第二六話 なんて変なランサムウェアなんだっ!

 ストーカーは捕まった。あっけないほど簡単に。


 月曜日と火曜日の二日間のデータ収集なんて要らなかった。月曜日の放課後にはノドカは既に「大体の当たりはついたわ」と残念そうに言い、火曜日の早朝にはノドカは「完全なる結論にたどり着いたわ」と溜息をついていた。

 そして、夏季補習二日目、火曜日の放課後、IT部室のノドカの机の前で、早くもストーカー容疑者は正座をさせられていた。


「里中ちゃん。なんで、女子生徒のストーカーなんて、下劣で最低な真似をしたの?」


 IT部顧問の里中先生はノドカの机の前で床に正座していた。犯人は先生だったのだ。


 ノドカは冷め切った目で先生を見下ろしている。その目つきは本当に怖い。

 本当に相手を殺しかねない人間の目だ。幹哉くんは幹哉くんで凄く辛そうな顔でソファに沈んでいる。

 ノドカは日常から教師を完璧な人間だなんて思っていないタイプだから良いとしても、幹哉くんはどちらかと言えば真面目に先生を信じるタイプである。

 私を泣かせたストーカーの犯人が、里中先生だったというのはショックなのだろう。


 しかし、何よりもショックを受けている様子なのはむしろ里中先生自身のようだった。終業式の日も、何だか調子が悪そうだったけど、それに輪をかけてやつれている。ストーカー行為も何だかやりたくてやっていたわけでもないのかもしれない。


 そもそも急過ぎる。

 私達が入学して、IT部の顧問として近しい関係になってから、四ヶ月くらいが過ぎようとしている。その間、私のストーカーになるほどの何かを先生から感じたことは無い。

 学校案内のパンフレットの写真の件で、ノドカと私のことを「お前たちは二人でいるから華やかなんだ」みたいに褒めてくれたことはあったが、あれだって私だけを贔屓して言っていたような発言ではなかった。

 それが。そういう風にしか考えられない。


 ノドカに詰め寄られた時点で、すでに里中先生は目に涙を浮かべていた。

 ていうか、既に頬を涙が伝っていた。


 ――先生、男がそんないきなり泣いちゃ駄目ですよ!


 里中先生は隣に立っている私の方に正座の向きを変えて、床に両手を突くといきなりビッターーンッと土下座した。ピッターンッと。


「しゅまん! 西野ッ! 本当に申し訳ないッ! お前のことをストーカーなんてしたくなかったんだッ! これは、脅迫されて……脅迫されて、仕方なくッ! 本当なんだッ! 信じてくれッ! おれは、お前に恋愛感情なんて、コレーーーッポッチもないんだぁ!」

 土下座しながら里中先生が言う言葉に嘘は感じられなかった。きっと本心なのだろう。

 里中先生が本心からのストーカーで無かったことは不幸中の幸いだ。

 ただ、何だろう? 『お前に恋愛感情なんて、これっぽっちもない』って、そこまで力説されると、それはそれで、何だか少し不愉快かもしれない。

 うん、まぁ、いいんだけどね。


「先生……、分かりましたから、顔を上げて下さい」

 そう言って私は、里中先生にとりあえず、椅子に座るように促した。

 ノドカは「未央は甘いニャァー」と言って机の上をバンバン叩いているが、ストーカー行為を行った犯人だとはいえ、いつもお世話になっている顧問の先生である。床で土下座させっぱなしというのも、落ち着かない。

 それに、何か事情があるみたいだし――。


「それで、『脅迫』って何よ?」

 ノドカが机の上に肘を突いて胡散臭そうなものでも見る目で里中先生を眺める。幹哉くんはソファで静観の構えだ。


 里中先生はポツリポツリと経緯を話しだした。


 ことの始まりは先週の水曜日の朝だった。その前の日まで動いていた学校の里中先生のパソコンに異常が生じたのだ。ワードやエクセルなど多くのファイルが開かなくなった。また、インターネットでホームページを閲覧したり、動画を再生しようとしても多くのページで上手く閲覧が出来なくなっていたのだ。


「コンピューターウィルスね……」

 ノドカが残念そうに額を押さえた。里中先生は机の上にある私の新しい4K対応32インチ液晶ディスプレイの前でコクリと頷く。


 ――ウィルス……!


 私はまだ自分のパソコンがウィルスに感染したことはない。でも、先週の日曜日に行った錦織さんのサイバーセキュリティ講習会でも、その脅威や、心構えに関して幅広く解説されていた。

 それから、一週間。こんなに早く、こんなに近くに被害者が出るなんて!


「じゃあ、怪しいのは火曜日のパソコンの利用状況ね。里中ちゃん。思い出して。火曜日の業務時間とか放課後とかに、そのパソコンで、違法動画を閲覧したとか、フリーソフトをインストールしたとか、アダルトサイトを閲覧したとか、そういう記憶はない?」


 ノドカは射抜くような瞳で里中先生を見る。嘘をつくことも、言い訳も許さない。

 そんな目だ。全ては彼女の瞳の前では見抜かれてしまいそうだ。


 里中先生は顔を上げると、そんなノドカの方を向いてコクリと一つ頷いた。


「……一通り」

「えっ?」

 里中先生の返答の意味が分からないといったように、さすがのノドカも目を丸くする。私も目を丸くせざるを得ない。


「『一通り』って……どういう意味カナ? ……里中ちゃん?」

 ノドカの白い額にほんのりと青筋が走っているのが見える。


「あ……、いやぁ、だから火曜の夕方だろ? まぁ、この際、洗いざらい喋るよ。隠しても仕方なさそうだからな。えっと、多分違法の海外サイトでBGM代わりにアニメ見ながら仕事して、皆が帰ったのを確認してから、こっそりちょっとだけ、アダルトサイトをチェックして、その後、ネットで知った作家さんが作った同人ソフトをインストールして、ちょっとだけ遊んで帰った気がするなぁ〜。火曜日なら」


 ――余りにパーフェクト! 余りにパーフェクトにアウト過ぎます、里中先生ッ!


 流石、『聖メティス学園のセキュリティホール』と呼ばれただけの事はあるわ……。ノドカも怒りの余り、キーボードを持ち上げて投げそうになりながら、なんとか思い留まっている。

 ――ノドカ! 我慢、グッジョブッ!


「里中ちゃん。あなた、少なくとも、IT部顧問クビはね……」

「エーッ!」

「『エーッ!』じゃ無いのよっ! この情弱じょうじゃくッ!」


 あ、ノドカちゃん、その言葉は酷いですヨー。あんまり、使っちゃダメデスヨー!

 完全に生徒と先生の立場が逆転した状況で、ノドカは「ハァ」と溜息をついた。

 無敵のノドカの心を此処まで乱す里中先生、逆にスゴイですよ。ハイ。


「で、どうして、パソコンがウィルスに感染したことが、未央をストーカーすることに繋がるのよ? 里中ちゃん?」

「……ウィルスが要求してくるんだよ。『西野未央の画像をアップロードしろ。さもないと、お前のパソコンのファイルは今後ずっと閲覧できなくなるし、このウィルスは他のPCにも感染を始める』ってさ。まるで身代金要求みたいに」

 そう言って里中先生は頭を抱えた。


 ――身代金要求するウィルス……? 何処かで聞いたような?


 私は頭の中の記憶を辿って、先週の日曜日に商工会議所で聞いた話を思い出した。


身代金ランサム……ランサムウェアッ!」

 部屋の中央のテーブルに両手を勢い良く突くと、ノドカの方を振り返った。目が合って、ノドカもコクリと頷く。


「ビンゴね」

 里中先生は私達二人を見比べながら首を傾げる。


「ランサムウェア? ……なんだそれ?」

「先生ッ! 先週、参加したサイバーセキュリティ講習会の中でも講師の錦織さんが、かなり力を入れて説明されていたじゃないですか!?」

「あ、ゴメン。俺、その時、寝てたかも」


 ――あああぁぁぁ、殴りたい!


 申し訳ないけれど本当に殴りたいです! 講習会の時間、寝てたんだったら配布資料くらい勉強しなさいよっ! 先生がちゃんと聞いていたら、こんなことになっていなくて、私だってストーカーに怯える必要無かったかもしれないんだからっ! もう、二学期から先生の数学の授業で、誰かが寝ていても絶対に注意させませんからねっ!


「それにしても、変なランサムウェアね。普通は現金要求とか、仮想通貨を要求したりするのに……。よりにもよって特定の女性の画像を要求するなんて……。どう考えても、オリジナルね。どうやって里中ちゃんと未央を狙い撃ちしたのか知らないけれど。……それで、まんまと画像をアップロードしちゃったの?」

 里中先生はノドカから視線を逸して「あぁ」と呟いた。ノドカは頭を抱える。


「それが、なんで、プールの盗撮まで発展するのよ……?」

「俺だってそんなことしたくなかったよっ! でも、ウィルスからの要求がだんだん変わっていったんだっ! 最初はどんな画像でも良かったから、まぁ、手元にあったパンフレットの写真を送ってやったんだよ。それで一日は凌げたんだ。そうしたら、今度は要求がもっと特定のものに変わっていったんだよ。『単体での西野未央の制服姿』『夕暮れ時の西野未央の制服姿』『私服姿の西野未央』そして『水着姿の西野未央』、果てには『着替え中の西野未央』さ……」

 ノドカは頭を抱え、そして首を傾げる。

 何かその経緯に、不自然な点を見つけた名探偵のように。


「おかしいわね。なんで犯人は美しい私の写真じゃなくて、未央の写真ばかり要求するのかしら? ……まさか、そこにトリックが……?」

 え? ノドカ? 問題はそこ? そこなの?


「でも、里中ちゃん。まぁ、制服姿は何とか理解するとしても、水着姿とか着替え中を送っちゃったら明らかにアウトでしょう? なんで、ファイル閲覧禁止くらいで、そこまで、ウィルスの犯人に付き合ってあげるの?」

 ノドカが「理解できない」と言いたげに両手を広げて首をすぼめる。


「脅迫の内容もどんどん過激になっていったんだよ! データを使えなくして、ウィルスを職員室の他のPCに感染させるだけじゃなくて、パソコンに保存されていた生徒の成績情報をインターネット上にバラ撒くとか……、これまでにアップした西野の写真をSNSで世界中にバラ撒くだとか!」

 里中先生は「そうなったら俺も、学校も終わりだっ! それに、西野にも申し訳なさすぎてっ!」と言って頭を抱えた。

 だから、里中先生は、終業式の日に、私に『プール開放日』に来るのか確認したんだ。そして、あの時から、ずっと調子が悪そうだったのは、このことが心労になっていたんだ。

 しかし、画像をアップさせる、ランサムウェアなんて……、なんて変なランサムウェアなんだろう。


 ――あれ……? でも、ちょっとまてよ?


「あの……、ちょっといいですか?」

 私は少し嫌な予感とともに小さく手を上げた。確からしい予感だけど、真実ではあってほしくない予感だ。


「何? 未央?」

「――ということは、私の水着写真とか、着替え中の写真って、ストーカーだった里中先生を捕まえれば回収できて一件落着ってわけじゃなくて……、その……、既に、ウィルスを作った犯人の元に送られてしまっているってこと?」

 ノドカも幹哉くんも「あっ」と声を漏らして顔を上げる。


 私達三人の視線が、里中先生に集まる。針のむしろのような空気の中、里中先生は泣きそうな顔で、小さくコクリと頷いた。


 ――なんてことなの……!


 私の水着の写真や、着替え中の裸写真は、既に学外の誰か、知りもしない犯罪者の手に落ちていたのだ。そして、その人物は、その写真を「SNSでバラ撒くぞ」と脅迫することすら厭わないような人物。


 もし、あの裸の写真が、インターネット上でバラ撒かれるような事があればどうなるだろうか。私は頭から血の気が引いていくのを感じて、ソファーへと崩れ落ちた。おぞましすぎる。「大丈夫?」と幹哉くんが抱きかかえてくれるので、幹哉くんの胸の中で一つだけ首を縦に振った。

 

「里中ちゃん。この償いは、絶対どこかでしてもらうからね。そして、この瞬間以降、私の言うことに従ってに向けて、全面協力してもらうわ。絶対服従よ。幹哉くん、未央をお願い。どんなことでも良いから、未央の力になってあげて」

 里中先生は茫然自失のまま一つ頷き、幹哉くんは私を抱きしめたまま力強く頷いた。


「現時点で『セキュリティ対策チーム』は、里中ちゃんのパソコンを接収するわ。もう、指一本触れないで。ランサムウェアも私がなんとかしてみせる。あと、その画像をアップロードする方法を教えて。そのアクセス情報とかDNS情報とか調べて尻尾掴んでやる。あ、もちろん、画像情報はカメラとSDカード毎全部渡してもらうわよ。あと、この二週間ほどの行動について、徹底的に聞き取り調査させてもらうからね! 明らかに特定のターゲットを狙った犯行だから、ソーシャルエンジニアリングみたいな手口も考えられるわ。その線も洗ってやる」


 そう言って、ノドカは椅子から飛び降りると、里中先生の腕を引っ張って、IT部室の出入り口に向かっていく。職員室に向かうのだろう。


 私はショックの余りソファへと倒れ込んだ。

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