第八話 ウサギを守ってこそのIT部だからっ!

「私の幹哉くんを困らせるなんて、……許せない! その犯人、万死に値するわっ!」

 ノドカは両手をデスクに突くと、勢い良く立ち上がった。双眸が燃えている。


「……万死って。確かに、ウサギに勝手に餌やるのは悪いことだけど。もしかしたら、ウサギに何を食べさせたら駄目かを知らなかっただけかもしれないし……」

 私はなんとか、逆鱗に触れられて逆上するノドカに冷静になってもらおうと、怒れるお姫様に向けて両手を開いて「ドウドウ」と抑えにかかる。


「でも、悪いことは悪いことダヨ〜!」

 ノドカは何故か赤子のように可愛らしく両手を握って胸の前で上下に振った。

 うん、確かに、良くないことではある。私だって、幹哉くんの大切にしているウサギのサブローくんが誰かのせいで傷ついたり、病気になったりするのは嫌だ。そのせいで幹哉くんが傷つけられたりするのはもっと許せない。


「うん。でも、だから、犯人はちゃんと捕まえて『それはダメなことなんだよ』って教えてあげることが大切なんじゃないかな?」

 犯人を擁護する気は無いんだけれど、私だって、間違っちゃうことは一杯ある。


 高校一年生になって、中等部から高等部の新しい校舎に移って分からないことも沢山。知らない間にやっている失敗もあるだろう。ウサギ小屋のルールを分からないままに、餌を上げてしまっているのが新入生ならば、そっと「それはやっちゃ駄目なんだよ」教えてあげるのが一番だと思うのだ。多分、それが幹哉くんの希望。


 ノドカは人差し指を口元につけて少し思案すると、納得したように一つ頷いた。

「未央はやっぱり、優しいニャぁ〜。私なら犯人見つけて、スマートフォンのデータを初期化するくらいの罰を与えるみたいな発想しちゃうし、犯人のこれからのことなんて考えないわ〜」

 えっ? パッと思いつく罰がスマートフォンの初期化なの? ロンドン帰りのIT帰国子女の考えることは本当に良く分からない。


「でも、未央。これで、私達IT部の六月の活動目標は決まったねっ!」

 笑顔で敬礼をしてみせるノドカに、私は何の事か分からず「ん?」と首を傾げた。すると、寧ろ、私が首を傾げる理由が分からないと言わんばかりに、ノドカも「ン?」と首を傾げ返してきた。


 ――あれ? なんだか嫌な予感がするぞ。


 ノドカはすくりと立ち上がり、右拳を突き上げる。


「もちろん、その犯人を捕まえるのよ。私達IT部でねっ!」

「え〜!」

 私は思わず天井を仰いだ。


 途中から何となく予想していた展開だとはいえ、これからのノドカの暴走を想像すると頭が痛い。

 天井を見上げると、私達を常時モニタリングしている監視システム『監視社会ディストピア』の全天球カメラと目が合った。コンニチハ、人工知能。


 確かに、サブローくんを病気にした犯人は許し難いし、もちろん、幹哉くんのために何かしてあげたいと思う気持ちはある。ノドカのように恋に落ちたわフォーリンラブ宣言はしていなくても、私だって幹哉くんの役に立ちたいのだ。

 幼馴染だし、やっぱり、――好きだから。


 でもでもでも! ……でも、である。でも、私達はただの文化系クラブ、IT部なのだ。プログラミングを室内でカタカタやるだけの根暗なIT部なのだ!(言い過ぎ)


「でも、どうやって、IT部でウサギに悪戯をした犯人なんて見つけるの? 私達、IT部なんだよ? ただの、弱小文化系クラブなのよ?」


 私達はメンバーも少ないし、そんな学校の問題に首を突っ込んで解決することを期待されているような存在だとも思えない。ここは先生に言って――


「何を言っているの、未央? 古今東西、学園ミステリーを解き明かしたり、事件を解決する部活は、文化系って相場が決まっているのよ?」

 キラリと光る瞳でノドカが、私の思考を遮った。


「え? そうなの?」

「そうよ! 校内の謎解きが、『古典部』に出来て、『IT部』に出来ないはずないわっ!」

 両足を肩幅に開き、力強く演説する総統閣下の如くに、目の前で真行寺ノドカは握り拳を作り、力説した。

 脳内で、ゴゴゴゴゴゴゴッッ! と効果音が鳴る!


「『氷菓』?」

「『氷菓』ダヨ〜。原作・米澤穂信、アニメ制作・京都アニメーションだよ〜」

 何故かノドカはピースサインを決める。あ……、『古典部』の出典についてである。


「わ……分かったわ。文化系クラブが探偵の真似事しちゃ駄目って訳じゃないってことは分かった。でも、私達IT部って、プログラミングしたり、ゲームしたりするのが主な活動じゃない? そんな、ウサギ小屋の犯人を見つけるなんて、どうやってすればいいのかしら?」

 私は首を傾げる。


 こういう事件に関してIT部に何が出来るのか、今ひとつ分らなかった。ノドカには何か良いアイデアでもあるのだろうか?


 そんな私を「フッ……」と怜悧な瞳で一瞥してから、ノドカはクルリと私に背を向けた。そして、部室の奥の窓へと近づくと、下ろされたブラインドの隙間を一つ人差し指で広げ、外に目をやった。


 ――完全に、また、ノドカが何かのモードに入っている。


 何のキャラかは分からないが。


「ねぇ、未央。ITの技術開発って何のためにあると思う?」

 私に背を向けたまま、ノドカは静かに問う。


「え? ……ええっと、『世の中を便利にするため』かな?」

 Eメールに、SNS、スマートフォンにフォトレタッチソフト、みんな便利といえば便利だし、世の中の新聞や広告でも「もっと便利に、もっと便利に!」って騒いでいる。

 だから、ITの技術開発は『世の中を便利にするため』にあると言うのは、そんなに間違っていない答えなんじゃないかな? 多分。


「それも遠くはない答えだけれど、ちょっと違うわ……」

 上半身だけを私の方に向けてノドカは私の答えを否定した。


「――じゃあ? ……何?」 


「『問題解決』よ」

 ノドカは自信たっぷりに断言する。


「――問題解決?」

「そう。多くのITの技術開発は、問題を解決するためになされるの。便利になるのは結果論の一つ。目の前に問題を認識した時に、技術開発という物語はその産声を上げるのよッ!」


 そして、ノドカは颯爽と壁際へと歩み寄り、黒板のトレイから白いチョークをつまみ上げると、リズム良く文字を書き連ねた。


 ――Necessity is the mother of invention.


Necessityネセシティ isイズ the motherマザー ofオブ inventionインベンション――『必要は発明の母』。日本語じゃそう言うらしいわね」


 必要に迫られると、人間はあれこれと工夫をするから発明が生まれる。だから、必要であることは発明にとって母親のような存在だという意味だったと思う。


「大切なのは、あらゆる技術開発は『問題解決』にこそ本質があるってこと。つまり、身近な所に何か問題が発生したら、それをIT技術で解決出来ないかって考えるの。そして、その問題を、自分たちの作った技術で解決出来たら最高サイコーじゃない?」

 そう言って、ノドカはニカッと白い歯を見せた。


「えっと、つまり、IT部の活動目的は『問題解決』にこそあるってこと?」

 私が呟くと「大正解。流石、私の大親友!」と、ノドカはパチパチと手を叩いた。


「じゃあ、今回のサブローくんの問題も?」

 私の問いかけに、ノドカはコクリと首を縦に振る。


「IT部の力で、問題解決しちゃうのよっ!」

 コクリと頷くと、ノドカは握った拳を高々と突き上げた。


「ウサギを守ってこそのIT部だからっ!」

 真行寺ノドカの双眸は燃えていた。


 ――キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン


 朝のホームルーム開始の五分後を告げる予鈴が鳴った。


「じゃあ、続きは、放課後の部活でっ!」

了解ラジャー!」

 そう言って、私達はそれぞれの教室へと向かった。


 なんだか、ウサギとIT部という取り合わせはとても変な感じがしたけれど、幹哉くんの大切なサブローを、ノドカと私で守るのだ。

 それは、二人の好きな幹哉くんを、二人で力を合わせて助けるっていうこと。何だかとても素敵なことのように思えた。


 廊下に差し込む初夏の日差しが、私の心を高鳴らせた。


 

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