ランサムウェアに抗います。

第二二話 終業式からの夏休みに突入ですっ!

『今日、終業式なんです、いってきまーす!』

『あー、高校生はもう夏休みか〜。社会人はそうもいかないよ。でも、授業終わってスッキリだね。いってらっしゃい! 僕も金曜日、がんばるぞ〜』


 私はLINEで「いってきます!」のスタンプを送る。相手は錦織さん。週頭、日曜日にLINEの交換をしてから、なんだか、こんな感じで気さくにメッセージのやり取りをすることが増えてきた。


 週明けから夏休み前の最終週が始まった。夏休みが迫って、今週はずっと学校全体が浮かれムードだった。みんな旅行の計画だとか、クラブの大会の話とか、この夏こそ彼氏を作るんだとか休み時間毎にワイワイと盛り上がっていて、授業時間中もどうも浮ついた空気が漂っていた。しかも猛暑続きで暑い。


 私も、今まで通りなら「この夏こそ幹哉くんとっ!」って盛り上がるんだけど。

 日曜日にノドカと幹哉くんのデートを目撃してから、自分自身、どうしたら良いのか分からずに悶々とした日々を過ごしてきた。

 学校の中だけじゃなくて、一日中、幹哉くんとノドカのことは考えてしまっている。

 快適にクーラーをかけた自宅のベッドの上でも、スマートフォンを握ったまま、「うーん、うーん」とグルグル回る思考を繰り返しては、右に左に寝返りを打つ日々だ。


 そんな中で、日曜日にLINE交換したばかりの錦織さんとのチャットの量だけは増えていた。忙しいはずなのに、錦織さんは意外とマメで、私の打ったちょっとしたメッセージにも、結構すぐに返事を返してくれた。使うスタンプも可愛くて、時々、そのギャップが可笑しくて笑ったけど、全体的にとても紳士的だった。


 結局、週が明けてから、ノドカからも、幹哉くんからも、日曜日のことについては何の報告も無かった。気になってるのなら、私から聞けば良いのだろうけれど、それも何だか違う気がして、何も聞けないまま終業式の今日に至ってしまったのだ。


 そもそも、ノドカには、幹哉くんのことについて「私が、あんなやつのこと、好きな訳ないじゃない!」「頑張ってね!」だなんて、言ってしまっているのだ。

 今更、「何勝手にデートしてるのよっ!」なんて言える訳がない。


 ――ふぇ〜ん。もう、やだ。


 そんなことを考えて、渡り廊下を歩いていると背中から幹哉くん本人の声がした。


「未央ちゃん」

「……あ、幹哉くん」

 今日も猛暑日だけど、爽やかな顔立ちゆえだろうか、彼の周囲だけは、なんだか涼やかに感じる。

 講堂に全校生徒が集まって行われる終業式が終わり、クーラーの効いた教室へと、皆が早歩きで向かっているところだった。


「どうしたの?」

 なんだか、学校で幹哉くんが呼び止めてくれるのは久しぶりな気がする。ちょっと嬉しい。


「えっと、未央ちゃんは、来週の夏季補習って行くの?」

「うん。行くよ」

 私はコクリと頷く。

 夏季補習というのは夏休みの第一週にだけ実施される追加授業で、通常の授業とは別プログラムなのだ。選択性なので自由に好きな科目に参加すればいい。もちろん、行かなくても良い。


「じゃあ、僕も行こうかな〜」

「えっ? ほんと?」

 幹哉くんは少し考えるように、そして、ちょっと照れるように斜め上を見た。

 何だか最近、幹哉くんの気持ちが、ノドカに向かっているのだとばっかり思っていた私だから、こんな一言でも何だかとてもうれしい。


「それとさ……。プールの約束覚えてる?」

 ――あ、忘れていた。


 サイバーセキュリティの講習会にどうしても行けないと幹哉くんが言った時、幹哉くんが「夏休みになったらプール開放日は一緒に来ようね」と言ってくれたやつだ。

 その時は、メチャクチャ嬉しかったけど、日曜日にあんなことがあって、頭の中から吹き飛んでしまっていた。でも、思い出した。だから、覚えていたも同然なのっ!


「……も、もちろん! 覚えてるわよっ!」

「良かった。じゃあ、明後日の二十二日の日曜日の『プール開放日』はどうかな?」

 ――え? 明後日じゃん! え〜っと、大丈夫だっけ? ええいっ!


 私は頭の中を高速で回転させて、記憶の中のスケジュール帳、水着の状況等をチェックする。うん、なんとかなるはず。


「もちろん、大丈夫よ。楽しみにしてるね」

 私が大きく頷くと、幹哉くんも「うん」と頷き返した。


 『プール開放日』とは聖メティス学園のプールが生徒やOB・OG、保護者等に開放される日のことだ。聖メティス学園のプールは普通の学校のプールに比べるとずっと綺麗で豪華なのだ。

 それが、夏休みの間の土日祝日は開放される。普通の学校に通う人には想像しづらいかもしれないが、そこらのプールにお金を払って泳ぎに行くくらいなら、聖メティス学園の『プール開放日』に来た方がずっとリーゾナブルなのだ。


「……西野。明後日のプール開放日……来るのか?」

 突然、背中から声を掛けられてビックリした。

 前で、幹哉くんもちょっと驚いた顔をしている。恐る恐る振り返ると、里中先生が立っていた。里中先生は、なんだか物凄くやつれていた。


「あ……、はい。来る予定ですけど?」

 そう答えると、里中先生は私から視線を逸して「……そ、そうか。分かった」と呟いた。


 ――何だろう? なんだか、様子が変だ。


「先生、……なんだか、調子が悪そうですけど、大丈夫ですか? 夏風邪ですか?」

 いつも脳天気な里中先生が、あまりに元気が無いので、幹哉くんも心配そうだ。

 たしかに、里中先生がこの調子だと、私も戸惑うし、何だか異様だ。


「あ〜、夏風邪じゃあ無いけど……。ちょっとなぁ。胃が痛い、腹が痛いよ……」

「ウィルス性胃腸炎とか?」

「ウィルス……ッ! って、ああ、えっと、ん〜、まぁ、違うな」

 私の言葉になんだか過剰反応しながらも、里中先生はゲフンゲフンと咳払いをして、何やら後ずさりした。そして「お前ら、ホームルームあるんだろ? 行っていいぞ〜」と言うと、弱々しく手を振って職員室の方へと消えていった。

 自分で呼び止めておきながら勝手なものだなぁ、なんて思う。


「何だろうね? 里中先生、変だったね」

 幹哉くんの言葉に、私は完全同意で「うん」と頷いた。

 でも、まぁ、里中先生も大人だし、子供が心配するのも違うのかもしれない。私達に出来ることと言えば、これ以上の心労を、IT部が、いや、ノドカが里中先生に掛けないようにすることぐらいだろう。


 終業式はホームルームを含めて、午前中で終わった。売店で買った昼ごはんを食べて、私はいつものようにIT部室で午後の時間を気ままに過ごした。日曜日、帰りに立ち寄った街中の大型書店で、ついつい買ってしまった文庫本の小説を読む。

 一方で、ノドカはいつもの様に一人ワークステーションに向かっていた。


「ノドカは今日は何やってるの? プログラミング?」

「ん? あ〜、今日はプログラミングじゃないヨ〜。例の『セキュリティ対策チーム』。理事長にもオッケー貰っっちゃったし、進め方とか、課題とかまとめちゃおうと思ってね〜。調査とまとめって感じ」

 そう言うとノドカは、首を左右に倒し、右手で左肩を揉んだ。顔や姿は可愛いんだけど、動きはおじさんみたいで、なんだか笑える。


「そっか〜。私もサイバーセキュリティの話、これを機に勉強しなきゃね」

「お〜、未央、偉いぞよ、偉いぞよ」

 ノドカが嬉しそうに微笑む。


「ありがと。日曜日に参加してきた、サイバーセキュリティの講習会も思っていたよりもずっと面白くて、分かりやすかったの。講師の先生とも繋がっちゃってね。いろいろ教えて貰えそうな感じ」

「お〜、それは良かった〜。未央がもっと強くなってくれたらIT部の勢いもマシマシだからね〜!」

「うん。頑張るよ」

 私がVサインをしてみせると、「イェイ!」とノドカもVサインを返してきた。日曜日にノドカが何をしていたのか、聞いてみたかったけど、やっぱり止めた。


「その分かりやすかった先生がね、実はウチ学校のOBで錦織龍之介さんって言う名前なんだけど……ノドカ知らないよね? まだ、二十代なのに、会社も経営しているんだって。凄いよね〜」

 私がそういうと、ノドカはカタカタとキーボードを叩いていた指をピタリと止めた。そして、何か変なものでも見たような顔をして首を傾げた。


「……錦織龍之介?」

「う、うん。……もしかして、ノドカ知ってるの?」

 文庫本に指を挟んでソファーから起き上がった私に、ノドカは「ドダロネー」と曖昧な返事を返してきた。なんだか、何か含みのあるような返事だったが、ノドカが話さないのならば、それは、聞くべきではないことなのだろう。

 ノドカは首を元に戻すと、また、液晶ディスプレイに戻って行ったので、私も文庫本の世界へと戻っていった。


 夕方になって私はまだ残るノドカにバイバイを言うと、IT部室から出て、帰路についた。校門で偶然、用務員の田中さんに会ったので「さようなら」と挨拶を交わす。


 今日も猛暑日で、夕方になってもまだ外は暑いが、終業式を終えた高校生には得も言われない開放感がある。そう、高校一年生の夏休みが始まったのだ。


 でも、それは、良いことばかりではなくて。


 ――思えば、この下校の道から、事件は始まったのである。


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