第一二話 サブローくんを見守る準備は万全ですっ!

 ノドカの説明はこうだった。

 そもそも、今回は「それが誰か」に関わらずウサギ小屋に侵入する人、ウサギ小屋に何かを投げ入れる人を検知して記録すればよい。「それが誰か」など記録する必要は無いのだ。撮影範囲内で、動いているものがあれば記録すれば良い。


 なるほどである。

 ノドカは説明を続ける。


「でもね、一つだけ、考慮して外さないといけないことがあるのよ」

「何?」

「サブロー自体の動きよ。普通に動くものを記録するようにしていたら、サブローが動く度に記録しちゃうじゃない? それって全く不要」


 確かにそうだ。ということは、動きが生じたものの中でも、サブローの動きに由来するものは、除外しないといけない。どうやってそれを実現するのだろう?


「そこで、今回は、ちょっと処理としては重いんだけど、常時、サブローをRGB-Dセンサで追跡トラッキングして、そこを例外マスキング処理したの」

「……それに、RGB-Dセンサを使ったってこと?」

 良く分からないままに、何となくの確認をする私に、「ご明察」と、ノドカは頷いた。


「普通のカメラだと二つ困ったことがあったわ。一つ目が、夕方以降の暗さ。二つ目が、ウサギ自体の見た目の変化ね」

「見た目の変化?」

「――それって、サブローが泥や砂に汚れて変色するってことかな?」

 幹哉くんの推察にノドカはコクリと頷いた。なるほど。


 泥と砂が豊富な屋外のウサギ小屋という環境では、サブローは簡単に汚れるし、日照条件も大きく変わる。そんな中で、画像認識だけに頼るのは得策ではないのだそうだ。

 そこで、深度Depth、つまり距離の情報も用いて、サブローを検出することにしたのだと、ノドカは言う。

 深度Depthであれば、対象の三次元的な形状がそのまま取得できるので、ウサギ小屋の映像の中から動くサブローが映る部分を切り出すのは比較的簡単なのだ。そしてそれらの処理を行うのが、備え付けられた透明の弁当箱のような小型コンピュータなのだという。


「ノドカ……これ、全体で幾ら掛かったの?」

「う〜ん、込み込みで十万円ちょっとくらいかなぁ〜」

「……スゴ」

 まぁ、ノドカのお陰で、我がIT部には謎の活動費が存在しているので、一ヶ月で十万円くらい使っても問題はないのだが。

 一般の女子高生である私の金銭感覚としては、かなり大きな金額に感じられる。天才お嬢様恐るべしである。


 私は改めて、ウサギ小屋の天井にぶら下がった二つのカメラと、そこから伸びたケーブル。そして、支柱に取り付けられた小型コンピュータを見た。お手製とは言え、ウサギ一匹を見守るために、なんとも、贅沢なシステムである。


「これがちゃんと動いたら、犯人を見つけることもできそうだよね?」

 幹哉くんが、嬉しそうにノドカの耳元でささやく。


 ノドカと接触した私の右肩越しに、ビクンッとノドカが過剰反応した揺れが伝わる。また、急に幹哉くんに照れているみたい。忙しい子だ。


「う……う、う、動くわよ〜っ!」

 急にノドカが顔を真赤にして、ノートパソコンの液晶画面に顔を突っ込んだ。照れすぎじゃん。

 ノドカが、猛然とコマンドプロンプトからコマンドを入力すると、幾つかのフォルダが次々に開いた。


「えっと。実はね。テスト運用として、昨日の放課後から運用を試してみていたの。その結果、見事に、一人、この仕組で記録された人が居たってわけ……」

 そう言って、ノドカはフォルダの中にある動画ファイル一つをクリックした。


「……まさか、……早速、犯人?」

「違うよ〜。そんな、オチじゃないよ〜」

 じゃあ誰だろう? 幹哉くんと私が画面を覗き込むと、そこには夕暮れ時にウサギ小屋に近づき、その扉を開けようとする男性の姿があった。


 ――ま……まさかっ!


 男性が扉を開け、カメラに十分近づき、その容貌が明らかになる。

 そう、そのウサギ小屋に侵入したのは――


「田中さんッ!」


 私は思わず声を出した。幹哉くんは「あぁ〜」と映像を覗き込む。ノドカは「ねっ」と可笑しそうに笑った。


 ――田中さん。いつもお仕事ご苦労様ですッ!

 

 ノドカは私達に説明を終えると、ベンチの上で一つ伸びをした。

 「一仕事やったぞ〜」って感じだ。

 きっと一仕事どころの騒ぎではなかったんだろうけど、一週間でこれだけのものを仕上げた天才少女の圧倒的開発力には拍手を贈りたい。ぱちぱちぱち。


「ノドカはいつも凄いなぁ〜」

 本当に感心して呟くと、ノドカは「じゃあ、撫で撫でシテェ〜」と言ってきたので、「撫で撫で」と撫でたら、「くぅ〜ん」と栗毛の頭をスリスリしてきた。


 ――うむ。可愛いぞよっ! ノドカ!


「ありがとう、ノドカちゃん。サブローと僕の為に、こんな凄い物まで作ってくれて」

 幹哉くんが、真剣な表情で、ノドカの顔を覗き込む。

 その瞳を直視したノドカの顔面はみるみるうちに真っ赤に染まって爆発した。


「な……、な、な、な、なにも……アンタのためにやったんじゃ無いんだからねっ! つ……ついでがあったから作ってあげただけなんだから勘違いしないでよねっ!」


 そんなツンデレテンプレを言い返すノドカ。


 ――RGB-Dカメラと360度カメラでウサギ小屋の専用監視システムを作るって、どんな用事のなんだか……。


 どう考えても幹哉くんとサブローくんの為だけに作ったテイラーメイドのシステムであることは火を見るより明らかなのに、何をとち狂っているのだろう。

 親友の謎の不器用さに、私は小さく溜息をついた。


 ノドカのツンデレを受けて、これまた天然の幹哉くんは「えっ? そうなの?」なんて言っている。

 ――そんなわけないでしょ! そんな話を信じるなっ、私の幼馴染ッ! 


 迷走が始まったので、この中でただ一人の常識人である私が割り込む。


「じゃあ、後はこれを使ってどうサブローに悪戯をした犯人を捕まえるかだね? ノドカは、犯人がまたウサギ小屋に来ると思う?」


 これほどのシステムを作っても犯人がもう一度この場所に来なければ捕まえることは出来ないのだ。そんな私の言葉に、ノドカはノートパソコンをパタリと閉じると、はっきりと断定した。


「来るわ」

「……どうして分かるの?」

「だって、どんな殺人事件でも『犯人は現場に戻る』ものだからよ」

「あ、僕もその話、聞いたことがあるよっ!」

 ノドカのそれっぽい発言に、幹哉くんも「うんうん」と頷いた。


 ――えっ? これ、殺人事件じゃないよね?


 時々、この子が本当に天才少女なのか分からなくなる時がある。

 正直ツッコむことすら面倒くさいんだけど。

 はい。幹哉くん、あなたも気付きなさい。


 ――もしかして、この二人、お似合いなんだろうか?


 そう考えると、私の胸の奥が締め付けられるように痛んだ。


 体育館の上の時計を見上げると、朝のホームルームの時間が近付いていた。もうすぐ朝の予鈴が鳴る。ノドカはノートパソコンを制鞄に仕舞いながらも説明を続けた。


「本当のことを言うとね。私はもう、今日にでもこの戦いに終止符を打てると思っているの」

「――今日?」

 それはあまりにも大胆な予想だった。


「そう、それも、今日の昼休みにね。犯人はきっと、何も考えずに、昼休みに来るわ。そしてウサギに餌でもあげるでしょう」

 真行寺ノドカはノートパソコンを仕舞った制鞄のファスナーを締める。


「どうして、昼休みだってわかるの?」

 私は不思議に思って問いかけた。 


「うーん、そうね。犯人はウサギに中途半端な関心しかない生徒だと思うの。もし、きちんとした関心を持っていたら、きちんとウサギが食べられる食べ物を与えるだろうし。そんな中途半端な関心しか持たない生徒が、わざわざ放課後にウサギ小屋にやってきて食べ物を与えるとは考え難いと思うの。きっと、自分たちがご飯を食べている時にふざけて、――もしくは、調子に乗ってお弁当のおかずやお菓子をサブローに分け与えているのよ!」


 立ち上がったノドカは右手人差し指を立てて見せる。真実は一つだ、と言わんばかりに。その推理に、幹哉くんも「あ、確かにそうかも……」と頷く。


ウサギ監視社会ラビット・ディストピアにはアラート通知機能も付けておいたわ。とりあえず、ウサギ小屋に侵入者があったら皆のスマートフォンにアラート通知が飛ぶから注意しておいてね。だから、例えば今日、休み時間にアラート通知が飛んできたら、このウサギ小屋に駆けつけて欲しいの。大丈夫かしら?」

 ノドカはそう言って、私達二人に順番に視線を送った。私も幹哉くんも「もちろん」と頷く。特に昼休みだねっ!


 ――そう、決戦は昼休みなのだ!


 ノドカは右手をスッとだすと、私達にその手の上に右手を重ねるように、促した。私が立ち上がり、右手をその上に置き、幹哉くんが立ち上がり、また、右手をその上に置く。


「聖メティス学園IT部! レディー! ゴー!」

 ノドカのお約束のような掛け声に、私達は一斉に右手を青空に向けて高くあげた。


 ――こんな、掛け声、うちの部活にあったっけ!?


 丁度その時、ホームルームまであと五分であることを知らせる予鈴が鳴った。

 ノドカと幹哉くんは制鞄を手に取ると、「じゃっ」と手を振って、それぞれの教室へ向かうために下駄箱へと向かって歩き出した。


 二人の背中を眺めながら、私は一つだけ、気になっていた事に考えを巡らせた。


 ノドカは「犯人は昼休みにここに来る」んだと言っていた。でも、もし、本当にそこまで推理できているんだったら、こんな高価なシステムを構築しなくても、普通に昼休みの間、見張っていたら良かったんじゃないだろうか?


 そこまで考えが至った時に、私はふと気づく。


 ――アッ! これは、きっと言っちゃダメな奴なんだッ!


 私は、その疑問をそっと心の中に仕舞った。 


 そして、私は、初夏の朝日の下、二人を追い、靴置き場に向かって小走りに駆け出したんだ。


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