帽子の色を確かめます。

第二七話 真犯人を知るのですっ!

 私は昼下がりの道をを全力で走っていた。

 川沿いの道を抜け、街中の大通りを抜け、オフィス街を走り続ける。


 ――嘘だっ! あの人が犯人だなんてっ! あの人が私と里中先生を陥れた犯人だったなんてっ!


 ――ちゃんと話をするんだ。直接話をするんだ。何か誤解があるのかもしれない。出来ることなら、信じたい。あの人は、この街のサイバーセキュリティを守る正義の味方なんだって!


 六時間ほど前、「犯人が分かったから」とノドカに招集された私達は、朝一番の聖メティス学園IT部室に集まっていた。私と幹哉くんが一緒に登校して、IT部室に辿り着いた時には、ノドカはいつもの様に自分の座席に座っていた。


 マグカップのコーヒーを手元に置いて、両手の指を絡ませて組んでいる。登場シーンから既に某SFロボットアニメの司令官モードだ。

 幹哉くんと二人でIT部室に足を踏み入れ、入り口の引き戸を閉じる。そして、ノドカの机の前へと歩み寄った。


「来たわね。未央、幹哉くん」

 両肘を突き、組んだ両手のひらの下で、ノドカは呟いた。


「真犯人が分かったのかい?」

 幹哉くんがまず口を開く。ノドカはその質問にゆっくりと優雅に頷いた。


「……どこの、誰だったの?」

 その変質者のような犯人が、まだ、私の画像を沢山握っているのだ。


 すると、ノドカは机の上に指先ほどの大きさの小さな直方体をコトリと置いた。

 USBディスクだ。黒い色で少し光沢がある。


「未央……。このUSBディスクに見覚えは?」


 何だろう? 知らない気がする。私のUSBディスクじゃないし、幹哉くんのUSBディスクでもないと思う。USBディスク、USBディスク……。私はこの二週間くらいの記憶を遡り、脳の中のデータベースからUSBディスクに関わる情報を検索した。


 ――あっ、思い出した。


「それ、錦織さんが、里中先生に渡していたディスクだ……。『魔法少女プリティ✩プリラ』の同人ゲームが入っているって言ってた!」

 そう私が言うと、ノドカは少し息を吐くとコクリと頷いた。


 そうだ。そう言えば、その時に、里中先生が職場のPCで見るって言っていて、「まずいな〜」と思ったんだった。あれ? なんで私、そのことを注意しなかったんだろう? あ、そうか。ノドカと幹哉くんのデート現場を見て、ショックでそれどころじゃ無かったんだ……。

 なら、あの時、自分がちゃんと先生に注意できていれば、こんな事にならなかったんだろうか? 私がちゃんと注意できていれば……。私のせい?


「ということは、犯人は、その同人ゲームの作者さんってこと?」

 それは誰なんだろう? と思いながら、私は首を傾げる。

 そんな私に、ノドカは左右に首を振った。


「違うわ。同人ゲームそのものは普通の、問題ないものだったわ。しかも、絵や動きのクオリティも中々のものだったわよ……。よい作家さんね」

 あ、プレイしたんだ。……まぁ、それは良いとして、ええと、じゃあ、だったら? まさか?

 私の中の思考が、余り考えたくない可能性に到達する。


「もしかして……、錦織さんを疑っているの?」

 呆然と立ち尽くしながら、その名前を出す私の顔を見てノドカはゆっくりと頷いた。


「そう。ネクストジェネシス株式会社CEO――錦織龍之介。あいつが今回の真犯人よ。確定よ」

 ノドカは両目に確信の光を宿らせながら、そう断言した。


 ――そんな……、そんなことって……!


 横で幹哉くんが「誰それ?」と言うので、ノドカが「先週、未央と里中ちゃんが、参加した『サイバーセキュリティ講習会』の講師の先生よ」と説明した。


「こういうのもソーシャル・エンジニアリングの一種って言えるのかしら? 知人に直接ウィルスを掴ませるなんて。ホントに下衆のやり口だわ」

 ノドカは大きく溜息をついた。


 通常、ソーシャル・エンジニアリングとは、人間の心理的な隙や行動のミスにつけ込んでパスワードなどの秘密情報を入手する手口だ。ATMにおいて暗証番号を覗き見することや、デスクに書き置かれた付箋のメモを覗き見してパスワードを奪うことなども含まれる。

 さらに、手の込んだものとしてはパスワードやアクセス権限をを持っている人物との信頼関係を築いた後に、秘密情報を奪い侵入する手口もある。

 ノドカの言っているのは、そういう意味でだろう。里中先生から得ている信頼を利用し、錦織さんはランサムウェアを学校のパソコンに入れ込んだのだ。


「いずれにせよ、錦織龍之介よ。何だか、未央は最近、彼と親しいみたいだから、残念かもしれないけれど」


 ――嘘っ、何かの間違いよ。


「そんな! でも、錦織さん、私が『ストーカーに追われてる』って言ったら『ストーカーなんて、許せない』って、何かあったら『駆けつけます』って言ってたのよ?  LINEでそうメッセージくれたんだからっ!」

 そんなはずない、そんなはずない、そんなはずない。


「う〜ん。未央〜。悪いけど、そんなメッセージなら、犯人でも簡単に送れるわよ。寧ろ犯人だったら喜んで送るんじゃないかな? ターゲットが自分の手のひらの上で踊っているのをハッキリと確認できたわけだから、面白くて仕方無かったんじゃないかな?」

 そう言われれば、その点に限ってはそうかもしれない。――犯人だったらの話だが。


 でも、この二週間、カジュアルに交わしてきたメッセージのやり取りは、随分と私の心を軽くしてくれた。

 いろいろあって、中々、ノドカとも、幹哉くんとも話せなかった時間、錦織さんは随分と、私の話し相手になってくれたんだ。それが全部嘘だったなんて信じたくない。

 十歳ぐらい年上だけど、知り合えたIT分野の大切な先輩。いろいろ学ばせてもらえるって思っていた。


「……何かの間違いってことは?」

 ノドカに限ってそんなことは無いんだろうとは思いながら俯きがちに彼女の顔を見る。ノドカは残念そうに、ゆっくりと首を左右に振った。


「無いわ。里中先生が強要されていた画像アップロードのWEBサーバ、そのDNS情報とか、可能な範囲でのトラフィック情報とかも精査したけど、少なくない情報がネクストジェネシス株式会社との関係性を示唆していたわ。……まぁ、もっとも、一企業がこんなことやるなんて思わないから、そのCEO個人が勝手に、会社のサーバを私物化してやっているんでしょうけどね。いろいろと凝っているのは認めるけれど、私から見れば穴だらけよ、まったく……」

 まるで身内の失敗に呆れるように、少女は溜息をついた。


 でも、やっぱり、なんだか納得できない。錦織さんが、何のために私を狙ってこんなことするんだろう? 里中先生まで巻き込んで?


「私、聞いてみる。錦織さんに会って直接聞いてみるっ!」

 両手をぎゅって握りしめて、私は顔を上げた。ノドカの目と衝突する。


「ゴメン、未央。あと一日待ってちょうだい。今日中には準備を整えるから。それまでは、気付いてない振りをして、ぐっと堪えて。私の推測だと、今日明日中に、相手が、未央の写真をバラ撒くとか、そういう行動に出ることは無いと思うの。ちゃんと、私もそうなるように手は打っているし」

 ノドカの視線は鋭く、有無を言わせないものだった。


「明日になったら……どうなるの?」

 私がノドカに尋ねると、ノドカは髪に左手を遣り、栗毛のソバージュに手櫛を通した。それは、どこか大人っぽい仕草だった。


「明日、然るべき時間に、然るべき状況を用意するわ。そして、明確に、確実に、華麗に反撃する。たどり着けるゴールはたった一つだけ。問題のと私達のよ」

 ノドカは自分の体を包み込むほどの大きさのオフィスチェアに沈み込んだ。


 話す間、その目は鋭かったが、椅子に沈み込んだその姿からは、並大抵でない疲労感が伝わってきた。

 三日前の放課後に里中先生が自白し、それから実質、二日間だ。その間に、ランサムウェアの隔離と解除、ウィルス発生源の特定、そして、画像データの行き先の調査。これらをたった一人でやってのけたのだ。睡眠時間も相当削ったに違いない。


 こうやって孤軍奮闘するノドカを見ていると、時々、自分の力不足が申し訳なく、情けなくなってくる。早く勉強して、少しでもノドカに追いつきたい、ノドカの力になりたいと思う。


「分かった……。明日まで我慢する」

 私はコクリと頷いた。隣の幹哉くんの顔を見上げると、幹哉くんもコクリと頷いた。そうした方が良いということだろう。


 それから少し話して解散となった。私と幹哉くんは夏季補習の授業へ、ノドカはIT部室で自分の作業へと向かった。

 そして、放課後がやって来た。


 今、私は、学校を飛び出して、街の大通りを全力疾走している。


 ――ノドカごめぇ〜ん! 我慢できませんでしたぁぁぁ〜〜〜っ!


 ノドカは明日まで我慢してくれたら、全部解決してくれるって言ってくれたけれど、私は今、この瞬間、気になって仕方ないんだ。

 それに、ストーカーされたのも私、里中先生が渡されたUSBディスクを職場のPCで遊ぶって言っていたことの危険性に気付きながらも注意できなかったのも私、メンバーの中で一人だけ錦織さんとの個人的な繋がりがあるのも私なんだ。


 南北に走る大通りと、東西に走る大通りの交差点。信号が赤に変わる。強い日差しを避けるように、私は一旦、ビルの日陰に体を入れた。スマートフォンを取り出して、LINEのアプリを開く。学校を出る前に、錦織さんには、「夏休みで時間が出来て、少しだけ相談したいことがあるので、今からオフィスまで訪問しても良いか」という主旨でメッセージを送っていた。『既読』がついて返信が返ってきている。


『相談? 何だろう? 夏の自由研究かな(笑)? いいよ。未央ちゃんのお願いとあらば、時間を取りますよ。ちょっと急だけど、午後3時30分〜4時の間だったら今日は時間とれるから、その間に来れる?』


 今はもう、3時15分。でも、大丈夫。十分間に合う。三十分近くメッセージを返せていなかったことに気付いて慌てて返事を打つ。


『大丈夫です! お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。もう、今、大通り交差点なので30分までには着けると思います』


 そう送ると、十秒もしない間に既読がついて、『了解』と言って敬礼しているゆるキャラのスタンプが送られてきた。『ありがとうございます!』って言っている可愛い猫のスタンプをお返ししておいた。


 ネクストジェネシス株式会社が入居しているビルに辿り着く。流石に息が切れたので、一階のコンビニエンスストアで冷えたお茶のペットボトルを買って休憩した。走った直後だからか胸がドキドキいっているけど、多分このドキドキは運動のせいだけじゃない。緊張しているのだ。


 ――やっぱり、ノドカの言うとおり、明日を待って一緒に来た方が良かったかな?


 少し弱気になってしまう。でも、もう、LINEで行くって言ってしまったし、一階まで来てしまったのだ。後戻りは出来ない。

 私はコンビニエンスストアを出ると、ビルの中のエレベーターに乗り込んで八階のボタンを押した。エレベーターはぐんぐんと上昇していき、扉の隣に液晶パネルに示された数字が一つずつ増えていく。そして、その数字が「8」を示すと共に扉が開いた。


「あの……。錦織さんと三時から約束している西野未央と申しますが……」

 入り口のカウンターでそう言うと、綺麗な格好をした受付の女性が「少々お待ち下さい」と微笑んだ。ドキドキする。

 女性は受話器を手に取ると、電話口で「――西野さんというお嬢さんがいらっしゃいましたが……、はい……、……わかりました」と短く言葉をかわし受話器を置いた。


 カウンターから立ち上がると、女性は私の前に立ち「では、西野さん、錦織のCEO室までご案内しますね」と言って歩き出した。いかにも仕事中の女性という凛とした立ち居振る舞いで、制服姿で走ってきた自分との女性としての差に何だかとても恥ずかしくなった。

 首を左右にブンブン振って、そんな考えを振り払うと「お願いします」と女性の後に付いていった。


 ガラス張りの扉の内側には薄い緑色のロールスクリーンが降りていて、外から中は覗けないようになっていた。女性がノックするとキュィンという何かが動く音がして扉横の小さなLEDが赤色から緑色に変わった。

 女性が「失礼します。西野様をお連れしました」と扉を押して開く。


 私は「失礼します」とおずおずとその部屋へと入っていく。案内してくれた女性自身は部屋の中へは入らずに、私が部屋の中に入ったのを確認すると、小さく一礼をして扉を閉めた。

 再びキュイーンという何かが動く音がした。オートロックかもしれない。


 顔を上げて部屋の中を見る。


 一面ガラス張りで、街の大通りを一望できる部屋。膝上から広がる大きな窓から差し込む真夏の日差しが、部屋の中に光と影のコントラストを浮かび上がらせていた。

 その壁の一つを背にした黒いガラストップの机の向こう側、革張りのオフィスチェアに、私が今日、会わねばならない、話さねばならない男性が、足を組んで座っていた。


「久しぶりだね。二週間ぶりかな? 未央ちゃん」


 錦織龍之介はニコリと微笑んだ。

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