第一七話 理事長に呼び出されちゃいましたっ!

 グレーのフォーマルジャケットを身に纏い、その全身から独特の気品を漂わせた中年の女性が、大きな書斎机の向こう側で手を組んで椅子の上から私達を見つめている。私はその前で、ぴんっと背筋を伸ばして立っていた。


「あなた達は、何故、この場所に呼び出されたのか、……理由は分かっているわね?」


 理事長室の中央には応接机とソファが置かれ、壁沿いには調度類と、上品な欧風の書棚が並んでいる。書棚の中には高校の各クラブ活動の過去の受賞歴を表す優勝楯やトロフィーが所狭しと並べられており、逆の壁面には、文部科学大臣の署名が入った表彰状や、大きな風景画が飾られている。


 ――どうしてこうなった!?


 目の前に居るのは聖メティス学園理事長。理事長という言葉からお婆さんの姿を勝手に想像していたが、その姿は想像よりも随分と若く見えた。四十代だろうか。出来れば、もっと、褒めてもらえるようなシチュエーションで、この部屋には来たかった。マジで。


 私はギュッと目を閉じて、今日のこれまでの経緯を頭に描く。

 『メティス学園の黒い金曜日ブラックフライデー』の一部始終を――。


 一時間目のチャイムを引き金にして、情報教室の全てのパソコンでプログラムが作動を始め、『学内教職員ネットワーク』への攻撃は開始された。

 一時間目から二時間目、三時間目に掛けて徐々に、その強度を強めていったノドカお手製のDoS攻撃は『学内教職員ネットワーク』にダメージを与えていく。

 ノドカのワークステーションの奴隷と化した百台の奴隷たちは『問い合わせ』を『学内教職員ネットワーク』に打込み始めた。そして、その勢いは三時間目に向けてどんどん加速していったのだ。


 私は『学内教職員ネットワーク』への攻撃が学校全体に及ぼす影響を過小評価していた。いや、全く分かっていなかったのだ。

 影響は小さなものから、大きなものまで様々あった。

 身近なところでは私達一年生の『情報』の授業。今日の情報の授業は各教室で各生徒のグループが自分たちで作成したスライドを使ってプレゼンテーションをするという発表授業だった。生徒たちが事前提出したファイルが開けなくなったのだ。

 一時間目の授業では、「どうも、読み込みに時間がかかるなぁ」という程度で大きな問題は生じなかったのだが、二時間目では、顕著に読み込みが遅くなり、予定通りのスケジュールで発表を進める事ができず、授業時間内では予定の半分の生徒しか発表することが出来なかった。そして、三時間目に至っては、ファイルへのアクセスさえできなくなった。

 提出済みの生徒たちのファイルは、『学内教職員ネットワーク』に保存されていたのだ。

 四時間目に入る頃には、情報の先生も流石に切り替えて、元のファイルをUSBディスクに入れ直して、生徒に発表してもらうという方式切り替えることで授業は実施することができた。


 情報の授業だけではなくて、様々な授業や業務に影響が出た。


 ある数学の授業では小テストのデータをサーバから取得することが出来ず、小テストは来週に延期になった。

 あるクラスの担任の先生は、不登校の生徒の家に電話連絡をしようと思ったら、学内教職員ネットワークで生徒の自宅の電話番号を調べられず、電話連絡を先延ばしにすることにした。

 ある事務職員さんは、納品された文具類の経費執行の帳簿入力をするために学内教職員ネットワークにアクセスしたら繋がらなかったので、とりあえず、ポストイットにメモを残しネットワークが復旧次第やることにした。


 トラブルが発生しても、続けて授業が入っている先生がほとんどだったために、昼休みにでも入らない限りは、原因究明やまとまった対応は出来ない。結局、『学内教職員ネットワーク』に接続できなくなった問題は昼休みまで放置されることになったという。


 多分、私は、原因を知っていた数少ない人間の一人だったのだと思うのだけれど、よもや、そんな広範囲に影響が出ているとは思ってもいなかった。私のクラスの授業には何の影響も無かったから。

 そもそも、学内教職員ネットワークは、「職員室で使われるデータベース」くらいの認識で、授業に影響が出たりするなんて、私は考えてもいなかったのだ。


 三時間目が情報の授業だった隣のクラスはその大半が自習に変わってしまった。休み時間に少しだけ噂話が漏れ聞こえてきて、

 ――もしかしたら、ちょっと困ったことが起き始めているのかも

 なんて少しは、心配になったのだけれど、五分間休憩の時間だけではノドカのクラスに行って相談することも、自力で現状を確認することも出来なかった。

 結局、不安の種を心に抱えながらも、昼休みを待ったのだ。


 昼休みが始まるとともに校内放送が鳴り「臨時職員会議をするので教職員は職員室に集まるように」とアナウンスが流れた。ここに至って、私も、事の重大さに気付き始めたのだ。


 結局、『学内教職員ネットワーク』WEBシステムのサポート業者との窓口になっている教頭先生と里中先生が連絡を取り、サポート業者が駆けつけることとなったのだ。

 サポート業者のネットワーク技術者が三十分で駆けつけて、直ぐにWEBサーバのアクセスログを確認すると、そこに、まとまったIPアドレスからの集中したアクセスを発見。学内ネットワークの資料から、そのネットワーク技術者によって大量アクセスの発信源が情報教室であることは、ほんの数分で特定された。


「すみません。今、情報教室って何かされています?」

 その質問を受けて、ようやく里中先生はIT部の特別クラブ活動との関係に思い至る。里中先生は、職員室の自分の机の上の書類をかき分けて、真行寺ノドカが作成した特別クラブ活動申請書の書類の束を取り出すと、サポート業者の技術者に手渡した。


「これ、ウチのIT部の生徒が、今日、情報教室使ってやる特別活動で、先週の教職員会議で許可を出したやつなんですが、……何か関係してます?」

 おずおずと尋ねる里中先生から、技術者は『WEBサーバの高度負荷テストに関する実践演習』という怪しげなタイトルが書かれた資料を受け取り、パラパラとページを捲った。そして大きな溜息を一つついた。


「……これ、完璧に、『学内教職員ネットワーク』に対するDoS攻撃の計画書じゃないですかぁ〜。何に許可だしてるんですか。百パーセント、原因はこれですよ。直ぐに情報教室の全てのパソコンをシャットダウンしてもらって、あと、このIT部の生徒さんを呼び出して、DoS攻撃を止めさせてください」

 そうやってネットワーク技術者エンジニアは頭痛がするとでも言うように、右人差し指でこめかみを押さえたのだった

 実施を認めたIT部顧問の里中先生と、許可を出した教職員会議の責任者である教頭先生は冷や汗をかきながら、ただ顔を見合わせていたという。


 昼休みが終わってから暫く経った五時間目の途中に、教室に里中先生がやって来て私とノドカは職員室に呼び出された。そして、直ぐにDoS攻撃を止めるように指示されたのだ。

 直接指示したのは、そのネットワーク技術者さんで、技術的なことが良く分からない里中先生と教頭先生は目を泳がせるばかりだった。


 今回の一件については、もちろんノドカが主犯格であることは間違いない。

 でも、内容も分かないままに署名をした私と、それを教職員会議で推した里中先生、そして、教職員会議でOKを出した教頭先生もある意味で責任の一端を担っている。いわば共犯者なのだ。

 本来ならば、教師二人が生徒の私達を叱るシーンなのだが、自分たち自身が責任の一端を担ってしまっている状況が、何とも言えない空気を職員室の中に漂わせていた。


 一方で、ノドカ自身はというと、さっさとDoS攻撃のプログラムを停止させた後は、そのネットワーク技術者と楽しそうに話していた。

 その技術者も犯人が、とびきり美人の女子高生だとは思っていなかったようで、少しテンションを上げながらも、二人は技術的な話で盛り上がっていた。

 今回の演習のログを解析してデータをまとめて提供するとノドカが言うと、その技術者は「面白そうだ。楽しみにしているよ」と笑った。


 後から聞いた話だが、ノドカが今回の計画を思いついた切っ掛けの一つは、IT部室から『学内教職員ネットワーク』にアクセス出来てしまったことにあったのだそうだ。実際に、里中先生が残してしまったアカウント情報を入手してしまったノドカは、他の生徒の成績も見放題という状況になっていた。


 もちろん、『学内教職員ネットワーク』には幹哉くんの成績や個人情報も大量にある。ノドカにとっては喉から手が出るほど欲しい情報だけど、権限も無いのに違法に閲覧を続けるのであれば、それはただの不正アクセスだ。それはノドカの正義が許さない。

 『学内教職員ネットワーク』の脆弱性はそれだけではなかった。検討した結果をまとめて、ノドカは何度も、里中先生経由で、教頭先生に改善の意見書を出していたのだという。

 しかし、それらは「まぁ、でも、今は問題なく運用できているのだから大丈夫でしょ」という考え方のもとで無視され続けていた。


 ――だから、気付かせてあげるんダヨ〜! セキュリティの重要性を〜!


 以上が、『メティス学園の黒い金曜日ブラックフライデー』の一部始終だ。

 『真行寺ノドカ率いるIT部』によるゲリラ的なDoS攻撃は五時間目にはあっさりと終了し、午後以降の授業は問題なく進んでいった。


 ちなみに、『真行寺ノドカ率いるIT部』って言ったんだけど、公式記録的には私が部長だから『西野未央率いるIT部』になるんですよね。つらい。


 そして放課後。私達は理事長室に呼び出されたのだ。



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