エピローグ

エピローグ IT部の三角関係はまだまだ続きますっ!

 週が明けて、月曜日の午後。真夏の太陽光線をブラインドで締め出して、クーラーを程よく効かせたIT部室で、私とノドカはいつもの様に寛いでいた。


 ノドカはまた、何やら液晶ディスプレイに向かって、カタカタとキーボードを叩いている。時々天井を見上げては何かを考えては、再びカタカタと続きを始める。


 ――なんだか、とっても落ち着くなぁ……


 私はソファーに沈み込んで本を開いている。あ、今日は漫画じゃないからね。勉強、勉強! この一ヶ月、サイバーセキュリティについて考えさせられる事が多すぎた。なんてったって、自分自身が被害者になっちゃったんだから、興味関心は爆上がりである。だから日曜日に本屋さんで買ってきた、サイバーセキュリティの教本を読んでいるのだ。その名も『BL漫画でわかるサイバーセキュリティ』。ふふふ。


 猛烈に反省しているみたいだけれど、『聖メティス学園のセキュリティホール』こと、里中誠先生の「穴」セキュリティホールがそう簡単に塞がる気もしない。ノドカは「顧問解任ッ! 顧問解任ッ!」と叫んでいたけれど、これだけのトラブルを抱えたIT部が新たな顧問のなり手を見つけられるはずもなく、とりあえずは里中先生が顧問を続投ということになった。


 ふと、金曜日の事件と、その後の経緯を思い出す。いろいろあった。


「しかし、ノドカと錦織さんが従兄妹イトコだったなんてね〜」

「まぁねぇ〜。言えてなくてゴメンね〜。性格ねじ曲がった奴だけど、あそこまで迷惑かけることになるとは思ってなかったのダヨ〜」

 ノドカはキーボードから手を離すと、右手をおでこに付けて「すまぬ」と敬礼のようなポーズをとった。


 そう。なんと、真行寺ノドカと錦織龍之介は従兄妹だったのだ。なんだか、知り合いのような雰囲気には薄々気付いていたけれど、まさか親戚だったとは驚きである。昔は仲の良い従兄妹だったらしいのだが、今では犬猿の仲といった様子だった。十歳も年が離れて、そんなに意識し合うのも珍しい。

「昔は仲良かったんだけどね〜。私が小学校一年生の時に、高校生だったリュウニィがプログラミングできるブロックで遊ばせてくれたりしたんだよね〜」

「へ〜、微笑ましいね」

 ブロックで作った作品にセンサやモータを仕込んで、パソコンからその動作をプログラミング出来るという中高生、もしくは大学生向けのプログラミング教材のことだ。

 私は遊んだことは無いけれど、一回、遊んでみたいなって思う。まぁ、普通、小学校低学年には難しくて遊べないかなぁ? パソコンも触れないし、アルゴリズムとかも分からないだろうしね。


「うん。高校生だったリュウ兄がなんかロボットみたいなの作って『どうだ、すごいだろぅっ!』とか言ってきたんだけど、なんだか、プログラムもショボかったし、例外処理的なこともちゃんと出来てなくて微妙だったから、二日くらいで手直しして上書き保存したんだよね〜。あぁ、ロボットの方も、強度的にとか、センサの配置も微妙だったから、ちょっと改修したけど。……そしたら、なんか怒られちゃってネー」

 懐かしい記憶を思い出すように、ノドカは頬杖を付く。


 ――いや、そりゃ怒るでしょ〜! 高校生の自分が一生懸命作ったプログラムが、小学一年生にダメ出しされて、勝手に上書きアップデートなんかされたら、男の子のプライドがズタズタじゃん! 男の子ってそういうこと、女の子以上に敏感らしいし、トラウマだわ、トラウマっ! 私でも泣く。絶対に泣く!


「まぁ、そんな感じで、それ以降も、色々あって、リュウ兄、何故だか私のことライバル視っていうか、敵視するようになったんだよねぇ〜。高校生くらいまでは爽やかなお兄ちゃんって感じだったんだけど、受験生になったくらいからは、どんどん闇落ちしちゃってさ。どんどん、クズっぽくなっていっちゃったんダヨネ〜! なんでか分からないケド〜」

 そう言って、ノドカは椅子の背もたれに体を預けて「ん〜」と伸びをした。


 ――それ、完全に、ノドカに人生狂わされてるんじゃん!


 親族に自分と同じ得意分野を持つ女の子がいて、その娘が自分に無い圧倒的才能を持っているお兄ちゃんの悲哀。なんとなく分かります……。なんだか、今の話を聞くと、急激に犯人の錦織さんに物凄く同情の念が湧いてきてしまった。しかも、その女の子が十歳も年下なんて、お兄ちゃんの立つ瀬ないじゃん!


 それでも、そんな中、IT分野を諦めることなく、自分の会社を創業するまで頑張った錦織さんは偉いなぁって思う。まぁ、今回の事件で台無しなんだけどね〜。

 しかし、どうして錦織さんは、こんな手の込んだ事件を起こしたんだろう。本当に、私のことをそんなに狂うほどまでに好きだったんだろうか? 私にはどうしても、そこまでの魅力が自分にあるとは思えない。それに、もしそうだとしても、もうちょっと、簡単なアプローチの仕方があったのではないかと思う。


 ――もう一度、やり直せるなら、もう少し別の、普通の方法でアプローチして欲しいな。


 そう思いながらも、錦織さんに言われた言葉を思い出す。


 ――僕には無理だろうね。未央ちゃんは木之瀬幹哉くんの事が好きなんだから。


 確かにそうかもしれない。今の私の気持ちは幹哉くん一筋だから。そういう意味では、正攻法では錦織さんにチャンスなんて無かったのだ。何だかんだ言っても、私が幹哉くん以外の男性を彼氏にしたいと考えることは無いと思うから。

 ノドカと幹哉くんがくっついちゃったりしない限りはだけど――。


「でも、未央、本当に良かったの? リュウ兄のこと無罪放免にしちゃって? 私は別に法律で罰される覚悟だって出来てたんダヨ〜」

「ありがと。でも、いいの。全然怒ってないって言ったら嘘になるけど、錦織さんも随分と落ち込んで、反省してくれていたみたいだから」

「う〜ん。まぁ、未央がイイなら、私はイイんだけどね〜」

 そんなノドカに、私は「大丈夫だよ」って微笑んだ。安心して頂戴。


 結局、事件は警察沙汰にはならなかった。というか、ならないようにした。

 あの後、学校側としても、里中先生始め、教頭先生、佳子理事長も参加して、話し合いの場が持たれた。里中先生や教頭先生は相変わらず頼りにならなかったが、佳子理事長は全員の説明、謝罪や言い分を総合し、話をまとめていった。


 結局、今回のことは、錦織さんが大いに反省し、二度とこういう過ちを起こさないようにすることを誓い、反省の意味も込めて、ネクストジェネシス株式会社は聖メティス学園の今後の教育活動に一定の奉仕をする、慰謝料の意味を込めて、西野未央にはIT部活動の支援を無制限に行う、といったような約束で示談することになったのだ。


 警察沙汰にすれば、全てが表に出てしまう。そうなると、もちろん錦織龍之介個人、及び、ネクストジェネシス株式会社にとって、会社が存亡の危機に立たされる重大スキャンダルになる。しかし、スキャンダルの矛先はネクストジェネシス株式会社だけでは収まらないだろう。聖メティス学園も大概なものだ。

 セキュリティ対策が甘くて、男性教員が職務に関係のない同人ゲームを業務用PCにインストールしてしまったことからウィルスに感染し、あわや生徒の成績情報や個人情報が流出の危機。男性教員が自分の学校の女子生徒を盗撮して第三者にそのデータを供与。まぁ、共に、里中先生のことなんだけどね。これだけで、里中先生の人生にも、学校の来年の新入生募集にも圧倒的な影響が出てしまうレベル。里中先生、頑張って生徒募集の学校案内冊子を作ったのにね。

 さらに、友達を守るためとはいえ、民間企業の社内ネットワークをハッキングして、自作のウィルスに感染させたというIT部女子生徒の暴挙。及び、ビルの構造を利用し、ウサギを特定の部屋に送り込むためにオフィスビルで行った飼育委員の男子学生による器物損壊。――って、幹哉くん、そんなことしてたんだっ!


 もうこれは、明るみに出れば喧嘩両成敗で済まないレベルである。

 なんだか、悪いことをしなかったのって、私一人なんじゃない? って感じ。


 もちろん、錦織さんのやったことを許せないと思う気持ちもあるにはあるんだけど、その一方で、里中先生やノドカが刑罰を受けたりするのは絶対に嫌なのだ。

 あ、だけど、里中先生にはちゃんと反省してほしい。ここは必須。ほんと、ちゃんと色々勉強してよね! 講習会にまで行って、居眠りするなんて絶対に駄目だよぉ〜!


 そういうわけで、結局、私は佳子理事長が主導しまとめた案で示談に応じることにしたのだ。

 振り返れば、本当に大変な一週間だった。全ての始まりは二週間前の日曜日、商工会議所であった『サイバーセキュリティ講習会』だった。あの日、商工会議所一階のカフェで錦織さんが、里中先生にUSBディスクを渡したことから全ては始まったのだ。その時、私は――


 ――あっ……。


 そこまで記憶を遡って、大切なことを思い出した。


「そう言えば、ノドカ……、二週間前の日曜日、幹哉くんとデートしてたわよね?」

「えっ? シテナイヨー」

 私の質問に、ノドカはキョトンとした顔で返す。


「そうなの? えっと、実は、私、その日に、二人がケーキ屋さんに入っていくのを目撃していて……、二人がデートをしていたものだとばっかり思っていたんだけど?」

 ノドカは右手人差し指を柔らかそうな頬につけて、少し首を傾げると、ポンッと手を打った。


「あー、違うよー。その日は幹哉くんの行動追跡してたんダヨ〜」

「行動追跡?」

 聞きなれない単語に、私は問い返す。


「うん。あの、里中先生を捕まえるときに、未央に貸してあげた、全天球カメラを仕込んだポシェットあったじゃない? あれを掛けてね、撮影しながら、幹哉くんの後ろをついて回ってたんだぁ〜」

 ノドカはまるで自分が放課後に遊んでいた内容を母親に報告する小学生の子供のように説明する。


 ――えっ? 行動追跡って、単純にストーカーじゃん! それに、何だかビデオに記録が入っているだけ、随分と本格的な気がするんですけどっ?


 ノドカは椅子の背に体重を乗せて、ひとつ「ん〜」と伸びをすると説明を続けた。


「学校の中じゃね、IT部室に設置した『部室活動記録装置ベース・アクティビティ・レコーダー』とか、ウサギ小屋の『ウサギの監視社会ラビット・ディストピア』とかで、幹哉くんの行動データをある程度計測できるじゃない? でもね。休日はそうも行かないんダヨネ〜。特に幹哉くんが移動する場合には。定置カメラじゃ対応できないし、幹哉くんを追跡するようにドローンを飛ばすのもアリなんだけど、まぁ、そういう物を試す前に、まずは自分自身の体を動かして検証! ってね〜」

「そ、そうなんだ……」


 何なのだろうか、この従兄妹二人の絶対的なストーカー気質は。先祖代々のストーカー一族なのだろうか?

 幹哉くんへのストーカー行為に関しては、ノドカとちゃんと話し合う必要がありそうだ。一線を超えないように。


 同時に、私はドローンに追跡されながら、街中を歩く幹哉くんを想像した。ドローンを後方に浮かべながら、ニコニコと歩く幹哉くんを想像して、なんだかすこし萌えた。やばい、超天然な幹哉くんなら本気で気付かなそうだ……。


「でも、ケーキ屋さんに入ったらね~。思ったより店内が狭くてね。なんだか、すぐに幹哉くんに見つかっちゃったの」

 そう言ってノドカは頭を掻いた。そういえば、ケーキ屋さんに入るまでは確かにノドカは幹哉くんの後ろを少し離れて追いかけるように歩いていた。そして、出て来る時には一緒に出てきていた。


 ――そういうことだったのか!


 私はぽんっと手を打った。二人がデートしていたっていうのは、私の勘違いだったわけだ。ちょっとだけ、自分の心が軽くなるのが分かった。

 ノドカによると、その日、幹哉くんは入院中の叔母さんの御見舞に行く予定だったのだという。あれは御見舞のためのケーキを買いに行くところだったという。


「それにしても、ノドカ。よく、幹哉くんの休日の予定なんて知っていたわね? 直接、幹哉くんに聞いたの?」

 そう尋ねると、ノドカは急に少し恥ずかしそうにプルプルと首を振った。随分と仲良くなってきている気はするけれど、まだ、休日の予定を聞けるほどの勇気は無いらしい。


「違うよ〜。偶然教えて貰ったんダヨ〜」

「誰に?」

「田中さんよ」

「えっ?」

「田中さんよ」

「用務員の?」

「ウン」

 ノドカは無邪気に頷く。私が「何で、田中さんが知ってるんだろうね〜」と言うと、ノドカはそこにはあまり関心が無かったようで「さぁー、なんでだろうね〜」と首を傾げた。


 そう言えば、『聖メティス学園の黒い金曜日ブラックフライデー』の後に幹哉くんと、田中さんが休日の餌やりの予定について話し合っていたから、あの時に話したのかもしれない。


「でもね、ノドカ。『幹哉くんの情報を収集してアクセス可能にする』っていうノドカの使命? 程々ホドホドにしないと駄目よ〜」

 私はまだ手に持っていた読みかけの本に栞を挟むと、閉じてソファの上に置いた。


「え〜、なんで〜? 私の使命なのにぃ〜?」

 ノドカは両手を上げて抵抗を示す。


「う〜ん。なんだか、ちょっと、結局、それってストーカーっぽいんだよね〜。ていうか、ほぼほぼストーカー。気を付けないと、ノドカもどこかで道を踏み外して錦織さんみたいになっちゃうかもよ?」

 あっ、私、ここに来て初めて、IT部のサイバーセキュリティを守る部長みたいなこと言ってるぞっ! よしっ、この調子ッ!


「エーッ! 酷いなぁ〜、未央ちゃん。私はあんなポンコツみたいにはならないよぉ」

「ま〜、私もノドカの事は信じてるんだけどね。でも、今回の事件で、本当にストーカーって怖いんだなってのも思ったからさ」

 私がそう言うとノドカは椅子の上で姿勢を正して、「了解デアリマス!」と言うと、SFロボットアニメの宇宙戦艦乗組員ばりの敬礼ポーズを取った。


「じゃあ、私からも一つイイ?」

 敬礼ポーズの手を下ろすと、ノドカは唇を開いく。

 ノドカが発言の許可を求めるなんて珍しい。私はコクリと頷く。


「私、この二ヶ月間で、一つ気付いたことがあるんだぁ〜」

「何?」

「エヘー、それはね〜」

「それは?」

「それは、未央が実は『幹哉くんのこと好き』だってこと」


 思わぬその展開に、私は思わず真っ赤になった。鏡を見なくても分かる。多分、私、今、真っ赤になっている。ノドカは何を言い出すんだっ!?


「な、な、な、な、なっ……なにを……?」

 私は両手を頬に当てる。暑い、暑い、暑い。この部屋はクーラー効いているんだけど、これは暑い! いや、頬が熱いっ!


「ええ〜っと」

「図星でしょ? で、前聞いたときは、私に遠慮して否定してくれたんでしょ?」


 ノドカは怒った様子ではまるでなくて、ニコニコと悪戯っぽい笑顔を浮かべている。

 少しの時間だけ思案したが、今回ばかりは私は観念してコクリと頷いた。

 「やっぱり」とノドカは笑う。ニンマリと。


「ゴメンね。自分から言っちゃった手前、なかなか本当のこと言い出せなくて……」

「そんなことは全然気にしないでイイヨ〜。未央の方が、ずっと、幹哉くんとは長い付き合いなんだしネー! 今回の一件でも、未央が幹哉くんのこと好きだっていうのはよ〜く分かったの。二人の繋がりの強さっていのかな? そういうのも一緒にね〜」

「え……? それじゃあ?」

 そう言ってノドカの顔を覗き込むと、イギリス帰りの美少女は首を左右に振った。


「でも、それはそれ、これはこれ。私が幹哉くんを好きになった気持ちは、それはそれで本当だから」

 そう言って、ノドカは「身を引いたりはしないよ」と悪戯っぽく笑った。

 背後のブラインドの間から微かに差し込む日差しが、栗毛のソバージュの上ではためいている。私はその親友の笑顔に目を細めながら、コクリと頷いた。


「未央。幹哉くんのことが好きな恋のライバルとして、これからもよろしくお願いします」

 ノドカが机の上で緩やかに両手の指先を絡めると、気品ある雰囲気を纏いながら、ゆっくりと小さく頭を下げた。育ちのよいお嬢さんのように。


「うん、ノドカ。私もよろしく。幹哉くんのこと、好きな気持ちは負けないから。正々堂々とやりましょう」

 私もソファの上で正座をすると両手をついて小さく頭を下げた。


 お互いに顔を上げると目が合って、なんだか可笑しくなって少しだけ笑った。


「そうそう、未央。でも、今回の事件で気付いたことがもう一つあるの」

「ん? 何?」

「それは、私が一番好きなのは、きっと幹哉くんじゃ無いってコト」

「えっ? じゃあ、誰なの……?」


 私は思わぬ言葉に驚く。

 さっき、ノドカは、幹哉くんの事が好きなんだって言ったばっかりなのに?

 戸惑って首を傾げる私に、椅子から立ち上がったノドカはとびっきりの笑顔を浮かべて、こう答えたのだ――


「私は未央のことが一番好きだからっ!」

「私もノドカのこと大好きだよっ!」


 ノドカが私に飛びついて、私はソファの上で彼女を抱き止めた。

 そして二人はキュン死した。

 

 ――この最先端技術ストーカーは私の一番の親友なのだ!

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