肘を擦りむいた。さらに、グラウンド脇での女性同士の喧嘩は噂になり全校の笑いものになったのだ。

 真行寺ノドカのことはもちろん、なんだか可愛らしい顔をして木之瀬幹哉くんの側にいた西野未央とかいう一年生もまとめて、絶対に許さないんだから、と田中瑤子は心に誓っていたのだった。


 その時に、一緒だった友人は、西野未央と、何だか仲良くなったみたいで、毒気が抜かれてしまったが、瑤子自身の毒気は抜けることはないと本人は強く思っている。

 一人、理事長だけは、そんな脳天気な夫と私怨に囚われた娘を眺めて溜息をついていた。


「あなた。でも、あの、真行寺ノドカって娘、本当に私達の想像を上回る存在かもしれませんでしてよ?」

 すでに応接セットの辺りまで移動し、一人娘とじゃれ合いを始めていた育郎は、心配性の妻を振り返る。


「面白いじゃないか。知恵の女神メティスの祝福を受けたロンドン帰りの少女だろ? 泳がせよう、泳がせよう。そして、育てようじゃないか。その娘が、この国の再浮上を支える鍵になるその時まで」


 ――全ては知恵の女神メティスのお導きのままに。そのためにこの学園を作ったのだから。


 男はボブカットの少女の手を取って歩き出した。制服のスカートを短く着こなし、美しく長い足を出した少女の革靴が理事長室の絨毯を蹴る。父親にエスコートされた少女は真っ暗な廊下の中へと足を踏み出した。その姿に溜息をつきながら、女性もまた部屋の明かりを消して、自らもその暗闇の中へ身を投じるのだった。


 そして、聖メティス学園に本格的な夏休みが訪れようとしていた。






 ―― 最先端技術ストーカーな女子高生(親友)から美男子(幼馴染)を守れるサイバーセキュリティってそれ私じゃん! 完 ――

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最先端技術ストーカーな女子高生(親友)から美男子(幼馴染)を守れるサイバーセキュリティってそれ私じゃん! 成井露丸 @tsuyumaru_n

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