第三一話 これが最先端技術ストーカーな女子高生の実力なのだっ!

 「Mio」と書かれたフォルダの中にある一つ目の画像ファイル。それが壁面の大型液晶ディスプレイの上でダブルクリックされる。一瞬だけ、画面上で砂時計が回り、画面一杯に画像ファイルが開かれた。


 それは、川沿いの道を歩く制服姿のの写真だった。夏の夕日の光にソバージュの髪を溶かした、とても美しく可憐な美少女の写真だった。

 

 ――えっ? なんで?


「なんだこれ? なんで、の写真が、お前なんかの写真に!?」

 錦織さんは驚いて声を漏らす。


 「俺の未央ちゃん」という表現が、背中がゾワゾワするくらいに気持ち悪いが、そこは気にしないことにしよう。

 しかし、どういうことだろう。目を閉じて、開いて見ても、やっぱりそれはノドカの写真で、私の写真ではなかった。でも、昼に見せられた私の写真と構図もよく似ている。


 これはこれで、多くの男性陣には需要のありそうな写真だ。でも、あからさまにノドカのことを嫌い、私の方がずっと可愛いと主張し続ける錦織さんは、顔面蒼白になっている。次々と、他のファイルもクリックして、確認していく。


 私がデパートで水着を選んでいた写真は、ノドカがデパートで浴衣を選んでいる写真に変わっていた。私が上半身裸のビキニ姿だった写真は、ノドカがビキニの水着でアイドルのようなポーズを取っている写真に変わっていた。――以下略。


 ――えっ? ナニコレ? ドウナッテイルノ?


 私も目が点だし、錦織さんも「何か悪い夢でも自分が見ているんじゃないか?」と目を点にしている。

 時折、自分で頬をつねったり、両手で両頬をパンパン叩いたりしているから、本当に悪い夢から抜け出そうとしているのだろう。


 ――でも、コレ、現実みたいですよ。錦織さん。


「分かったかしら? もう、あなたの手元には無いのよ」

 そう言うと、ノドカは再び私の『ポロリ写真』を聖なる宝具ノーブル・ファンタズムのように高々と掲げた。

 いや、だから、それ、何なのよっ!


 錦織さんは自らの敗北を悟ったようにガックリと肩を落とし、デスクの椅子に倒れ込むように座った。

「……そうみたい、……だな」


 一体何が起きたのだろうか? 何故、さっきまで私の写真だった画像ファイルが、全てノドカの写真に変わっているんだろうか。しかも、それぞれ、元の写真とよく似たシーンの写真に? ノドカがどんな魔法を使ったのか私には全然分らなかった。


 隣の幹哉くんを見て「何が起こったか分かった?」と聞いたら、幹哉くんは肩を窄めて見せたし、腕の中で大人してしていたサブローも「キュキュキュ!」と鳴いた。

 うん、多分、分からないんだろう。


「ノドカ……。一体、何がどうなったの?」

 ソファーの上で、何とか起き上がり、私はノドカに尋ねる。


「知りたい?」

 ノドカはクイッと、ギンガムチェックの帽子を引いてみせる。


「もちろん」

 この世界に魔法なんて無い。多分、また、ノドカの最先端技術が火を吹いたのだ。だからこそ、さっき、錦織さんのことを『技術力の無い注意不足の下衆な小僧』だなんてなじっていたのだろう。

 自分が危機に陥って、なんとか助かった……のだと思う。だとしたら、その理由は知っておきたい。


 ノドカは「向学心旺盛なのは、私の大親友のいいところダヨ」とにっこり笑ってくれた。何だか嬉しい。


 しかし、ノドカは椅子に沈む錦織さんを見下ろすと、少し寂しげな表情を浮かべながら口を開いた。

「大体、一時間前くらいにね。このネクストジェネシス株式会社の社内ネットワーク全体にね、特別なウィルスを投入したのよ」

 つまらないことをしてしまったとでも言いたげに。


 ――えっ?


「ノドカ……? ウィルス注入って、それ犯罪なんじゃ?」

 私は思わぬノドカの言葉に息を飲んだ。ノドカは合意を得ないクラッキングや悪意あるウィルスを撒くような行為は嫌いだと、以前に言っていた。ノドカは私を見ると、無言でコクリと頷いた。


「犯罪かもね〜。だからこそ、その中でも、出来るだけ被害を抑えるようにして、そして、被害者にも喜んで貰えるような作りにしたわよ?」

「――それはどんなウィルスなの?」

 尋ねる私の目をじっと見て、ノドカは愛の告白でもするように、自らが作成した新種のウィルスの名前教えてくれた。


「その名も『未央ちゃん認識器ミオチャン・レコグナイザー・つきエンベデッド画像置換・イメージ・サブスティテューションウィルス』よ――」


 ――何それっ? 名前長いしっ! それに、なんだか、私の名前が一部使われているじゃんっ!


 新しく作成された『未央ちゃん認識器ミオチャン・レコグナイザー・つきエンベデッド画像置換・イメージ・サブスティテューションウィルス』の動作原理は以下のようなものだ。


 それは一度ネットワーク上の端末に感染すると、基本的に社内LANを通じて、社内ネットワーク上のパソコンに次々と感染していく。このあたりの技術詳細は説明省略。

 パソコンがウィルスに感染すると、そのソフトウェアがパソコンの中のあらゆる画像ファイルを検査していく、そして、その画像ファイルに『西野未央』――私が写っているかどうかを判定していくのだ。その判定の方法は、IT部室の『監視社会ディストピア』で使っていた『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』と大体一緒だ。ソフトウェアの基本的な部分を流用しているのだろう。

 フォルダを検査する順序には、ファイル名やフォルダ名に「mio」や「nishino」の文字列が入っているものを優先するなど、幾つかの優先度ルールが定義されているが、最終的にはパソコンの全ハードディスクを検査するらしい。

 私、――『西野未央』が写真中に写っていると判定された画像が発見されると、その画像ファイルは次々とというのだ。

 以上がノドカが注入した新種のウィルスの全容である。


「……ちょっと待って? ノドカ、最後の部分なんだけど。そこ、私の写真をわざわざノドカの写真に差し替える必要なくない? 私の写真を削除するだけで十分だと思うんだけど?」

 そう尋ねる私に、ノドカは少し首を傾げると、うーん、と考えてから呟いた。

「……サービス……かな?」


 ――いやいや、そんなサービスする必要とかある? この状況でっ?


 自分でサービスという言葉を口にした後に、なんだかその表現が気に入ったようで、ノドカは一人で「サービス、サービスぅ〜!」って人差し指を立てながら、某SFロボットアニメの作戦部長の口真似をしていた。

 言ってみたかっただけ、っぽい。


「あと……、置換される画像が、一枚一枚違っていて、なんだか元の私の写真と近いノドカの画像になっていたんだけど……あれは?」

「アー、あれは類似画像検索技術ネー? えっとね。ディープラーニングで画像の特徴を表す分散表現を作ってね、出来るだけよく似た画像を私のグラビア画像データベースから検索して置換するようにしているのっ!」


 ノドカは「エヘヘ、なかなか性能良かったでしょ?」とちょっと悪戯っぽく笑った。私は「う、うん、そうだね」っと微妙な笑顔で頷く。

 確かに、よく似た良い画像が出てきてたと思うけど。でも、そもそも、そんなところ、今回サービスする必要とかある?? それに『私のグラビア画像データベース』って何? メッチャ気になるんですけどっ!?


 しかし、これで大体分かった。私には技術の詳細は分からないけれど、概要は分かった気がする。『未央ちゃん認識器ミオチャン・レコグナイザーつき・エンベデッド・画像置換イメージ・サブスティテューションウィルス』が、ネクストジェネシス株式会社のパソコン内部に保存されている、私の全ての写真を消去してくれたのだ。全てを類似したノドカの画像に置き換えることによって!


 『未央ちゃん認識器ミオチャン・レコグナイザー』をウィルスに仕込んだのは、標的となる画像以外に被害を与えることを最小限に留めるためなのだろう。

 全ての画像ファイルを消したり、パソコンを使えなくするような無差別攻撃はノドカの望む所ではない。それでも、画像を消してしまうという破壊行為は残る。その破壊行為すらも、むしろ、女の子の画像をよく似たシチュエーションの別の美少女画像に置換することで、被害を最小限にとどめよう、場合によってはプラスにすら受け取ってもらおうという考え方が画像置換というアイデアの基礎にあるようだ。


 私――西野未央の写真を不法所持することは絶対に許さず、容赦なく全て消す。しかし、その他の部分へ被害が及ぶことは例えそれが犯人の所有物であったとしても、最大限回避するし、総合的にマイナスとなる被害が出ないように削除したものに対しても同等かそれ以上の価値のある画像に置き換えることによって配慮する。

 それが今回の新作ウィルスの設計指針のようだった。


 ――「罪を憎んで人を憎まず」みたいなことかな? 問題は解決するけど、目的は復讐や嫌がらせじゃないってこと?


 何れにせよ、戦いは終わったのだ。「大丈夫?」と心配しながら右手を差し出す幹哉くんの温かな手に引かれて、私はようやくソファから立ち上がった。

 まだ、薬の影響が残っているのだろうか? 少しだけふらつく。よろめいて倒れそうになった私を、幹哉くんが支えてくれる。その胸に倒れ込んだ私が、顔を上げると、すぐ近くに、少しハネた髪の毛の、優しい男の子の顔があった。

 私の顔を見つめるその少し心配そうな顔に、私はコクリと頷き返した。「うん。大丈夫だよ。ありがとう、……来てくれて」

 私がそう言うと、幹哉くんは何も言わずにニッコリと笑い返した。


「まぁ、あと、オマケ的に、もう一つだけウィルスに機能を与えておいたわ……。そろそろ効果が現れる頃だと思うけど……」

 ノドカがいつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべる。何だか嫌な予感がする。私が「ノドカ、……何したの?」とジト目でみると、「エヘヘ~」と両手で握り拳を作って両頬に添えた。何だか分からないけど、可愛いからきっと許すっ!


 丁度、その時、部屋の外、ネクストジェネシスの社員たちが業務を続ける八階のフロアから黄色い歓声が上がり始めた。


 ――ちょっと、ちょっと、ちょっと! なんか急に俺のPCの壁紙が変わったんだけど?

 ――マジで? あ、ちょ、俺もだわ。うわ、誰これ? メッチャ可愛いじゃん。

 ――あれ? 俺もだけど、違う画像だな? あ、でも、コッチも良いかも。

 ――ヤリー! ちょ、見てよ、見てよ、俺の方、水着だぜ! なんかメッチャ可愛いんだけど? この子、誰? アイドル?

 ――あ……、この子、さっき社長の部屋に入っていった女の子じゃない? 確か、聖メティス学園の制服着てたと思うんだけど……?

 ――マージーデー? 覗きに行っていいかな? いいよな? 社長怒らないよな?


 にわかに外が騒がしくなってきた。大体、何が起きているか想像がつく。私は右手先でこめかみ辺りを抑える。


「ウィルスに感染したパソコンの壁紙は、全て、私のグラビア写真に強制的に差し替えられるのよっ!」

「いや、その機能、絶対必要なかったから〜っ!」


 その日、ネクストジェネシス株式会社に新たなアイドルが生まれた。


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