第六話 田中さんを把握しましたっ!

 拗ねたような顔でノドカは私を上目遣いに見る。


「わかったよー、種明かしするよ〜」

「よろしい」


 ノドカの話は以下のようなものだった。


 IT部の顧問である里中先生が部室にやってきた時に、教職員の一覧表が見たいとノドカがお願いしたのだという。

 何も知らない顧問の里中先生はノドカのワークステーションから、『学内教職員ネットワーク』にログインして、教職員の一覧表ページを閲覧した。

 ちなみに『学内教職員ネットワーク』というのは、職員さんや、先生が使っている、学内ネットワークにあるデータベースのことなの。教職員だけが入ることが出来る。


 ブラウザでのホームページを閲覧する時にはデータがダウンロードしてきて、表示されることになるが、その情報は、当然、ローカル側、自分のパソコンの側に残すことが出来るのだ。ノドカはそのデータを回収したわけだ。


 ちなみに、里中先生は、IT部の顧問で二十代後半のまだ若い男性数学教師である。里中先生はIT部の顧問であるが、別に元々、情報技術に詳しいわけでもない。ちょっと、アニメオタクの気があるのだが「アニメに詳しいオタク男性は、ITにも詳しいのだろう」というシニア教員達の勝手な偏見でIT部の顧問を押し付けられていた。

 特に、里中先生は『魔法少女プリティ☆プリラ』が好きだという。

……ホント、どうでもいい情報だけど。


「他にもいくらか見てみたい情報があったから、里中先生に見せて貰ったんだけどね〜」

 ノドカはケロリとしていう。

 それにしても、生徒のパソコンで、そんな機密性のあるネットワークにアクセスしちゃうなんて、里中先生にも相当の問題がありそうだ。頭が痛い。


 ――あ。


「だったら、先生がログインした時のアカウント情報とか、パスワード情報もブラウザに残ってたりはしないの……?」

「いいところに気づいたね、……未央」

「……それじゃ」

 私が恐る恐る聞くと、ノドカは、コクリと頷いた。


「アカウント情報も、パスワード情報も残っていたわ……。でも、流石にそれを使ってしまうと、完全にアウトだと思ったから、そっと蓋しておいたけどね」


 ヤバイ……。里中先生、聖メティス学園のセキュリティホールだわ……。


「でも、里中先生の問題だけじゃなくて、この『学内教職員ネットワーク』自体、システム的にもセキュリティが色々甘いのよね〜。私が持ってない、幹哉くんの成績情報とか個人情報だって入ってるのにさっ。里中ちゃん経由で教頭先生はじめ先生方にも問題点と改善要求まとめて何度か意見書的なもの出してるんだけど、音沙汰ナシなんだよね〜」

「……そうなの? でも、だからって非合法な事はやっちゃ駄目だよ」

 私がそう釘を刺すと、ノドカは頷いてから唇を突き出した。


「分かってるよ〜。相手の同意を得ない不正アクセスとか、ハッキングとかの類は、私の主義にも反するしね〜。でも、セキュリティの脆弱性も指摘したいし〜。幹哉くんのことももっと知りたいし〜。 あ〜あ、どうしたら『学内教職員ネットワーク』のアクセス権限を合法的に貰えるのかなぁ〜?」


 ――いや、『学内教職員ネットワーク』のアクセス権限を生徒が持つとか、おかしいから!


 そう心の中でツッコミながらも、私は話題を戻した。

 

「とはいえ、いくらローカルに残った情報だからって、本来権限が無い情報を持ち続けるのって、かなりアウトなんじゃないの?」

「そうぉ? 教職員名簿くらい良くない? 昔だったらプリントで配布してたような情報だよ〜?」

 私の指摘に、ノドカは両手を握り、頬につけて可愛らしく首を傾げた。

 ウェーブのかかった栗毛の髪が左右で揺れる。ここで「急に、ブリッ子しても、遅いのよっ! 似合わないっ!」などと突っ込むのが、自然な流れだろうけど、残念なことに、ロンドン帰りのこの天才美少女には、そのポーズすら似合ってしまうのだ。

 う〜ん、可愛い。

 ひとしきりそのポーズで上目遣いに天井を見上げたあとに、ノドカは両手を広げてマウスとキーボードに手を戻した。


「まぁ、それはそれとして、この教職員名簿を見てよ、未央」

 ノドカは勝手にモードを切り替えて、マウスのホイールを回す。ブラウザのウィンドウをスクロールさせて、目当ての教職員情報に辿り着いた。


「ほら、……ここ」

 そういって、ノドカが指差すところには、中年男性の写真が掲載されていた。

 名前は――


田中たなか育郎いくろう、四十八歳。この学校の用務員さんよ」

 ノドカが一覧表に掲載された名前を読み上げる。

 これで、動画に映っていた侵入者の身元は完全に明らかになったのだ。


「へー、知らなかったぁ」

「まぁ、入学式の担当教員の紹介なんかでも、用務員さんまでは紹介されて無かったからね〜」


 たしかに、入学式の教員紹介は校長先生とか副校長先生、教務担当、学生担当、進路指導担当の先生といった役職者と、各クラスの担任の先生の紹介に限られており、全教職員の紹介までは無かった。


「じゃあ、さっき、動画に映っていたのは、この用務員の田中さんってことなのね」

「間違いないわ……」

 そういって、ノドカは親指の爪を噛んだ。


「でも、どうして夜に、田中さんが、IT部の部室に入ってきてるのかしら」

「多分、夜の見回りね」

「見回り?」

「そう。多分、戸締まりとか不審者が居ないかのセキュリティの確認と、あとは、電気の付けっ放しが無いかの確認。……で、一応、過去ログを見てみたんだけど」


 そういって、ノドカはファイル名に時刻が記録されたスクリーンキャプチャ画像を順に開いていった。異なる日付の画像ファイルには全て用務員の田中さんが映っていた。


「田中さんは、ほぼ、毎日、夜の九時ごろに、この部屋にしているわ」

「……えっと、……巡回ね?」

 という不穏な言葉を、私はやんわりと修正する。


「ええ、まぁ、そうね。田中さんは、万能鍵マスターキーを持っているからね。だから、彼のIT部室への侵入を阻止するのは極めて困難ね」

「……え? 阻止って?」

「え? だって、この部室は私達三人の聖域でしょ? 私としては何人なんぴとたりともこの聖域に侵入することを許したくはないわ!」

 何を言っているの? と言わんばかりの表情。


 ――え? ん? 気持ち分からなくは無いけど、ここ、普通に学校から使わせてもらっている部室だよね? あれ?


 そこまで言って、ノドカは一つ溜息をついた。


「とは言っても、この侵入を止める手立ては、今のところ私も持ち合わせていないわ。今回の監視システムの導入によって、このような毎夜の侵入を知ることが出来たということだけでも、まず第一歩の成果としましょう」


 そういって、ノドカは肩をすぼめ、大人びた笑顔を作った。

 全然、言ってることの本質は、大人じゃないんだけどね。

 自分の部屋にお母さんに入ってきて欲しくないと言っている、子供と何ら変わりないのだ。


 それでもとりあえず、自らの成果を誇るノドカに、私は「ノドカ、すご〜い」と、白目でパチパチと拍手を送ったのだった。ノドカは「てへっ」と舌をだして、右手で頭をさすって見せた。


「でも、ノドカ? やっぱり、さっき見せてくれた教職員名簿とかね。そういう本来持ってたらおかしい情報って、見つかったら不味いんじゃない? そういうデータとか、ノドカのワークステーションに置いていたら、見つかった時にノドカが大変じゃないの?」


 私は心配になり、ノドカに尋ねた。それに対して、ノドカは「あ、そのこと?」と、ケロッとした顔だ。


「データの保管場所のこと? それなら、大丈夫よ。さっきの教職員名簿の情報は私のワークステーションには入ってないの。さっき、ブラウザ越しに見せてたでしょ? あのデータは全部サーバ側に保存してあるのよ」


 ノドカのワークステーションには証拠は残っていないということか。それならば、まだマシかもしれないと私は少しホッとして、溜息をついた。


「あ……そう。それなら良いけど。じゃあ、そのデータが保管されているサーバはどこにあるの?」


 私がそう尋ねると、ノドカは右手をゆっくりと持ち上げて、人差し指で、部屋の中央にある机の下を指差した。そこには、黒いデスクトップパソコンの本体があった。

 そう、使が……!


「未央のパソコンに、WEBサーバ立てて、教職員データとかいろいろ入れておいたから〜。また、よかったら見てみてっ!」


 ノドカは、右目を閉じてウインクすると、天使のような笑顔で微笑んだ。

 どうやら、私は幹哉くんを守るためのセキュリティの防壁になるどころか、証拠の上では、学校のサイバーセキュリティを侵害する共犯者へと引きずり下ろされてしまったらしい。


 ――マジかぁぁーーーーーーっ!


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