第二一話 青年実業家とカフェでお茶ですっ!

 商工会議所ビルの一階のカフェで、私は貰った名刺を眺めていた。ネクストジェネシス株式会社、代表取締役社長CEO、錦織にしきおり龍之介りゅうのすけ


「すみませんね、錦織さん。御馳走になってしまって〜」

 そう言って、里中先生は、アイスコーヒーを右手に、左手でスイートポテトを頬張った。私はアイスティーラテ。全て錦織さんに支払ってもらった。

 錦織さんが太っ腹なのは良いのだが、年下の男性に奢って貰って能天気に笑っている顧問の姿はちょっと微妙ではある。


「いえいえ。こうやって母校の先生と後輩に折角足を運んで頂いたんですから、飲み物とお菓子くらい、支払わせていただくのが筋というものですよ。佳子理事長からも連絡いただいておりましたし」

 錦織さんは、そう言ってフレームの細い眼鏡の奥の目を楽しそうに細めた。


「錦織さんは将来有望株なんだぞ〜。これからドンドン有名になっていくかもしれない人だ。同じ情報分野だし、IT部長のお前も、これからお世話になるかもな」

「やめてくださいよ〜。里中先生。僕なんてまだまだヒヨッ子なんですから」

 持ち上げる里中先生に、そう言って、錦織さんは恥ずかしそうに両手を振った。


 錦織さんは、聖メティス学園高等学校卒業後、大学在籍中に今のネクストジェネシス株式会社を創業した。いわゆる学生ベンチャー。今は大学を卒業して経営に専念しているという。


「西野未央ちゃんだよね? 高校生なのに、こういう会に出席するなんて、勉強熱心だね。里中先生も、こんな可愛らしくて聡明そうな一年生がIT部の部長さんなら、鼻が高いですね」

 錦織さんはひとしきり褒めてから、里中先生に水を向けた。

 里中先生は「いや〜、それほどでも。まぁ、西野はイイやつですよ〜」と相好を崩している。まったく調子がいいんだから。


 ――あれ、でも、ちょっと待てよ?


「あれ? 私、自己紹介しましたっけ?」

 思い出しながらでも名前を当てられた。また自己紹介していないのに。

 私、一方的に名前と顔を知られている? 私がそう聞くと、錦織さんは、里中先生はお互いの顔を見合わせた後に、手を打った。


「あぁ、そうか。そうだよね。よく考えたら。の事は僕が一方的に知っているだけだったね」

「そういえば、そうだな」

 錦織さんと里中先生は、共に頷く。


 ――ん? 里中先生も一枚噛んでるってこと? 


 あと、いきなりっていういう名前呼びも距離感が近すぎるようで気になる。それは一方的に知られている事とはまた違う話なのだろうけど。


 「ちょっとまってね」と言うと、錦織さんは、隣の椅子に置いた鞄の中を探り、薄い冊子を一部、机の上に取り出した。その表紙にはウェーブの掛かった栗毛の髪の美少女が聖メティス学園の制服を着て写っていた。ノドカだ。そして、その右側には私――西野未央の姿があった。それは、先日完成したばかりの、聖メティス学生高等学校の学校紹介冊子だった。


「これ、配布前の学校紹介冊子じゃないですか? どうして錦織さんが持ってるんですか?」

 私は机の上のパンフレットから目を上げて錦織さんの顔をまじまじと見る。


「そのパンフレットはな、錦織さんのところの会社でデザインと制作をやって貰ったんだ」

「そうなんですか? 錦織さんの会社って、こういうパンフレットのデザインもされているんですか?」

 私の素朴な質問に錦織さんは一つ頷いた。


「そう言うのはDTP、Desktop publishingデスクトップパブリッシングって言ってね。そういうデザインや制作もネクストジェネシスの事業の一つなんだよ」


 ネクストジェネシス株式会社のビジネスの一つにWEBサイトの受託開発があって、それと関連してパンフレットなどのデザインや制作も請け負うのだという。


「お客さんにホームページを作って欲しいって言われるでしょ? 例えば新しい喫茶店のホームページを作ることとか考えてみて。その時に、ホームページのデザイン考えるじゃない? そうすると『じゃあ、同じようなデザインでパンフレットを作ろうか? ビラを作ろうか?』ってなるわけ。それなら、ウチで、パンフレットやビラ、冊子の制作まで出来るようになったほうが、何かと便利でしょう?」

 

 錦織さんの説明に、私は「なるほど」と手を打つ。


「でも、は、やっぱり、思っていたとおり、聡明で可愛いらしい女の子なんだね」

 突然の歯の浮いたような台詞。

 ちょっと幹哉くんに似た雰囲気で言われた言葉が、私の胸をドキドキさせた。


「え、……あ、ありがとうございます。でも、私の親友の真行寺ノドカって子の方が……ずっと可愛くて、私なんてあの子に比べたら全然なんですっ! あ、えっと、ノドカっていうのは表紙の手前の子なんですけど」

 パンフレットの上のノドカの写真を指差して、錦織さんの顔を覗き込む。すると、何故か一瞬、錦織さんが物凄く嫌そうに眉を顰めた。


 ――ん? 私、何か変なこと言ったかな?


「……あの、……錦織さん?」

 少し間を置いて、錦織さんは、ハッとしたように目を上げると、再び笑顔に戻り、取り繕うように続ける。


「あ〜、この手前の子ね。……うん、まぁ、この子も可愛いし、他の男にとっては美人に見えるんだろうけど、僕は未央ちゃんの方がずっと可愛いと思うなぁ。本当に」

「あ……、ありがとうございます」

 錦織さんは、私の目をジッと見つめてそう言った。


 お世辞だと分かっていても少しドキドキする。ノドカと比べて、こうもハッキリと、って言って貰えたことなんて、多分初めてだ。

 言ってもらえても「未央ちゃんかわいいよ」が精一杯だったと思う。

 私はちょっと頬が熱くなるのを感じて、目を伏せた。


 ――なんだろう。錦織さん、物凄くストレートだけど、私、口説かれているんだろうか? う〜ん、十歳くらい年上だし、経験豊富そうだし、社交辞令みたいなもんだよね? 


 私が、大人の世界の講習会なんかに、急に出てきたものだから、大人の会話に付いていけていないだけなのだ。きっとそう。


「錦織さん〜、ウチの生徒を口説かないでやってくださいよ〜。西野も困ってるじゃないですか〜」

「あ……、そんなつもりは無かったんですが。すみません、里中先生。……ゴメンね未央ちゃん、驚かせちゃった?」

 錦織さんが私の顔を覗き込んだので、私は「全然大丈夫です」と目を閉じながら両手を胸の前で小さく振った。


 ――やばいっ! 私には幹哉くんというものがありながら、他の男の人に赤面してちゃ駄目だ〜っ!


 私が俯いてアイスティーラテのグラスを両手で挟んで引き寄せて、ストローで吸いこんだ。手のひらがグラスの纏った水滴で濡れる。


 それから後は、里中先生と錦織さんの二人で、仕事の話や、聖メティス学園の最近の話題など、大人の話を始めた。里中先生も笑顔だし、錦織さんも楽しそうに話している。比較的、年の近い男性同士、話も合うのだろう。


 顔を上げて、錦織さんの顔を眺める。やっぱり、なんとなく、どこか幹哉くんに似ている。どこが似ているのかって言われたら良くわからないんだけど。幹哉くんは大人になったらこんな風になるんだろうか? 幹哉くんは、どこまで行っても優しいし、少し受け身だ。それに比べると、錦織さんには何だかうっすらと攻撃的な積極性のようなものが透けて見えた。

 それが大人の強さのあらわれなのか、危険さなのか、私には分らなかったけれど。

 IT技術も詳しくて、美男子イケメンで青年実業家。凄いなぁ、と思う。

 

「あ〜、そう言えば、私のオフィスなんですけどね。結構、ここから近いんですよ。その道を出て、真っすぐ行ってですね……」

「ほぅほぅ〜」

「――あ、よかったら未央ちゃんもまた、遊びに来てくれたらいいからね」

 気さくに声を掛けてくれる錦織さんにアイスティーラテを飲みながら小さく頷く。錦織さんはガラス張りの壁の外を指差しながら、里中先生にオフィスへのアクセスの概略を説明し、里中先生は頷きながら聞いている。


 私は目の前で話に興じる二人を眺めながら、大通りに面したガラスの壁の向こう側をぼうっと眺めた。大通りは片側二車線のこの街の中でも栄えた通りで、両側には色々な店やオフィスが建ち並んでいた。そして、車道を挟んだ向こう側の歩道に見知った姿が見えた。


 ――幹哉くん!?


 思わず立ち上がりそうになった。間違いない、幹哉くんだ。見たことのある空色の半袖ポロシャツと灰色のパンツを履いて歩いている。

 偶然なのだとは思うけど、「先約がある」と言っていた幹哉くんの用事はこの辺りだったんだ。そう納得しかけた私だったけど、そのまま彼を眺めていて目に入ってきたもう一つの姿に、心臓は鷲掴みにされた。鼓動が早くなる。


 ――ノドカ……!?


 幹哉くんのすぐ後方を、小走りで可愛らしく追いかける少女の姿があった。白いワンピースに、真夏の日射しを避けるような帽子。肩からは黒いポシェットを斜めがけしている。


 ――なんで、二人でいるの? 幹哉くんの用事って?


「ちょっと、ごめんなさいっ!」


 私は急いで立ち上がる。二人は「どうしたのか?」と見上げてきたが、特に何も聞かれることはなかった。私はカフェの外、そしてガラスの自動扉の前で足踏みをしてから、ビルの外、真夏の日射しの下へと飛び出した。二人の姿は信号の向こう側、もうかなり先だ。幹哉くんは右に折れ少し先に見えるお店に入っていった。


 あれは、ケーキ屋さんだ。タルトで有名で、最近、高校の女の子達の間でも噂のケーキ屋さんだ。私も一回、食べてみたいなって思っていたんだ。できたら、幹哉くんとだよ。少し遅れて、ノドカもお店の中に入って行った。


 ――どうしよう……?


 「どうしよう」って何だろう? でも、なんで、幹哉くんとノドカ二人で居るんだろう? しかも、あのケーキ屋さんに、二人で入っていくなんて……。それって、やっぱり、……やっぱり、そういうことなのかな? 「デート」の三文字が微かに頭に浮かぶ。


 ――あれ? どうしよう? こういう時どうすればいいんだっけ?


 商工会議所のビルの前で、私は、進むも出来ず、退くも出来ずに、横断歩道の向こう側、ケーキ屋さんのファサードを眺めて、立ち尽くした。


 何分過ぎただろうか。五分? 多分、そのくらいだ。


 ケーキ屋さんのドアが開いて、今度は白いワンピースの少女と栗毛の男子高校生は並んで出てきた。入っていった時と違ってノドカはもう帽子を外している。ノドカが幹哉くんの方向いて見上げながら何かを言うと、幹哉くんは笑って応じていた。


 幹哉くんの右手には買ったばかりのケーキの箱がぶら下がっていた。これから二人で食べるのだろうか。私は無機質な商業ビルのガラスの前で、細道を曲がり、見えなくなっていく二人の背中を眺めていた。


「どうした? 電話か? 大丈夫か?」

 テーブルに戻ると里中先生がまだ立っている私を見上げて尋ねる。本当のことを言うべきか言わざるべきか少し迷ったけれど、正直に言うことにした。


「ノドカと幹哉くん……あっ、真行寺さん木之瀬くんが二人で歩いていたので……」

「お、本当か〜。そりゃ、偶然だなぁ〜。何だろう? デートかなぁ? イヤ〜、青春ダネェ〜」

 私も今の発言ばかりは、流石に里中先生のデリカシーの無さを呪う。私の気持ちも知らないで。


 ――でも、やっぱりそうだよね?


 こんな日の休日に、二人で街中を歩いていて、ケーキ屋さんに入って行って、仲良さそうに出てきて。それ以外考えられないんじゃないかな。


 でも、今日の講習会ってIT部の活動だよね? そもそも、ノドカがやったことの団体責任で、私、休日にこんなところに来てるんだよね? それに来れない理由が二人でデートだって言うんだったら、それって酷くない?


 あ、駄目だ。涙が出てきそうだ。とりあえず考えるのを止めよう。うん、止めよう。きっと、何かの誤解があるんだ。また、本人達から直接聞けばいいんだ。


 私は目を一度閉じて、涙を止めて、頭を切り替えて、顔を上げた。いつも通りの笑顔でお化粧して。


「そうですね〜! デートですかね〜。部長の私に黙って、二人共やりますね〜!」

 私がそう受け流すと、里中先生は「そうだな〜」と軽く流してた。

 その上で、「それよりもさっ!」と、机の上に置かれた黒光りするUSBディスク持ち上げてみせた。


「ジャジャーン! これ、お願いしていた『魔法少女プリティ✩プリラ』の同人ゲームのデータ! 錦織さんが入手してくれたんだ! イヤー、伝説のゲームなんだけどさ。ネット販売もしてなくて往生してたんだよォォ〜」

 里中先生は「ありがとうございますっ! また、職場のPCででも拝見します! 今、家にPC無いんでっ!」と机に両手を突いて錦織さんに頭を下げた。

 錦織さんも「いえいえ、商売の関係でちょうど繋がりがあっただけですか気にしないで下さい」とちょっと引き気味に両手を振っていた。


 ――嗚呼、……心底どうでもいい。でも、職場のPCは、不味いんじゃないの? 先生?


 幹哉くんは、ノドカのことが気になり始めてるんだろうか?

 一週間前も、ノドカに彼女がいるか気にしていたし。ノドカは変人だけど、可愛いしな。それを言ったら、幹哉くん天然っぷりも相当のものがあるよね。

 ……もしかしたら、二人はお似合いのカップルなのかも。

 私は……、私は、じゃあ、どうしようかな。どうすればいいのかな?


「未央ちゃん」

「ハッ……ハイッ!」

 私は錦織さんの声で、我に返った。

 そんな私に錦織さんはニコッと笑ってスマートフォンを持ち上げる。


「また、IT部の活動とかでさ、先輩として相談に乗れることもあるかもしれないからLINE交換しない? あ、興味あったら今日の資料なんかもPDFで送ってあげるし」

 そう言う錦織さんの笑顔は、ノドカと歩いていった幹哉くんの笑顔を思い起こさせた。


「あ、ハイッ。もちろん喜んで!」

 私は左手の人差し指の背で左目の端をサッと擦ると鞄からスマートフォンを取り出して、LINEのアプリを起動した。

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