第三〇話 決戦!ネクストジェネシスっ!

「未央ちゃん、大丈夫?」

「幹哉くんっ!」


 ネクストジェネシス株式会社CEO室に閉じ込められていた私の元に駆けつけてくれたのは、幼馴染の木之瀬幹哉くんだった。


「大丈夫? 未央ちゃん? 立てる?」

 幹哉くんが右手を差し出してくれる。私はコクリと頷く。

 気絶させられたスプレーが何だったのかは分からない。体中にまだ、気怠さのような感覚が残っているが、立ち上がれない程では無さそうだ。その右手にそっと自分の手のひらを掛ける。


 幹哉くんが入ってくると、直ぐに気づいたサブローくんは、サーバーラックへの物理攻撃を止めて幹哉くんの足元へと駆けつけてきた。幹哉くんはサブローくんに本当に懐かれているみたいだ。

 なんだか、タローと幹哉くんと三人で過ごした小学生の時間を思い出して胸が詰まった。


「おいっ! お前、誰だっ!」

 ネクストジェネシス株式会社CEOの錦織龍之介は内開きに開いていた扉から手を離し、私達の居るソファへとにじり寄る。社員を呼ぶために開けた扉から侵入してきた見知らぬ人物。この男が、その様子に気付かない筈もないのだ。

 振り返った幹哉くんの顔を見て、一度、錦織さんは小首を傾げたが、すぐに理解したようで、面白く無さそうに眉を寄せながらも「はいはい」と何度か頷いた。

 溜息を一つつくと、興味無さそうに口を開く。


「あぁ、君が木之瀬幹哉くんか? 悪いね。今、そこの未央ちゃんと、大人の話をしていたところなんだ。子供が一人で出て来てどうなるっていうものでも無いから、そのウサギさんを連れて、退場してもらえないかな?」

 ただ、口許はぎこちなく笑っていた。苛立ちは隠せないのだ。錦織さんの表情に紳士然とした余裕は既にない。


 ただし、その双眸からは強烈な威圧感が放たれていた。十歳も年上の大人からこういう風に凄まれたら、普通の高校生男子ならば縮み上がってしまうかもしれない。

 でも、幹哉くんは、そう凄まれても、微動だにせず、サブローくんを抱き上げると、錦織さんの前に立ちはだかるようにすくっと立った。


 ――幹哉くん……?


 特に力む様子も無く、ただ、錦織さんの目をじっと見ている。


「はじめまして、錦織さん。木野瀬幹哉と言います。未央ちゃんとは幼馴染で同級生です。急に押しかけてすみませでした」

 幹哉くんは、そう言って、表情を崩さずに一つ頭を下げる。そして続けた。


「あなたが未央ちゃんの事をどう思おうが構いません。あなたが彼女を喜ばせたり、楽しませたり、笑わせたりするのであれば、僕はそれを見守ります。でも、彼女を悲しませたり、苦しませたり、困らせたりするのであれば、僕はそれに抵抗します」

「だったら……」

「残念なことに、あなたは今、後者みたいだ。だったら僕は何をされようが、未央ちゃんの前を一歩も動きません」

 幹哉くんは、その言葉を、ただの事実を語るように淡々と語った。


 その、わずか一五歳の少年の毅然とした態度に、一瞬、錦織さんも戸惑いの表情を浮かべる。

 私だって幹哉くんのあまりに堂々とした言葉に、ソファの上から驚いて彼のことを見上げてしまう。いつもの弱々しい幹哉くんが、こんなにも頼もしい。

 その言葉を聞いても、錦織龍之介は、すぐにそれまでの余裕を取り戻した。軽く目をとじると、唇の端ををクイッと上げて愉快そうな笑顔を作った。


「ハッハッハ。大した勇気だ。しかし、状況は何も変わっていない。カードはこちらの手の中にあるのさ……。そして、選ぶのは彼女さ。未央ちゃんだよ。が、勇ましく一人、体一つで飛び出してきたところで、何も変わらないんだよ」

 錦織龍之介は、幹哉くんとの間合いを一歩詰めると、細長い眼鏡の奥から見下すように言った。


 その時だった。

「その『』ってアンタのことじゃなくて?」


 小馬鹿にしたような少女の声が、錦織龍之介の背後、CEO室の入り口辺りから聞こえた。

 その声に驚いて、錦織龍之介は入り口を振り返り、そして目を見開いた。

 私も入り口扉に視線を走らせる。


 そして見たのだ、私の大好きな親友の姿を。


「ノドカッ!」

 そこには聖メティス学園の制服を着て、ソバージュの髪を靡かせた真行寺ノドカの姿があった。


「おまえ! いつからそこに?」

 明らかに錦織龍之介の表情が変わる。その眼鏡のブリッジ越しの眉間に皺が寄る。

 そう言えば、商工会議所でノドカの名前を出した時も、錦織さんは、一瞬、嫌そうな顔をしていた。

 ――もしかしたら、二人は知り合いなのだろうか?


「エー、ちょっと〜。私、最初っから居たよ〜。背が低いから見えなかったみたいな扱いは酷いなぁ〜。背が低いのはそれなりにコンプレックスなんダヨ〜」

 ノドカは錦織龍之介相手に、まったく物怖じすることなく、飄々とした態度で唇を尖らせて見せた。むしろ、それに向き合う錦織の方が何だか落ち着きを失っている感さえある。私はハラハラしっぱなしだ。


「なんだお前……、俺の事を『技術力の無い小僧』だって言うのか?」

「ええそうね。今回のことで、トッピングが一つ乗っかって『技術力の無い下衆な小僧』かしら?」

 苛立たしげに問いかける錦織龍之介を、ノドカは鼻で笑った。十歳年上の大人を小僧と一蹴する。


 ――凄い。完全に言いたい放題だ。


「ふんっ! 好きなように吠えるがいいさ。今更お前が出てきたところで状況は何も変わらない。さっきも言ったが、カードはこちらの手の中にあるんだ。お前がどう吠えたって、この形勢は何も変わらないのさ」


 錦織龍之介は勝ち誇ったように言う。しかし、その表情に、さっきまでの余裕は無かった。ポーカーにおいて初手でフルハウスを揃えていても安心しきれないようなものだ。きっと、ノドカの凶暴なまでの天才性を知っているのだろう。二人の関係は分からないが、やはり、以前からお互いを知っているようだ。


 ノドカは扉から足を離すと「う〜ん」と声を漏らしながら、少し考えるように両腕を組んで俯く。そして、そのまま、トコトコと真犯人の横を抜けて、ソファの前、幹哉くんの横まで到達すると、クルリと方向を変えて錦織龍之介にに向き合った。

 そして告げる。とびっきりの笑顔で。


「あなたの手の中にカードなんて、もう残ってないのよ――残念だけど」


 突然の宣言に、錦織龍之介が眼鏡の奥で眉を寄せる。ノドカの笑顔は変わらず天使のように可愛らしい。


「な……何を言っているんだ、お前? ……俺の言っている言葉の意味、分かって言っているのか? カードって何のことか分かって言っているのか?」

 錦織龍之介が眉を寄せて怪訝そうに言うと、ノドカは涼やかに「えぇ」と頷いた。


「あなたが言っているのは、この『未央の水着写真』のことでしょ?」


 そう言うと、ノドカはポケットから一枚のカードを取り出した。右手の人差し指と中指で挟んで、私や幹哉くんにも見えるように掲げて見せる。その名刺サイズのカードは一枚の写真がラミネート加工されたものだった。


 そして、そのラミネート加工済みの写真は、着替え中で上半身裸の私の水着写真だっ!


 ――ちょっと、ノドカ、何作ってるのぉぉぉぉ〜〜〜!


 思わず赤面する。IT部室にはラミネート加工機は無いので、ノドカが職員室の機械でわざわざ作ったに違いない。


「なんだ? お前、友達なのに、被害広げてどうするんだよ?」

 そのラミネートカードを見て、流石の錦織さんも呆れ顔だ。

 そりゃそうだ。まるで、共犯者じゃんッ! 後からそのカード、絶対に回収だからねッ! ノドカッ!


「あら、被害なんて広がって無いわよ? だって、この未央の水着写真は世界にとっておきの限定アイテムなんだから。この私だけが持つことを許された、私の愛しい愛しい未央ちゃんの『ポロリ写真』なのよっ!」


 そう言って、ノドカは私の『ポロリ写真』を聖なる宝具ノーブル・ファンタズムか何かのように高々と掲げた。不敵な笑みを浮かべながら。


 ――え〜と、私、ノドカに、私の『ポロリ写真』を持つこと許してないですけどねッ。そして、恥ずかしいから高々と掲げないでぇぇぇ〜〜〜! 乙女の羞恥心に、最大限のご配慮をぉぉぉ〜〜っ!


 あ……あと、一応誤解のないために言っておきますけど、大切な部分は隠しているので『ポロリ』はしていないですからね。念のため。


「何を言っているんだ? その画像のデータだったら、俺のストレージにも入っているぞ?」

 そう言って、錦織龍之介は「何が言いたいのか分からない」とでも言いたげに首を傾げる。ノドカはじれったそうに頭を掻いた。


「あ〜! もう、あったま悪いなぁ〜! そう思うんだったら、あなたのパソコンの中にある、未央の画像ファイルとやらをさっさと確認してみれば良いじゃないっ!?」


 そう言われて、ようやく何かの可能性に気付いたのか、ピクリと眉を動かすと、錦織龍之介は黒いワークデスクのパソコンに駆け寄った。キーボードを叩き、パソコンを休止モードから立ち上げる。それに呼応するように、壁に掛けられた大型液晶ディスプレイの電源も付く。


 壁面のディスプレイには錦織さんのパソコンのデスクトップ画面が映し出されている。幾つかのフォルダを順にクリックして、開いかれていく。そして最終的に「Mio」と書かれたフォルダをダブルクリックすると、画面にはそのフォルダの中身を表すウィンドウが大きく開いた。そのフォルダの中には三十枚程のJPEG画像データを表すアイコンが整然と並んでいた。


 それを見て、錦織さんは「ふうっ」と一つ溜息をつく。

「なんだ、ちゃんとあるじゃぁないか。ハッタリかよ」

 安堵した様子だ。マウスに右手を掛けたまま、デスクの上の液晶画面から顔を上げると、勝ち誇ったような笑いを口元に浮かべる。そして、嘲るように、ノドカを見下ろした。


「ふっ、何を考えていたのかは知らないけどな。こうやってちゃんと画像データはここにあるじゃないか。カードはこっちの手元にあるってことだ。今回こそはオレの勝ちだな……ノドカ」

 そう言う錦織さんを、ノドカは憐れむような目で見つめ返した。

 圧倒的に相手を見下した表情だ。錦織さんも大概ノドカを見ろした表情を浮かべているが、しかし、それを超えて錦織さんを見下し返すノドカの表情は、さらに圧倒的だった。

 三十センチ近い身長差を逆転して余りある見下ろしっぷり。その白く美しい顔に、冷酷なまでの嘲笑が浮かんだ。


「だから『技術力の無い下衆な小僧』って言われるのよ。ちゃんと画像を開いて確認してみなさいよ。ファイルの数の確認だけで済ましてるんじゃないわよ」

 ノドカの言葉を聞いて、錦織さんは「何が言いたいのか分からない」というように首を傾げてから、とりあえずフォルダの中の一番上の画像ファイルをダブルクリックした。


 画像ファイルが開かれる。その様子は壁に掛かった大型液晶ディスプレイでも同時に表示されている。一瞬だけ、画面上の砂時計が回り、画面一杯に、その画像ファイルが開かれた。


 その画像ファイルに写っていたものは、私が予想さえしていないものだった。



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