第一四話 ウサギ小屋騒動の後日談ですっ!

 この地域では梅雨入り宣言から二週間が過ぎて、初夏は一段と夏に近付いていた。

 今日の天気は寧ろ梅雨であることが信じられない程に晴れ渡っていた。

 ウサギ小屋騒動翌日の放課後、私とノドカはクーラーの効いたIT部室で思い思いに涼んでいた。


 昨日の帰りに買った小説を開いて私はソファーに沈み込んでいるし、ノドカはノドカで、いつもの机に座って何やらまたキーボードをカタカタと叩いている。

 昨日はあの後も頻繁に、『ウサギの監視社会ラビット・ディストピア』からのアラート通知が飛んできていた。流石にノドカも苛立って放課後にはのアラート通知機能をオフにしていた。


 昨日は本当にシッチャカメッチャカだった。


 ボブカット先輩とポニーテル先輩は、幹哉くんの説明で、ウサギに不用意に餌を与えることの危険性について理解してくれて、一件落着となりかけていたのだ。

 そこで終われば良かったのに、女豹たるボブカット先輩が何だかその流れを利用して幹哉くんに色目を使いだしたものだから、もう大変。それにイラッと来たノドカが爆発して先輩に飛び蹴りを食らわせてしまったのだ。

 そこからは、もうシッチャカメッチャカ。本当にシッチャカメッチャカだった。


 ポニーテール先輩や私による制止の努力の甲斐もなく、ボブカット先輩とノドカの間で掴み合いの子供の喧嘩が勃発したのだ。

 人通りも多い昼休みだったから、見物客も増える中で、先生方も駆けつけた。最終的には止められた上で、喧嘩両成敗となったのだった。


 結局、ノドカは職員室に呼び出されて、――というか、連帯責任で、私と幹哉くんも呼び出されて、IT部顧問の里中誠先生からもお小言を頂くこととなった。

 私は先生のお小言を真面目に聞いていたんだけれど、私の左右の二人、ノドカと幹哉くんは、先生の指導なんて完全に右から左に受け流してたんじゃないかな。

 里中先生、なんだか色々とスミマセン……。


「でも、サブローくん、元気になって良かったね」

 私は途中まで読んだ本に指を挟む。珍しくヘッドホンをせずにキーボードを叩いていたノドカは、こっちをチラリと見ると「ソダネー」と頷いて、また、液晶画面へと戻っていった。

 カタカタとキーボードを叩き出したかと思うと、「お、イイね、イイね」などと、独り言を漏らす。


「何作ってるの?」

 私はノドカの机に近付いて、ワークステーションの液晶画面を覗き込んだ。ノドカは細くて白い足を座面に持ち上げて三角座りをしていた。


「ん? えっとね。折角、RGB-Dセンサ入れて、サブローのこと24時間追跡トラッキング出来るようになったから、何か面白いもの作れないかなって思ってさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 顎を膝の上に乗せて、そのまま椅子をクルクル回転させる。「思ってさ〜」の語尾を伸ばし続けながらクルクル回っている。クルクルクルクル。さ〜〜〜。

 私はそれを眺めながら五秒数えると、エイッと背もたれを掴んでその回転を止めた。回転が止まると同時にノドカの「さ〜」の声もピタリと止まる。


「面白いものって? 何? また、何か役に立ったり、問題解決に使えるもの?」

 以前、ノドカはITの技術開発はの為にするのだと力説していた。だとすれば、また、何かの問題を解決するものをノドカは作っているのだろうか?


「やだな〜、未央ったら。私達は高校生だし、企業じゃ無いんだから、問題解決ばっかりやってても面白くないじゃん! Just for fun よ Just for fun!」

 そう言って、ノドカは右手をひらひらと振った。


 うぅむ、言う時々によって主張が変わっている気もするぞ。まぁ、今更驚かないけど。


 そんなことを考えていると、ノドカがスキーのゴーグルのような機器を手渡してきた。スキーのゴーグルよりかは明らかにIT機器っぽさがあるデバイスだ。


「これは?」

 ノドカから手渡され、両手で受取り、角度を変えながら眺める。

「『ARゴーグル』ダヨ〜!」

 私が首を傾げると、ノドカは「ちょっとかぶってみて」と言って、自分はキーボードから何かを入力してプログラムを立ち上げ始めた。

 私は言われるがまま、そのゴーグルを頭からかぶる。


「こう?」

 かぶってみると、サングラスの様に少し暗く色のついた視界が広がる。

 しかし、そう思ったのも束の間。自分の視界の中に、パソコンのウィンドウのような画面が表示された。

「へっ? 何これっ?」

Augmentedオーギュメンテッド Realityリアリティっていう奴だよん。いわゆるARね。ゴーグルの上に映像が表示されて、それがまるで現実の世界の上に3Dで存在しているように見えるって代物しろもの。日本語じゃ拡張現実だなんて言うんだよ」

「へ〜」

 なんか変な感じがする。私が首を動かしても、空間上に浮かぶ仮想の物体は、にあるまま動かないように見える。


 ――なんかスゴイなぁ。SFって感じがする……。


「それでね……、あらよっと!」

 ノドカは掛け声とともに、ワークステーションから何やらプログラムを起動した。すると、私の視界には、3Dアニメーションのように白いウサギが一匹飛び出してきた。両足はいびつに動き、動き自体は奇妙だ。でも、間違いなく、何か3Dのウサギが机の上を歩き回っている。


「ノドカ。何か、ウサギのキャラクターが出てきたんだけど、何これ?」


 それは拡張現実の世界をバタバタッと右の方に移動したかと思うと、そこで完全停止して、微妙に振動したりしている。なんというか、その動きに細かな手足の動きが付いていって居なくて、不自然といえば不自然なのだが、動きが何だか生々しくて自然と言えば自然だ。


「ふっふっふ。それはね、ARのサブロー。名付けて『拡張サブロー』よ!」

「――『拡張サブロー』!?」


 ――また、変なのが来たッ……!


「ウサギ小屋のRGB-Dセンサで、二十四時間サブローの追跡トラッキングをしているじゃない? そのデータを常にネット越しにこっちのサーバに送っているから、何かに使えないかな〜? 遊べないかな〜? って思って」

 ノドカは楽しそうに笑いながら続ける。

「リアルタイムに本物のウサギ小屋で計測されて送られてくる情報を使って、ARの世界のウサギを動かしたら面白いかなぁ、と思って。それで動いているのが『拡張サブロー』」

 何となく分かった。……何となく分かったけど。


「ノドカ……、でも、これって何に使えるの?」

「何にも〜!」

 即答である。


「……これを作ったのって、まさか、『面白そうだから』ってだけ?」

「そだよ〜!」

 ――オオゥッ、なんて贅沢、そして才能と予算の無駄遣い。


 まぁ、本人の才能だし、そして、本人が得てきた予算なので、イイんだけどね。


「まぁ、まだ、アニメーションとかは適当で、とりあえず表示してみただけって感じ。面白そうだったら、もうちょっとブラッシュアップしてみるけどね〜」


 私が『拡張サブロー』を目で追っかけ、そして、ちょっと手を伸ばして捕まえようとしたりしているのをノドカは楽しそうに見ていた。してやったりとばかりにゴーグル越しに「イェイ!」とVサインを送ってくる。


 ――乗せられちゃった気がするけど、これはちょっと面白いかも!


「それにしても、ノドカ、今回、凄い金額を使ったわよね〜。私、正直なところ、サブローくんのためにノドカがこんなに一生懸命取り組んでくれるって思わなかったの。なんだか誤解しててゴメンね」

 ARゴーグル越しに笑顔を浮かべる栗毛の少女を眺めた。いろいろとやり過ぎた面もあったけれど、今回のウサギ小屋騒動では本当によく頑張ってくれたと思う。

 まぁ、本当にやり過ぎだったんだけどさ。色々と。

 視界の端では『拡張サブロー』がウロウロと動いている。

 ノドカは目を少し開くと「あぁ〜、そのこと」と呟いてニンマリと笑った。


「全然、大丈夫だよ〜。まぁ、一石二鳥だったしね〜」

「一石二鳥? 何が?」

「もちろん、幹哉くんの行動データ収集ダヨ〜」

「え?」

 ノドカの言葉に、私は唖然とした。


「IT部室は『監視社会ディストピア』で記録できてるから、IT部の活動をしてる時の幹哉くんの行動データは蓄積できてるんだけど、飼育委員活動の時の幹哉くんの行動データは取れていなかったじゃない? ま〜、切っ掛けが無いと勝手に部室以外の部屋に色々取り付けられないしね〜」

「……え? じゃあ?」


 ノドカは笑顔でコクリと頷く。


「もちろん、『ウサギ監視社会ラビット・ディストピア』にも『幹哉くん認識器』は実装してあるから〜。これで、飼育委員の活動をしている様子もデータ取得出来るんダヨ〜」

 そう言ってノドカは、もう一度Vサインを送ってきた。満面の天使の笑顔で。


 ――私は自らの使命をこう定義したわ! 木之瀬幹哉くんの情報を整理し、世界中の何処からでも私がアクセスできて使えるようにすることよ。そして、そのために、あらゆる技術を研究し開発するのっ!


 ノドカは自らの使命を忘れては居なかったのだ。そして、このウサギ小屋事件を好機と捉えて、自らの観測システムの拡張に成功したと言うのだ。


 嗚呼! 私、またまた、一本取られちゃいました!


 ――でも、サブローくんのセキュリティ面は明確に改善した気がするから、今回のことは、まぁ、全体としては良かったことにするか〜。


 そう思った矢先、私の視界から『拡張サブロー』が姿を消した。ARゴーグル越しに左右を見回しても『拡張サブロー』は居ない。消えてしまったようだ。


「あれっ?」

 ノドカが「どしたの?」と怪訝そうな声で私を見上げる。


「『拡張サブロー』ちゃん、居なくなっちゃったよ?」

「え? そんなはずは……。……あっ!」

 実行状況をモニタリングしているウインドウを見てノドカは声を漏らした。


「信号が途絶えてる――」 

「信号? サブローの追跡トラッキング情報のこと?」

 私がそう聞くと、ノドカは神妙な顔でコクリと頷いた。


 ――まさかっ! サブローの身に何かがあったの?


 そんな焦燥が襲う。

 「一難去って、また一難」という言葉もある。

 もし、サブローがまた病気になったり、調子が悪くなったりしたら、悲しむのは幹哉くんだ。IT部は頑張ってサブローを守ったのだ。最後まで守りきりたい!


 私が言葉を発するより先に、ノドカがスクッと椅子から立ち上がった。

「ちょっと、ウサギ小屋、見てくるね!」

 そう言うと、ノドカは部室用のスリッパから上靴に履き替えて、部室の出入り口へと駆け出した。

「――待って! 私も行くからっ!」

 IT部室を飛び出して小走りに下駄箱に向かうノドカを、私は追った。


 さっきは『一石二鳥』だなんて言っていたし、昨日はサブローの事を『ウサ公』などと呼んでいた。それでも、サブローを心配して、私よりもずっと速く駆け出していく。

 ノドカがこんなにもサブローの事を心配してくれるようになるなんて、ちょっと意外だ。やっぱり、ノドカ自身も幹哉くんの大切な友達を大事に思い始めてくれているかもしれない。サブローの安否は心配だけれど、私は廊下を走りながら、その事を少し嬉しく思っていた。


 ウサギ小屋に二人が辿り着いた時、そこには私達を除いて誰も居なかった。中にはサブローだけが居る。元気そうだ。


 ――なんだ……、問題無さそうじゃない。


 胸を撫で下ろした。

 では、さっき、一体何故、通信が途絶えたのだろうか?

 それを明らかにしないといけないと思い、ウサギ小屋を覗き込んだ。

 サブローはウサギ小屋の隅に居て、何かを執拗に齧っているようだった。


 ――何だろう?

 私とノドカは、小屋の裏側に回って、サブローが齧っているものを正面から確認した。


 それは黒いケーブルだった。RGB-Dセンサと小型コンピュータを繋ぐ黒いUSBケーブルだった。ケーブルから皮膜が捲れ、所々、内部の芯線が剥き出しになっている。

 そう言えば、聞いたことがある。ウサギを部屋飼いしたりすると、家電製品のケーブルが齧られて大変になる場合があると。まさに、こういう事なのかもしれない。


 ――あちゃ~


 私は右手を額に当てながら、サブローがケーブルを囓る様子を眺める。恐る恐る視線を横にずらすと、そこには白い額に青筋を立てて、怒りの表情を浮かべた栗毛の美少女が立っていた。


 ――綺麗なお顔が台無しデスヨ、ノドカさん……。


 「私が折角、幹哉くんのウサギを守る為に作ったシステムをッ……! このウサ公がぁぁー! 殺すっ! ……殺してやるっ〜!」

 ノドカはウサギ小屋のサブローに向かって猛然と突っかかった。


 「ノドカ〜! それマジで本末転倒だから〜!」

 ウサギ小屋に侵入しようと暴れるノドカを、私は羽交い締めにして後ろから制止した。


 ――結局、サブローに対する愛よりも、自分の作ったシステムに対する愛が上回るのかァァァァ〜! 残念ッ!


 私達の足元の少し前では、何を言われているのか分かっていないサブローが、絶賛、ケーブルを齧りながらも、「きゅきゅ?」と可愛らしい鳴き声を上げていた。


 ――齧りたるなるよね? ウサギだもんね?


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