第一八話 天才は転んでもただでは起きぬのだっ!

 放課後の理事長室で私達は並んで立っている。目の前には理事長で、その向こうには窓越しに、徐々に晴れてきた梅雨空が見える。

 部屋の空気感は抜群に重い。


 私はちらりと右隣のノドカに目をやる。ノドカは真っ直ぐ立っているものの、その目は完全に興味を失っていた。「お説教には興味がない」とその表情が雄弁に語っている。おい。マイペースで唯我独尊な親友であるが、限度というものがあるよね。


 左隣には幹哉くん。関与は極めて希薄、というかゼロだったが、連帯責任ということで呼び出されていた。その表情には疑問符しか浮かんでいない。

 全く状況も経緯も理解していないのだ。ごめんね、幹哉くん。


 対照的に、幹哉くんの左隣、四人の左端に立つ里中先生は、可哀想なくらいに震え上がっていた。私達のせいで里中先生が減俸とかになったら可哀想だなぁ、申し訳ないなぁ、なんて思う。

 そして、里中先生に負けず劣らず、理事長の横では教頭先生が狼狽しきっていた。


「よ……佳子よしこ理事長。ほ……本人達も反省していると思いますので、今回は、教育的指導に留めておくのが得策かと」 

 思わぬ支援が教頭先生から飛んでくる。それに里中先生はコクリコクリと頷いて最大限の同意を表した。

 私は何故二人がそんなに私達を庇ってくれるのだろうかと、一瞬疑問に思ったが、直ぐにその理由に辿り着いた。


 この事件が大事になったら、その責任の一端を担っている教頭先生と里中先生の責任も比例して大きなものになるのだ。

 改めて、今回の事件を起こすに当たり、特別クラブ活動申請という形で、教員勢を巻き込んだノドカの作戦の秀逸さに感嘆した。


 理事長は私達の方をじっと見つめている。首元には上品な真珠のネックレスを纏っていて、何だかオーラがある。

 生徒相手に表に出てくる教職員の頂点は校長先生や教頭先生だが、私立高校においては理事長こそが学園経営の真の頂点なのである。理事長はなかなか生徒の前には現れず、生徒との接点も少ない。だから理事長の顔は写真で知っていても、名字も名前も覚えていなかった。


 ――理事長の名前、佳子って言うんだ。名字はなんだったっけ? よくある名前だった気もするけど……。

 

「事件の詳細は、教頭先生とサポート会社の方から伺いました。西野未央さん、真行寺ノドカさん。教職員会議で認められた特別クラブ活動であったとはいえ、その活動で周囲に迷惑が掛かった時、当事者が倫理的な責任を免れることが出来る訳ではありませんよ。今回の事は教職員側の落ち度もあるので、特に、処罰などは致しませんが、これからは自らの学びの上でも、周囲に迷惑がかかる可能性があれば、自分自身で十分に配慮して行動するようにしてくださいね」


 理事長は決して笑顔では無かったが、語気を荒らげることもなく、諭すように、私とノドカに語りかけた。特に謹慎も、停学も、反省文の提出すらない。実質、お咎め無しである。


 思いがけない寛大な措置に、気付けば私は「ありがとうございます!」と頭を下げていた。左隣の幹哉くんも、よく分からないままに頭を下げている。

 一方で、右隣のノドカがボケッと立ったままだったので、私は右手で彼女のスカートをクイクイっと引っ張った。ノドカも気付いたようで、私の後を追うように、ペコリと頭を下げた。


「教頭先生と里中先生。お二人は教職員会議と顧問としてのお仕事に関して、今一度、よく考えてください。教職員会議は議題を右から左へ受け流すのがお仕事ではありません。それから、生徒を信頼をするのも大切ですが、きちんと問題点を指摘するのも、顧問のお仕事ですよ。特に里中先生は、真行寺さんのような、優れた部員が居られるのですから、それに負けないようにしっかりとIT技術について学ばれた方が良いのかもしれませんね」

 ぴしゃりである。教頭先生も里中先生も、理事長の言葉に項垂れるしかなかった。


「では、以上ですが、何か質問はあるかしら?」

 理事長は話を切り上げる前に、私達に問いかけた。

 私はフルフルと首を振る。早く切り上げて、この張り詰めた空気から逃げ出してしまいたい。同意を求めるように「無いよね?」と右隣のノドカの方に首を向ける。

 そこで私は、右手を真っ直ぐ斜め上方に挙げているノドカを発見したのだ。

 理想的な挙手だ。


 ――なんで、手を挙げてるのぉぉぉぉぉ〜〜っ!!


「何かしら? 真行寺さん?」

 理事長は表情を崩さず、そのノドカに水を向ける。


 右手を下ろすとノドカは一歩前に出て、顔を上げた。さっきまで死んでいた双眸には再び光が戻っている。好奇心を宿し、未来への強い意志を示す光だ。


「学園内にちゃんとした知識を持った人間を入れた『セキュリティ対策チーム』を設置されることを理事長に進言します」

「ほぅ?」

 理事長は興味深そうに目を細める。


「今回の特別クラブ活動を行うまで、私は何度も本学園のネットワーク及びサーバの脆弱性等に関して教頭先生に意見書を出していましたが、どうも、ご理解頂けなかったようで、全部無視されてきました」

 理事長が「そうなの?」と横目に教頭先生を見ると、教頭先生は消え入りそうな声で「はぁ、まぁ」と呟いた。

 教頭先生、本当に、敵に回してはいけない女子高生を敵に回してしまいましたね……。合掌。


「今回は私達IT部が演習として行いましたので『止めろ』と言われれば、すぐに止めました。でも、もしこれが悪意ある人物からの攻撃だったとしたら、そうは行きません。生徒の個人情報、成績情報の流出が起きれば、社会問題にすらなります。……実際に、私はIT部室から、その気になれば生徒の成績や試験問題にアクセス可能ですよ」

「そうなの?」

「ハイ」

 困った顔をする理事長に、ノドカは満面の笑みで頷いてみせた。

 天使の笑みだ。嘘ではない。ノドカは里中先生のアカウント情報を確保しているのだ。


「良いでしょう。ご忠告、謹んでお受けするわ。検討しましょう。……でも、うちの教職員にIT技術やセキュリティに関してなんて居るのかしら? 里中先生は今回のことでメッキが剥がれてしまったでしょう? 学内のことにサポート会社の方に入って頂く訳にも行かないでしょうし」

 理事長の流し目に、ただただ里中先生は恐縮して俯くばかりだった。


「外部のサポート会社をこういうチームに入れるのは良くないです。学園の内情を知らない外部の人間が入っても組織の機微がわからないでしょうし」

「では、真行寺さんは、誰か適任者をご存知なのかしら?」

 理事長の挑むような目を、ノドカは楽しそうに引き受けた。


「思い切って、候補者を探す範囲を教職員から在校生まで広げてみてはいかがでしょうか? 生徒の中には十分なIT知識を持った適任者も居るかもしれませんよ?」

「ほぅ……? 面白いことを言うわね。じゃあ、伺って良いかしら? 真行寺ノドカさんが、思いつく『セキュリティ対策チーム』の適任者を」

 

 ノドカは「もちろん」と微笑み、騎士のように一礼すると、顔を上げて唇を踊らせた。


「私は、――真行寺ノドカ、及びIT部をその『セキュリティ対策チーム』の適任者として推薦いたしますわ」

 そのノドカの笑顔を見て、理事長は笑い出した。

 本当に、可笑しくて堪らない、と言ったように。


「これは良い。……これは良いわ! 噂には聞いていましたが、想像以上ね。実に剛毅ごうき。可憐なその顔の裏には一体何があるのかしら? ……わかりました。教頭先生、里中先生、彼女をメンバーに加えて本学園の『セキュリティ対策チーム』を準備して下さい。今後、永久にシステムトラブルが生じないようにするのよ」

 理事長の大胆な決断。

 教頭先生は狼狽する。左を見れば、里中先生も開いた口が塞がらない、といった感じだ。

 幹哉くんは……、あ、蚊帳の外だ……、ゴメンね。


「し、しかし、理事長。そうなりますと、その女子生徒に『学内教職員ネットワーク』のアクセス権限を与えてしまうことになりますが……!」

「構いません。それによって生じる些事は、あなた方で適切に対処なさい」

 何故か上機嫌になった理事長は、教頭先生に無茶振りをする。

 今回の不祥事もあり、教頭先生は頭が上がらない状況なのだ。

 結局、教頭先生は「わ……わかりました。そのように進めます」と引き下がるしかなかった。


 ノドカはもう一度「ありがとうございます」と礼をした。

 横目に見ると、伏せた顔の口許でノドカはネコのような微笑みを浮かべていた。


 そして、真行寺ノドカは『学内教職員ネットワーク』の正式なアクセス権限を得たのである。


 ――つまり、幹哉くんの学内情報に関するアクセス権限を。


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