第二五話 ストーカーを絶対に確保するのですっ!

「そのストーカーをブチ殺すッ!」


 幹哉くんから事の次第を聞いたノドカは怒髪天を突く形相で怒り狂った。

 美しい顔の上で両眉は釣り上がり、その瞳は凍てつく冷酷さと、怒りの焔を同時に宿していた。まさに鬼神。


 真夏の朝の強い日差しがブラインドの隙間から差し込むIT部室。真行寺ノドカは仁王立ちで机の上に立っている。

 液晶画面とキーボードの置かれた机の上に、ノドカは素足で立っているのだ。天使が武装モードを発動している。

 私と幹哉くんは、余りのノドカの怒りように、逆に唖然としてしまい、机上のジャンヌ・ダルクを見上げた。もはや何のことだか分からない。


 ストーカーの被害に遭って、裸を多分撮られていて、本当に悲しくて、悔しくて、不安で堪らないのは私自身なんだけど、このノドカの尋常ならざる怒りようを見ると、なんだか逆に冷静にならざるを得ない気がして始めていた。


「ちょ……ちょっと、ノドカ。いや、あの、本当に殺さなくても、いいんだからね? あの、もう少し平和裏に、捕まえて貰って、お説教してもらって、撮られたかもしれない写真のデータを回収してもらうので十分だから」

 私は両手で「まぁまぁ」と、ノドカの怒りを納めようとする。でも、机の上のノドカの頭は私より随分と高い位置で、私が両手を上げるみたいになって変な感じだ。

 まるで、神様に信仰を捧げるポーズみたい。


「僕も許せないけどね。まぁ『ブチ殺す』って言葉は使わないけれど、多分、気持ち的にはノドカちゃんと同じくらい怒っているよ」

 中央の机を挟んで向かい側、私がいつも使っているデスクトップパソコン前の椅子には、幹哉くんが座っている。

 いつも優しい幹哉くんも、ちょっとだけ目が据わっている。机の上に肘を突いて、両手の平と親指で三角形を作って、じっと見つめていた。


 なんだか、私が二人の怒りを納めないといけないような雰囲気になりつつある気がするんだけお。あれ? 

 でも、二人がこんなに怒ってくれているのは、全部、私のためで、それはそれで、なんだか、とても嬉しいのだ。


「そうじゃぞ〜! ワシの未央ちゃんをストーカーして、不安にさせて、悲しませて、あまつさえ、その柔肌を写真に納めようとする、――もしかすると、納めちゃったかもしれないなどという蛮行! 日本の警察が許そうとも、この真行寺ノドカ様が絶対に許さない〜ッ!」

 わぁ! なんだか、ノドカが言うと、メチャクチャ心強いよ!

 あ、でも、別に、日本の警察が、ストーカー許した訳じゃないからね。まだ、届け出れていないだけで……。


「うんうん、そうだね」

 幹哉くんは、その辺りには一切突っ込まずに、腕を組んだまま、何度も頷く。


 ノドカはそう言うと「とうっ!」と、机から飛び降りた。機材がいっぱいのIT部室で、机からジャンプで飛び降りるなんて、それこそ、なんて蛮行〜ッ! 良い子は真似しちゃ駄目よぉ〜ッ!


 飛び降りた場所で、ノドカは案の定、タコ足配線と化したケーブルの一つの上に着地してしまう。それが繋がっている先は、私のデスクトップパソコンの21型液晶ディスプレイでぇぇ〜……! ああっ!


 ――ガシャン!


 あ、私の液晶ディスプレイが机から落ちた。結構、嫌な音が鳴ったから、液晶割れしたかも。画素欠けたかも。

「ノドカ〜! 私の液晶ディスプレイ〜」

「あ、ゴメン」

「うぅ〜〜」 

「案ずるな、未央よ……。一両日以内に、お主には32型4K対応液晶ディスプレイを手配しよう」

 フッと笑みを浮かべる、ジャンヌ・ダルク。

 4K液晶ディスプレイッ! 32型ッ! 動画配信もめっちゃ綺麗に見れる奴ダッ!

「うぅ〜〜。――4K対応液晶ディスプレイ、前から欲しかったんだけど、無駄遣いじゃない?」

「大丈夫よ、未央。これは、必要経費よ」

「IT部長。予算執行承認いたしましたっ!」

 ということで、特に問題は無かった。だから、話を元に戻そう。


 今日は、月曜日。昨日のプールでの盗撮事件から一夜明けた朝、私達はIT部室に集まっていた。

 幹哉くんと私は夏季補習に出るから、予定通り学校に来たんだけど、ノドカは補習には出ないって言っていたから、昨夜の内に、一応、早朝に相談に乗って欲しい旨だけ電話で伝えておいた。電話で内容まで踏み込んだら、絶対に更にややこしいことになる気がしたから、伝えないようにしておいたのだけれど。正解だったっぽい。


 今朝の通学も怖かったけれど、幹哉くんが、家まで迎えに来てくれた。登校中も、なんだか私を常に庇うように、近くを歩いてくれた。ストーカーは怖いし、本当に嫌なんだけれど、この辺りは役得感も否めない。


「しかし、私の大好きな未央ちゃんをストーキングして、私さえ持っていない未央ちゃんのお宝ショットをカメラに納めようとするなんて、とんだ外道ね」

 床に落ちた液晶ディスプレイの横で、ノドカは仁王立ちを続ける。

「大好きって言ってもらえるのは、嬉しいんだけど、ノドカ……、私のお宝ショットなんて欲しいの?」

 尋ねると、ノドカは私の方を流し目で見て、急に甘い声で囁いた。


「当たり前じゃない。……未央ちゃん」

 物欲しげに右手を開いて指を淫らに動かしながら、私ヘと伸ばしてくるノドカ。

 え? ナニコレ? 急に百合展開なのっ? ノドカなら嫌じゃないけど……って、違ぁ〜うっ!


「でも、どうやって、犯人を見つけるかだね」

 幹哉くんが、珍しく積極的に話を進める。これは、やっぱり、相当怒ってくれているようだ。

「犯人探しも、よね……」

「あ……、それじゃあ?」

 問題解決という言葉にピンときて、私はノドカの顔を覗き込む。目が合ったノドカは私の目を見ながらコクリと頷いた。


「そうよ。ストーカー問題だって、IT技術を使ってすべきなのよ!」

 ノドカの目は燃えていた。口許にはこれから蹂躙する敵の叫び声を想像して快感に身を震わせる堕天使のように、残忍な笑みが浮かんでいた。


「ちょっと待ってね〜」

「う……うん」

 ノドカは自分の机の前に戻って、引き出しと棚を「どこに仕舞ったかなぁ〜」と、漁りだした。しばらくすると「あったあった」と一つの黒い小さなポシェットを取り出して、机の上に置いた。

 その黒いポシェットは長い紐がついていて肩からかけるタイプのものだ。何かが入っているのだろう。ちょっとだけ中央が盛り上がっている。ノドカが私と幹哉くんの前まで戻ってきて、そのポシェットを取り上げると、自分自身がそのポシェットを肩から掛けて見せた。そのポシェットには何処か見覚えがある。


 ――あっ、先週の日曜日に、ノドカと幹哉くんがデートしてた時に、ノドカが持っていたポシェットだ。


 そう言えば、あの時、二人は何をしていたのだろうか。そして、何故、その事に二人は一切触れないのだろうか。……でも、今は、その話は置いておこう。ストーカーの事が先決だ。


 ポシェットを肩からかけたノドカはファッションショーのモデルの様にポーズを決めて見せる。

「ジャーンッ! 『こんなこともあろうかと』っ!」

 おぉっ! キター! 小説や漫画の展開の究極のご都合主義シーンで現れる、定番フレーズだぁぁ〜!

「……『こんなこともあろうかと』っ?」

 私が首を傾げてみると、ノドカは「テヘッ! 言ってみたかっただけ」と舌を出してみせた。まぁ、その台詞を長い人生に於いて、一度は言ってみたい気持ちは分かるぞ。分かるぞよ、ノドカ。

 ノドカはそのままポシェットを持ち上げて私と幹哉くんに「よく見てみて」と黒いポシェットの表面を見せた。


「私が作って、使ってみていたやつの使い回しで悪いんだけどね」

 ノドカが見せてくれた黒いポシェットの中央には、よく見ると半球面のレンズのような物が鞄の表面から浮き出すように顔を出していた。


「これは?」

「360度全天球アクションカメラ。簡単に言えば、IT部室の『監視社会ディストピアシステム』の小型携帯版といったところかしら」

 ノドカが天井の黒い全天球カメラを指差す。私は、天井のカメラと黒いポシェットに仕込まれたそれを見比べた。確かによく似ている。

 でも、よく考えてみよう。なんで、こんなものがあるんだ?


「ノドカ……。でも、これって、物凄くストーカー感高い、盗撮アイテムなんじゃ……?」

 私の素朴な質問にノドカは「フフフッ」と可笑しそうに笑ってから私の目を見てニコリと白い歯を見せた。


「未央。 よ……」

 いや、ノドカ、それ全然、ノドカがストーカー道具であることの否定にはなっていないから。ノドカにそのポシェットを手渡された私は、戸惑いながら、幹哉くんを見る。天然ツッコミ知らずな幹哉くんは、やはり何も突っ込まずにコクリと頷いていた。私もコクリと頷いた。乗っかっちゃいましょう。天才少女の作戦に。


「ストーカーだって、本人の視界に入らないようにしながらも、追跡対象を目視して追いかけざるを得ないわ。写真を撮る時だってそう。尾行なんて常にを前提にしているのよ」

 ノドカは自分が掛けていたポシェットを外すと、私の首からポシェットの肩紐を斜めに掛けた。

「……だから?」

「だから、いいのよ」

 丁度、斜めの肩紐が胸の膨らみの間を通り、体の横ではなくて、ポシェット本体は丁度背中の下の辺り、お尻の上辺りに来るように装着された。


 そして、ノドカは私の両肩に手を当てて、じっと私の顔を見て言った。


「お願い、未央。今日明日。できるだけ、このポシェットを掛けたまま過ごして。データの回収は昼休みと放課後と朝一番にする。後は私が動画からの人物検知ディテクション人物認識レコグニションのプログラムを走らせるわ。そして犯人を見つけ出す。もちろん早急に今回の問題に適応させたプログラムにソースコードを書き直すわ。絶対間に合わせる。絶対発見して、捕まえてやるから……。お願い……、今回は私を信じて、預けて頂戴。未央」

 ノドカの目は真剣そのものだった。

 私は無言でコクリと頷いた。


 ――でも『今回は私を信じて』だなんて水臭い。私は今まで、一度だってノドカの凄さを疑ったことなんて無い。いつも振り回されてきたけれど、いつも助けられてきたんだ。しかも、振り回される時だって、その振り回し方は一流だったんだよ!


 ノドカは私の両肩から手を離すと、首を伸ばして、私の肩越しに幹哉くんに声を掛けた。

「幹哉くん。そういうことだから、今日と明日。未央のことは宜しくお願い。登下校時、出来れば、学内にいる間も、変なやつにやられないようにボディーガードしてあげて。二日できっとケリをつけるから」

「もちろん。ノドカちゃんに、言われなくてもそのつもりだよ。未央ちゃんは僕が必ず守る。ストーカーなんかに襲わせたりなんてしない」

 ノドカの言葉に、幹哉くんは大きく頷いた。


 二人の言葉と行動が嬉しかった。

 私は本当に嬉しくて泣きそうになったんだ。


 そして、IT部の総力をあげた大捕り物が始まったのだ!


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