第一〇話 活動記録装置を構築しましたっ!

 ――そこっ……そこ聞いちゃう!?


 私が一人で慌てていると、ノドカが屈託ない表情で幹哉くんの質問に応じた。


「んーとね。初めにやったのは、幹哉くんが映ってるところ?」

「僕が映ってるところ?」

「そう! こうやってね。映像内に幹哉くんが映ってる場面だけを認識するプログラムを作って、そのポイントだけを記録するの。名付けて『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』ッ!」


 そう言って、屈託の無い笑顔でノドカは幹哉くんの画像が大量保存されたフォルダを開いて見せた。画面いっぱいに幹哉くんの映っている写真がサムネイルで並ぶ。


 ――あれ? 自分で言っちゃった!?


 恐る恐る、幹哉くんの表情を覗き込むと、幹哉くんは何だか新しい科学技術に触れた小学生のように、瞳を輝かせてその画面を見ていた。


「へ〜、すごーい。僕の映っているところだけ、自動的に取り出せるんだね。便利だね〜」

「えへへ〜、でしょう?」

 幹哉くんは素直に感心し、ノドカは人差し指を鼻の下に添えてエヘヘと照れくさそうに微笑んだ。


 ――え? それだけ? 自分が盗撮されてたんだけど……? だ……大丈夫なんだ!?


 『天然』対『天然』。

 恐るべき中和力である。


「それで、ノドカ。その映像編集ソフトみたいなウィンドウは何なの? 私も初めて見ると思うんだけど?」

 私は液晶画面の左側に開いたウィンドウを指差す。


「あ、これ? これはちょっと新しいんだ〜」

 そう言って、ノドカは嬉しそうに口許に笑みを浮かべる。ノドカは自分が作ったものを説明する時は、本当に純粋に嬉しそうだ。創作者クリエータ技術者エンジニアならではの喜びなのだろう。


 ウィンドウを見ると、一番上にはカメラ画像のサムネイルが、左から右へと並んでいた。見ている間に、また、新しいサムネイル画像が出現して、それぞれの画像が右に一つづつずれる。


「これはこの部屋を写したカメラ画像?」

 私はその画像の流れを指差して尋ねる。


「ソウダヨ〜。そのサムネイルには大体一分おきの画像を表示しているの」

 ノドカはマウスを片手に「ご名答!」とばかりに頷いた。


 ウィンドウの下の方を見ると、サムネイル画像が流れる五つほどの灰色の行があった。画像がずれていく動きから考えるに、横軸が時間方向を表しているのだろう。そして、さっきのサムネイル画像が左端に出現したことを考えれば、左端が現在時刻を表しているに違いない。各行にはところどころ、それぞれの行に応じた色で、縦線が入ったり、四角の領域が色づけられたりしていた。多分、各行で、その時間帯に何かが有ったか無かったかを表しているのだと思う。


 視線を左に動かして、各行の左端の列を確認する。するとそこには、各行に対して、ローマ字でタイトルが振られていた。


 ――Nodokaノドカ ShingyojiシンギョウジMioミオ NishinoニシノMikiyaミキヤ KinoseキノセMakotoマコト SatonakaサトナカIkuroイクロウ Tanakaタナカ


 部員の三人と、顧問の里中先生、それに、用務員の田中さんの名前だ。


 横方向に走るタイムラインには、よく見ると、小さなフォントで9PM、8AMなどと時間が書かれている。そして、夜の九時頃に田中さんの行が黒い色で塗られ、今日の朝の八時頃のノドカの行が紫色、私の行がピンク色で塗られていた。今現在はノドカと幹哉くんと私の行の色が現在進行形で塗られていっている。


「……これってもしかして? 誰がどの時間帯に、この部屋に居たかっこと?」

 私が画面を見たまま呟くと、ノドカは大きく頷いた。


「さすが、未央! ご名答! さすが、私の大親友!」

 幹哉くんは初めの内、意味が分らなかったようだったが、私の言葉を聞いてから、改めてソフトウェアの画面を見て確かめる間に、意味が分かってきて「へ〜!」と感心の声を漏らしていた。


幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザーが認識できるのって幹哉くんだけじゃ無かったんだ?」

「うん。元々は、幹哉くんだけだったんだけどね。ほら、用務員の田中さんを認識しちゃったことあったじゃない?」

「うん」

 幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザーを作ろうとした過程で、用務員の田中さんが間違って認識されるという事態があった。幹哉くんのみをちゃんと認識できるようにするために、ノドカは田中さんが認識された画像に対して、改めてラベルを貼り直して、画像認識装置を再学習させたという。


「でね。その時に、よく考えたら、幹哉くんだけじゃなくて、田中さんも私達も、里中先生も、この部屋に入ってきそうな人、全員認識できるようにしちゃえばいいんじゃない? って思ったわけ。それで、誰がどの時間からどの時間まで、この部屋に居たか記録できたら、活動日誌みたいになるな〜って思って。それで、作ってみたの」

 ノドカは少女の微笑みでフフンと鼻を鳴らして見せた。


「名付けて『部室活動記録装置ベース・アクティビティ・レコーダー』!」

 じゃじゃーん、とノドカは両腕を広げて見せる。

 新製品のリリースだっ! やったぁ!


 つまり、この部屋に入ってきた人物は常時、誰かであるかを監視システム『監視社会ディストピア』が認識し、そして、記録されていくということだ。

 すごい! ……けど、これって、さらに監視社会ディストピア感も高まってしまっているのではっ!?


「じゃあ、さっき、私達が入って来た時に、ノドカが気付いたのは? これが関係しているの?」

「あ、それ? ちょっと待ってね」

 そういうと、ノドカはヘッドホンのブルートゥース接続を切り、ブルートゥーススピーカーへとオーディオ出力の設定を切り替えた。


「ごめん、幹哉くん、部室から一回出て、もう一回入ってきてくれないかな?」

 ノドカがお願いすると、幹哉くんは、笑顔でコクリと頷いて、部室の入り口へと向かった。一度、部屋を出て、丁寧に、扉を閉めると、しばらく経ってから、ガラガラガラと扉を開いて「こんにちわ〜」と、わざわざ丁寧に挨拶して入室する。

 う〜ん、お行儀が良いというか、なんというか。幹哉くんは、真面目だなぁ〜。

 でも、挨拶をする爽やかな笑顔はやっぱりカッコイイ!


 その瞬間、ブルートゥーススピーカーから女性の声色をした人工合成音が部室に響いた。


『木之瀬幹哉さんが入室されました。木之瀬幹哉さんが入室されました』


 急に名前を呼ばれた幹哉くんは頭の上に疑問符を浮かべて立ち止まり、私も思わず音を出したスピーカーの方を向いた。そんな二人を見て、ノドカは得意げに唇の両端を上げて微笑んだ。ニッコリと。


「リアルタイムに誰が入ってきたか認識できるわけじゃない? だから、誰が入ってきたのかを音声合成で知らせるようにもしてみたの。これで、大音量で音楽を聞きながらコーディングに集中していても、二人が入ってきたことに気付けるわ。入ってきた二人を無視しちゃったりしなくて済むでしょ?」

 そう言ってノドカはVサインを作って笑った。

 

 ノドカはいつか言っていた。


 ――自分が集中しすぎていて、部屋に入ってきた二人に、気付けない事が、何だか申し訳なく感じる時がある。


 ノドカは天才少女だ。これはもう本人も周囲も全員が認めるところである。そんな彼女の集中力は物凄い。音楽を聞いていようが、聞いていまいが、一度、自分の世界に入り込むと私達が部屋に入っても気付かない。

 たしかに、私も、部屋に入ってきて声をかけたのに、全く気づかれずに、少しだけ寂しい思いをすることもあった。それは、仕方の無いことと何処かで受け入れていた。でも、ノドカはちゃんと、そのことを気に留めていてくれたのだ。そして、こんな仕組みまで作ってくれたのだと思うと、なんだかちょっと嬉しくなった。


「ノドカちゃん、すごいね〜」

 部屋に入るテストを終えた幹哉くんが、私達の隣まで戻って来て、画面とスピーカーを覗き込む。そして、屈託ない笑顔で賞賛した。


「……ドッ……ドウモです」

 突然、ノドカは肩をすぼめて、照れたように小さくなった。


 説明を終えて、ノドカは急に幹哉くんの事を意識してしまったようだ。

 システムの説明をしている間は、あんなに伸び伸びと、自然に幹哉くんと話せていたのに、普通の会話に戻った途端、意識しまくり状態。

 う〜ん、不器用というか、天然というか。


 しばらくして、ふと思い付いたように幹哉くんが呟いた。

「これ、ウサギ小屋に誰が悪戯したり、サブローに誰が変な餌をあげたりしているのか発見するのに使えないかな? 不審者を見つけるのに?」


 ――それだっ!


 私は「グッドアイデア」と、幹哉くんの背中をパンパンと叩く。幹哉くんも嬉しそうに笑った。この仕組みで、サブローを病気にした犯人を見つけることが出来れば、きちんと注意して、行動を悔い改めさせる事が出来るに違いない!


 ――この『部室活動記録装置ベース・アクティビティ・レコーダー』をウサギ小屋に設置したら、ウサギに餌をあげている人を見つけることが出来るんじゃないかな?

 私達は顔を見合わせると、ワークステーションの前に座るノドカに期待を持った眼差しで視線を落とした。


「どう? ノドカ? 良いアイデアじゃない!?」


 しかし、私達の期待に反して、顔を上げ、私達二人を見たノドカは眉間に皺を寄せていた。それは、あからさまに否定的な表情だった。


「そのまま簡単に適用は出来ないわ……」

「どうして?」

 私は首を傾げる。幹哉くんも意外そうな表情だ。


「――未央は分かってくれていると思うんだけど、幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザーにせよ、部室活動記録装置ベース・アクティビティ・レコーダーにせよ、作る時には『誰を認識するか?』を先に決めて、その人の画像と、画像に対するラベルを大量に用意していたでしょ? その訓練データ一式を用意して、機械学習でその対象を認識できるように認識装置レコグナイザーを訓練するの」

 ノドカの言葉に、私は、以前聞いた話を思い出してウンウンと頷く。それを見て、ノドカは説明を続ける。


「だから、こういう認識器の開発は、基本的な考え方がが分かっている場合を前提としているのよ。でも、今回のウサギ小屋の監視システムの場合は『誰が犯人かわからない』訳でしょ? 誰か分からない人の認識器を作るのは、よく似ているように見えて、随分と違う話なのよ」

 そう言うと、ノドカは椅子に座ったまま、机の上で頬杖を付いた。否定的な見解を述べながらも、眼光は徐々に鋭くなってきている。きっと何かを考えている時の目だ。


「じゃあ、……難しいのかな? 監視システムみたいなので、ウサギ小屋に悪戯した犯人を見つけるっていうのは?」

 幹哉くんが、ちょっと残念そうに、ノドカに尋ねる。


 ノドカはその質問には答えず、ただ、椅子の上で卓上の液晶画面越しに入り口と黒板の方向、その中空に目を遣っていた。入り口や黒板を見ている訳ではない。その何れも見ていないのだ。

 ノドカの思考は記号とパターンの空間を曲芸的アクロバティックに飛行し、目の前の問題に解を出そうと、様々な知識や情報を繋ぎ合わせる。こういう時のノドカの思考は私には想像さえ出来ない。でも、こんな時の超然としたノドカ、凛としたノドカの事が私は大好きだ。誇るべき親友だ。


 やおら、ノドカは両手を机の上に突き、スッと姿勢良く立ち上がった。そして、ゆっくりと私と幹哉くんの顔を見ると、ニッコリと笑う。


「いいえ、出来るわ。部室活動記録装置ベース・アクティビティ・レコーダーとは仕組みは違うけど。不審者を発見して、サブローくんを守る。そんなシステムを作ることは出来るわ!」

 怜悧な瞳で私達の向こう側を見つめるノドカの横顔に、ブラインド越しの日差しが揺らめく。


 そして、サブローを守るための聖戦が始まった!

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