第二話 最先端技術ストーカーな女子高生の誕生なのだっ!

 ノドカの後ろに回り込んで、液晶ディスプレイを覗き込むと、画面には、幹哉くんの姿が映っていた。


「ノドカ? ……何? これ?」

「ん? これ? この部屋ダヨ〜!」

「う……うん。なんで、この部屋の動画がこんな感じでパソコンにあるわけ? いつ撮ったの?」


 ノドカが振り向いて私の方を見る。「なんで、そんなこと聞くの?」とも言いたげな表情だ。


「ん? ずっと撮ってるよ~?」

「え? 『ずっと』って?」

「ずっとダヨ〜」

 そういって、ノドカは天井を指差した。ノドカの指先を追うと、天井にはあまり見覚えのない、黒い機械が取り付けられている。


 ――あれはなんだっ!?


「全天球の監視カメラつけたんだよー」

「え? 監視カメラ?」

「うん」


 監視カメラというには見慣れた台座のような部分がない。ドームが逆さになったような形の物体が天上に備え付けられており、半球面のガラスが表面を覆っていた。


「なんで……監視カメラ?」

「ん〜、なんとなく? あ、あと、ちょっと幹哉くんの行動データを分析したくてね〜」

「……分析って?」


 それは監視ではなくて、むしろただの盗撮じゃない?

 っていうか、それ私も撮られてるじゃんっ!


「え? だって、好きになった人のことはもっと知りたいじゃない? 知らないと、どうやってアプローチしたらいいかも判らないし」

 ノドカは私の目を見て力説する。


 う〜ん、普通に、帰り道一緒に下校したりとか、デートに誘ったりとか、好きだと告白したりとか、そういうので良いんじゃないかな?

 あ、幹哉くんに告白とかは出来たら止めて欲しいし、映画デートもちょっと妬けるのだけれど。


「私ね! これは大切な恋だから、大事にしたいのっ!」

「う、うん」

 ノドカの真剣な表情に少し気圧される。


「未央もわかってくれるよね?」

「え……ええ」

 私も幹哉くんの事好きだからわかる、なんてことは言えないけれど。

 でも、わかるような、……でも、ちょっと、違うような?


「大切な恋だから、失敗は許されないのっ!」

「そんな……、恋だから、失敗とか、成功とか……」

「ううん。未央。初めから、そんな不確実性の前にひざまずいてちゃダメよ。対象を確実に射止めたいときには、まずは、明確に対象システムの振る舞いをモデル化すべき――そうっ、モデル化すべきなのよっ!」

 

 右手をぐっと握りしめる美少女。

 大事なことなので二回言った、っぽい。


「十分な観測データを得ましょう。そして、対象システムの振る舞いをモデル化するのよっ! そのモデルを用いた予測に基づいて、彼に対する最適なアプローチを見出すのよっ!」

 目を輝かしてノドカは「どうっ?」と尋ねてくる。それは科学者らしい、自信に満ちたドヤ顔だった。

 私としては最早、「わぁ~、すご〜い」と白目で手をパチパチ叩くしかない。

 こちとら、一般の清純派女子高生だ。正直、今、ノドカが何を言ってるのか、さっぱりわからない。

 しかし、一般人代表として、いや、一般人だからこそ申し述べないといけないことはあるように思う。


「うーん、でも、ノドカ……、なんか、そういうのって?」

 ていうか、それ、マジでストーカーだからね!

 やっぱり、親友の私が注意しとかないといけないだろう。

 すると、ノドカは私のほうをマジマジと見てこう言った。


「何を言っているの、未央? このオープンデータ、情報化、人工知能の時代は、全ての意思決定ががデータに基いて行われるべきなのよ? 恋愛だって一緒よ。彼に対する適切なアプローチを決定するには、その前に彼のデータにアクセスするしか無いじゃない?」

 さも、それが当たり前であるかと言わんばかりに。


「……そ、それは、そういう時代なのかもしれないけど」

「未央はじゃあ、初めて、自分でフレンチのお料理を作る時に、何も分からないまま作る? ううん、違う、インターネットで検索して情報を得るでしょ? 初めての場所に行く時に、何も分からないまま家を出る? ううん、違う、インターネットで検索して情報を得るでしょ?」

 何かのスイッチが入ってしまったノドカは、疑問文を反語の用法で繰り出して、畳み掛けてくる。いや、あの、えっと。


「それと、同じよ。彼にアプローチするのだって、きちんとしたデータに基づいて行われるべきなの」

「う……うん……」

 同意するわけではなくて、勢いに流されて、私は相槌を打つ。

 ノドカは視界の端で、私の頷きを捉えると、その反応が当たり前であるかのように「そうね」と頷き返し、続けた。


「ところがね、未央。こう考えた時に、一つの問題が生じるの。……私は幹哉くんのデータにアクセスする必要があるわ。それなのに、料理のレシピや、日本地図と違って、!」

 

 ノドカは、信じられない、と言わんばかりに両手を広げて見せる。そんなノドカを見て、私は「う……うん」と頷くが、彼女の驚きにはまったく共感できていない。

 残念ながら。


 だって、当たり前のことじゃん?

 そんな個人の情報がインターネット上に整理されてたらヤバイじゃん?

 完全に監視社会ディストピアじゃん!?


 そんな私の心の中を知ってか、知らずか(多分、全然知らない)、ノドカは右拳を握りしめ、自らの演説をクライマックスへと導いていった。


「私の敬愛するネットの巨人は自らの使命を『世界中の情報を整理し、世界中の何処からでも人々がアクセスできて使えるようにすること』だって言っていたわ。そのために、彼らはあらゆる技術を研究し開発しているのっ!」


 ノドカは、一度、神妙な面持ちで、目を伏せ、そして目を見開いた。


「私は自らの使命をこう定義したわ!『木之瀬きのせ幹哉みきやくんの情報を整理し、世界中の何処からでも真行寺ノドカわたしがアクセスできて使えるようにすること 』よ。そして、そのために、あらゆる技術を研究し開発するのっ!」


 ノドカは右手拳を強く握りしめて、高らかに宣言した。


 ――それっ、ただのストーカーだからっ!


 さっき、私は、『しばらくは、少なくとも、きっと、安全だ』と言った。

 しかし、その言葉を、違う意味で、撤回しないといけないようだ。


 真行寺ノドカは極めて「危険」である。


 恋愛どうこうで危険というよりかは、もはや、ストーカーとしての純粋無垢なモチベーションが危険だ。その技術力が危険だ。

 ノドカから幹哉くんに伸びる魔の手が、恋愛の域を超えているのは明らかだった。

 この天才女子高生(親友)はその才能を、私の可愛い美男子(幼馴染)のストーキングに投入しようとしているのだ。


 最先端技術ストーカーな女子高生の誕生である!


 現在のところ、この爆誕を知っているのは私しか居ない。そして、人間関係やIT部の存続を鑑みれば、それを私が外部に知らせるわけにもいかない。


 私は、心に誓う。


 ――現状においては、このややこしい三角関係をどうするかとか、そういうことはとりあえず二の次だ。ノドカのストーカーとしての暴走を食い止めて、幹哉くんの、そして、IT部のセキュリティを確保するのが優先だ!


 まずは、幹哉くんを守らなければならない。


 ノドカが駆使してくるであろうサイバーな攻撃から彼を守らねばならない。ノドカは単純なビデオ撮影だけでなく、あらゆる手段で、彼の情報を取得しに行くだろう。ノドカの手綱を引いて、そのサイバーな攻撃を止められるのは、きっと自分しかいないだろう! 方法はまだ分からないけれど。


 ――幹哉くんとIT部を守るサイバーセキュリティは、私にかかってるんだッ!


 初夏の部室で、私はサイバーセキュリティの言葉の意味もよく分からないままに、自分自身の変な使命感に火をつけてしまった。


 そして、聖メティス学園を舞台にした幹哉くん防衛戦の火蓋が切って落とされたのだ!


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