第二三話 ストーカーされているのは私なのっ!

 あとをつけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた、つけられていた……。


 ――怖かった!


 私は、家に駆け込んで、玄関に鍵を掛ける。終業式の学校からの帰り道、川沿いの道を過ぎた当たりで気付いたんだ。誰かに尾行されているって……。

 まだ、胸がドキドキする。苦しい。


 こんなの初めてだった。私が歩く度に、少し遅れて、後ろから足音が聞こえた。最初は、気のせいだと思った。気のせいだと思いたかった。

 チラリと振り返った時には、さっと路地に隠れる人影が見えた気がした。だから、早歩きで歩きだしたら、その足音の間隔も短くなって付いてきたのだ。

 それから後は、振り返るのも怖かった。犯人を見てしまって襲われるのも怖かったし、ストーカーの顔を見ること自体がもう怖かったのだ。


 ――幹哉くん、ノドカ……助けてっ!


 心で願っても、その声は届かない。仕方のないことだ。この世界は小説じゃないし、幹哉くんだってそんな都合のいい王子様なんかじゃない。

 私は俯きながら不審がられないように出来るだけ速く歩いた。時々、カシャリ! カシャリ! と写真を撮るような音が聞こえたけれど、無視した。

 そして、早歩きで下校の道を歩き続けて、なんとか無事に、今、自宅へと辿り着いたのだ。


 私は自宅玄関の鍵を掛けて、階段を駆け上がる。部屋の床に鞄を投げ出すと、ベッドに倒れ込んだ。お母さんはまだ家に帰ってきていなかった。家に逃げ込んだから大丈夫だとは思うけど、不安な気持ちは心の中に燻っていた。誰かに不安を伝えて、少しでも楽になりたい。誰かに「もう大丈夫だよ」と言って欲しかった。助けて欲しかった。


 私はスマートフォンを取り出すと、LINEのアプリを立ち上げた。ノドカはLINEはやっていない。「宗教上の問題」だとか言っていたけど。幹哉くんのアイコンをタップして、チャットウィンドウを立ち上げる。そこにメッセージを途中まで打って、ふと、親指を止めた。


 ――ストーカーの事を伝えたら、幹哉くんはどう言うだろう?


 優しい幹哉くんのことだ、きっと、心配してくれる。そして、きっと、「日曜日のプールは危ないからキャンセルしよう!」とか言い出すに決まっているのだ。

 それは嫌だ。日曜日のプールは絶対に行きたい。

 久しぶりに、幹哉くんから誘って貰えたプールなんだからっ!


 私は、少し思案してから、錦織さんのアイコンをタップした。お仕事の邪魔かなと思ったけれど、最近、一番LINEでやり取りしているのは錦織さんだ。ストーカーに追われたことをメッセージすると、すぐに返事が返ってきた。


『大丈夫ですかっ!?』

『あ……お仕事中、ゴメンナサイ。もう、家なので大丈夫だと思うんですけど……怖かったデスー』

『ストーカーなんて、許せませんねっ! もし、次に被害にあうことがあったら、すぐにLINE鳴らして貰ってもイイですよ! 駆けつけます!』

『ありがとうございます〜。錦織さん、優しい』

『いえいえ、男として当然です! あ……、すみません。次、会議なので〜。ホントに気を付けてくださいね。ノシ』

『お仕事中失礼しました〜。ノシ』


 一通り、やり取りを終えると、私はベッドに寝転がったままスマートフォンをシーツの上へと落とした。「錦織さんは、大人だなぁ」と思う。何だか、仕事中に申し訳ないことをしてしまった。


 しばらく、横になっていたら、玄関から「ただいま〜」と声がした。お母さんが帰ってきたのだ。「おかえり〜」と言いながら、部屋を出て階段を降りる。スーパーの荷物を冷蔵庫に入れるお母さんの横で、私は冷えたほうじ茶のペットボトルを取り出した。


「あら、帰っていたのね」

「うん……」

「……何か、あったの?」

 私は驚いて、隣の母を見る。


「……何も無いよ? どうして?」

「そう? だったら良いんだけど」


 母親というのは、何故こうも、勘が鋭いのだろうか。エスパーだろうか? 危ない危ない。食器棚から取り出したガラスのコップに冷たいお茶を注ぐ。

 ストーカーの事を今、お母さんに言ったら、やっぱり、日曜日、プールに行くのを止められる気がするのだ。

 お母さん、嘘ついてゴメンね。心配してくれてアリガトウ。


「それより、日曜日にね。幹哉くんと学校のプールに泳ぎに行くんだ。例の『プール開放日』。良いでしょ?」

「あら、良いわね。うふふ。幹哉くんとデートかしら? 学校のプールなら色々安心だし、良いんじゃない?」

「それでね……。新しい水着、欲しいんだけど。明日、一緒に駅前の百貨店に行くとか。駄目?」

 プール開放日の学校のプールはさながらレジャー施設だ。生徒たちの水着もスクール水着じゃなくて良くて、思い思いの水着を持ってくる。

 折角の幹哉くんとのプールだから可愛い水着を着たい。もちろん、同級生の女の子の水着も楽しみだし、みんな観察し合うから、スクール水着を着ちゃうと逆に目立っちゃう可能性もあるんだよね。


 お母さんは少し思案したあと、親指を立てた。

「いいわよ。思いっきり可愛い水着を買って、幹哉くんをビックリさせなきゃね!」

「思いっきりじゃなくて、イイよぅ〜」


 ほっぺたが熱くなる。お母さんは、私が幹哉くんのことをずっと好きだって知っている。多分、焦れったくも思っているし、長い間ずっと見守ってくれてもいるんだ。

 お母さん、ありがとう。口では言わないけどねっ!


 ストーカーのことは正直不安だった。

 でも、考えれば考えるほど、なんだか腹が立ってきた。


 ――なんで、私がストーカーなんかのために、こんなに考え込まなきゃならないのよっ!


 私は何も悪いことはやっていないし、ストーカーだって今日の帰り道だけのことかもしれない。それに、今後とも、もしストーカー行為が続くようなら、きっと解決するチャンスだってあるはずだ。

 そうだ、週が明けたら、ノドカに相談しよう。そうしよう。

 きっとノドカは「ふふふ、私がストーカーを見事に発見してみせるわっ!」なんて言うに違いない。


 ――あ、でも、あの子自身もストーカーなんじゃない!? ……ちょっと頭痛い。


 土曜日は久しぶりにお母さんと、買い物に百貨店へと繰り出した。

 水着は、かなり迷ったんだけど、最終的にはラッシュガード付きのビキニにした。青を基調にした花柄のビキニでフレアパンツも付いているの。結構、可愛いんだよ。本当に日差しが強い日が続くから、ラッシュガードは必須だよね。


 お母さんは「う〜ん、もうちょっと派手でも構わないのよ? 明日で、幹哉くんのハートを射抜くんでしょう? そのくらいの覚悟で行くなら……、これなんてどう?」とかいって、もうちょっと露出が多くて大人っぽいビキニの水着を取り出したりしていたが、丁重にお断りした。


 ――そんな露出を高校一年生の娘にけしかけるなんて、いかがなのでしょうか? 母親よっ!


 百貨店を回っている間中、ストーカーのことが気にならなかったと言えば嘘になる。でも、百貨店は今日も沢山の人出だったし、足音もその中に紛れる。もし居たとしても、気付くのも難しい。今日はお母さんも一緒だったし、一人のところを襲われることもない。もう、今日は完全に無視すると心に決めた。

 それでも、時々、カシャッ! カシャッ! というカメラの撮影音が微かに聞こえる度にビクッとして周囲を見回すことがあった。直ぐ側に家族連れがいて記念写真を撮っている時もあったし、女性が気に入った服をメモ代わりにスマートフォンのカメラで撮影している時もあった。もちろん、誰が撮影したのか分からない時もあった。


 横で婦人服を物色していた母親が顔を上げる。

「どうしたの? 未央? さっきから時々、何か気にしているみたいだけど?」

「ううん。なんでもない。なんでもないよ。ちょっと、百貨店久しぶりだからキョロキョロしているだけ」

「そうぉ?」

 お母さんが怪訝そうに首を傾げるので、私は「そうだよ、そうだよ」と頷いて、自分もショーケースの上の淡い色のブラウスを手に取った。


 そうだよ。


 なんでもない。なんでもない。なんでもない。なんでもない。なんでもない。

 


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