DoS攻撃から始まる夏が来ます。

第一五話 特別クラブ活動申請書を提出しましたっ!

「ノドカ、何これ?」

 放課後のIT部室中央の机の上には、カラー刷りの薄い冊子が三冊ほど重ねて置いてあった。

 手に取ってみると、三冊とも同じ印刷物で、表紙には『私立聖メティス学園高等学校』というタイトル。学校案内の冊子みたいだ。


 何よりも目を引くのが、表紙に大きく写る桜の木を背景に、栗毛のソバージュに手をやる美少女の写真。プロのモデルを起用したようなグラビア写真。

 その表紙でモデルになっているのは私の親友、そう、真行寺ノドカ、その人であった。


「ん? あ、それね〜。里中ちゃんが置いていったんダヨ~」

 『里中ちゃん』というのはIT部顧問の里中誠先生。三十代前半の独身男性。

 抜けたところがある人で、ノドカなんかには「里中ちゃん」と呼ばれている。


「あ、そっか。これ、四月に撮ったやつね。出来たんだ」

「そうみたいダネ〜」


 四月に高校に入学してすぐにIT部に入部した私達は、顧問の里中先生からいきなり両手を合わせてお願いされたのだ。学校案内パンフレットのモデルになって欲しいと。

 丁度、今年は、里中先生がパンフレット編集の担当になったのだが、モデルの人選に困っていたのだという。そんな折に、自分が顧問を務めるIT部に真行寺ノドカという超絶美少女が入って来たので、飛んで火に入る夏の虫だったという訳だ。


 ――それにしてもノドカは綺麗だなぁ。


 パンフレットの表紙を掲げて眺める。表紙のノドカの右横、少し後ろにはもう一人、添えられるように引き立て役の黒髪の少女が写っていた。うん、私なんだけどね。


「ノドカはやっぱり可愛いねぇ〜。プロのモデルさんみたい〜」

「え〜、そうかなぁ〜。私は未央の方が可愛いと思うけどナー。私にとっては横で微笑む未央の笑顔が垂涎スイエンモノじゃぞ〜。里中ちゃんも『二人共可愛くて、サイコーの出来だッ!』って喜んでたんダヨ〜」

 あら、里中先生、イイ人。私、先生の好感度上がりましたヨ。数学の授業頑張ります!


「そっかー。でも、これが、色んな場所で配布されるかと思うと、ちょっと恥ずかしいよね〜。自分の写真が知らない人に見られちゃうとか、怖い気もするけど。まぁ、制服姿だしいっか。バイト代も貰っちゃったしね」

「ソダネ〜。ま、私は全然大丈夫ダケド~」

 ノドカは話半分に、キーボードをカタカタと叩いている。

 キーをコンっと叩くと、フィィーン、と作動音が鳴り、ノドカの机の横にあるレーザープリンタが動き出して、何かの印刷が始まった。


「まー、これで里中ちゃんに一つ恩も着せられたしね〜。IT部のさらなる自由と発展と、私の使命達成のためのステップにしていっちゃうヨ~」

 ん? なんか、ノドカがまた不穏な事を言っている気がするぞ。


 ――「私の使命達成」って、幹哉くんに対するストーカー行為じゃなかったっけ?


 私がノドカにその内容に関して問い質そうとしたその瞬間、私の背後で入り口の引き戸がガラガラと開いた。


「お〜い。真行寺いるか〜?」

 入ってきたのは、当の里中先生だった。

 初夏らしい白い七分袖のシャツに、黒いパンツを穿いている。左手にはフォルダを、右手には何か書類をぶら下げていた。

 髪の毛はボサボサで、身嗜みだしなみも微妙だ。独身男性教員の悲哀をそんなところから感じてしまう。

 いい奥さんを早く見つけるんだぞっ! 里中先生!


 先生は、机の前に立って学校案内冊子を眺めている私に気付く。


「お〜、西野。ありがとうな。お陰様で良いパンフレットが出来上がったよ。メチャメチャ助かった。これで来年の聖メティス学園の受験者数確保も約束されたようなもんだっ」

 そう言って里中先生は上機嫌に笑った。お役に立てて光栄です。


「いえいえ。寧ろ、私なんかが入ってしまって、すみません。ノドカだけの方が全面美人で良かったかもですが〜」

 そう私が言うと、里中先生は目を丸くする。


「何言ってるんだ。お前たちは二人でなんというか、……その、……華やかなんだ」

「あ……、ありがとうございます」

 うっ……なんか嬉しい。不器用で素直な里中先生だから、あながちお世辞という訳でもないだろうし、本心っぽくて嬉しい。でも、照れながらそういうこと女子生徒に言うと、キモいって言われかねませんよ……以後、お気をつけ下さいませ。


 気付くとノドカが隣まで来ていて、私の耳元に「そうじゃぞ」とささやく。

 嬉しいんだけど、こういう時のノドカは何キャラなんだか分からなくてリアクションに困る。毎度のことだけどね。


「で、里中ちゃん、用件って何?」

「あ、学校案内冊子の件は真行寺もありがとうな」

「いえいえ、この貸しは速攻ソッコーで返して頂きますから〜」

 ノドカの顔には悪戯猫のような笑顔がニンマリ。


「あ、そうそう。用件なんだけど、この前、真行寺が買ったRGB-Dセンサに、360度カメラに、ARゴーグルに、その他モロモロ? 生徒会から割り当てられてるIT部の部費じゃあ足りないから、例の真行寺の『奨学寄付金』使うけど良いよな?」

 そう言って、里中先生は右手に持っていた書類を机の上においた。覗き込んでみると幾つかの商品名とそれぞれの価格、消費税、そして合計額が記載されていた。

 学校の予算を使うための書類らしい。

 合計金額は……八十万円を超えていた。およそ一人の女子高生が二週間程度で使う金額ではない。


「ハイ。イイですよー。それでお願いしま〜す」

 ノドカはあっけらかんと二つ返事を返して、書類の右下にササッと自分の名前を署名した。さすがの金額の大きさに、里中先生も少し落ち着かない様子だ。お給料の何ヶ月分なんだろう?


 奨学寄付金。これが、聖メティス学園高等学校IT部のもう一つの財源だった。

 真行寺ノドカは中学生にして有名な人工知能ベンチャー企業のインターン生になった天才少女だ。ロンドンから帰国したその才能を日本国内の各民間企業が放っておくわけもない。

 ノドカはまだ高校生とは言え、数社の日本の民間企業と契約を結んでいた。しかし、高校生相手に、大きなお金を支払ったりするのは色々と問題も多い。

 そこで、聖メティス学園が奨学寄付金という形で、企業から資金を受け入れ、その7一部を学校に経費として収めて、残りをIT部が自由に使えるという取り決めを作ったのだ。学校としてもノドカが奨学寄附金を稼いでくるだけ学校の臨時収入が増える訳で、十分に美味しい話だし、ノドカとしても多くの面倒を避けられるので良いのだという。

 ノドカは署名した書類を里中先生に渡した。


「しかし、四月の時点では『あんな大金、IT部だけで、どう使っていくんだ?』って思ってたけど、気持ちイイくらい凄い勢いで使っていくなぁ〜。お前らの金の使い方、オーケストラ部より激しいぞ」

 里中先生は呆れ顔で書類をしげしげと眺めた。


「まー、それはそうと、里中ちゃん」

「なんだ?」

 急にニヤニヤとする真行寺ノドカに、里中先生は眉を上げる。

 ノドカはさっき印刷した紙の束の左上にホッチキスの針を通すと、里中先生の前へと突き出した。


「IT部顧問の里中ちゃんにこの書類を教職員会議に提出して欲しいの。お願い出来ないデショウカ〜?」

「教職員会議?」

「ハイ。ソウデース」

 ノドカが右手で突き出した書類を里中先生が覗き込んだ。私も。

 一枚目には『特別クラブ活動申請書』と大きなフォントで印刷されていた。


特活とっかつ申請か? なんだ? IT部が他校と試合でもするのか?」

 里中先生はノドカから書類一式を受け取ると、書類をパラパラと捲りながら首を傾げた。


 特別クラブ活動というのは、クラブが通常の活動とは異なる形で行う活動のことを言う。例えば、練習試合や遠征とか。これは特別クラブ活動を行う際に、設備利用や予算執行など含めて学校からの許可を得るための申請書。略して『特活とっかつ』。

 よくある例では、野球部が休日に他校と練習試合するためのグラウンド全面借り切りだとか、演劇部が大講堂のステージを使って公演をする場合などだ。


「ヤダナ〜、IT部が他校との交流試合なんてするわけ無いじゃないですか。私達は競技系の部活じゃなくて、創作系の部活ダヨ〜」

 そう言ってノドカは右手の甲を口許に付けてオホホホホとと笑った。

 突然のお嬢様キャラだけど、綺麗な顔立ちだから似合うんだよね。ノドカは。


「だよなぁ。まぁ、詳細は自分で読むべきなんだろうけど……、要点だけ簡単に教えてくれないか? 真行寺?」

 二十ページ程もある説明資料をパラパラと捲りながら、里中先生はノドカの顔を伺った。うん、私も知りたい。


「簡単ですよ〜。来週の金曜日に、ちょっと実験をしてみたいので、情報教室のパソコン全部を一日使わせて欲しいというお願いです~。何をやるかは、書類の中身を読んでください〜」


 なるほど。情報教室のパソコンを授業時間も含めてまるまる使うとなれば、特別な許可が必要だろう。ちなみに、聖メティス学園高校の情報教室はなかなか立派で、パソコンが百台近く並んでいる。


「……でも、丸一日は難しいんじゃないか? 『情報』の授業で使うかもしれないだろうし?」

「大丈夫デスヨ~。金曜日に情報の授業があるのは一年生だけなんですが、唯一ある一年生の授業もその日はプレゼンテーションの日なので、情報教室を使いません。各クラスの授業は教室で有るはずですよ。だから、その日であれば、IT部が一日丸々情報教室を独占しても問題ないはずデース」

 書類から目を上げた里中先生の視線を、ノドカは完璧な笑顔で跳ね返す。

 なるほどである。流石ノドカ。この辺りの下調べも万全だ。


「で? 情報教室のパソコン全部使って、何やるの? ノドカ」

 私がノドカに尋ねると、ノドカは唇の両端を上げて、上目遣いでニャンと、猫のような可愛らしい表情を作った。


 ――あ、これ、何か誤魔化そうとしているな。


「え〜と、活動内容に関するタイトルは……『WEBサーバの高度負荷テストに関する実践演習』? 何じゃ、こりゃ?」

 里中先生は表紙のタイトルに目を通して、首を傾げる。里中先生は数学の先生で理系だが、ITに詳しい訳ではない。ただし、他の先生による「アニメ好きな数学の先生はITに詳しいはずである」という勝手な偏見によって、ITに詳しい先生とされているのだ。結局、他の先生方による思い込みだけで、IT部の顧問に就いているような先生だった。


「あ、それに関しては、参考資料として添付した説明資料にキチンと書いておりますので、是非、お読み頂いて、教職員会議で承認して貰えたらうれしいデース」

「う〜ん、読んだら、分かるかなぁ?」

 少し自信なさげな里中先生が書類をパラパラと捲りながら頭を掻いた。そんな先生の背中をノドカが天使の笑顔で押す。


「大丈夫デスッ! 里中先生ならきっと大丈夫デスヨッ!」

「……そ、そうか?」

「ハイッ!」

 両手を後ろで組んで笑顔で首を傾けたノドカは本当に天使みたいだった。

 しかし、騙されてはいけない!

 これは、明らかに何か良からぬことを考えながら、里中先生を丸め込みにかかっているのが見え見えだ。

 そう気付いてはいるものの、その時点では、お口のチャックを閉めることにした。親友の邪魔をするのも良くないし、活動の詳細はあとからノドカに聞こう。


「パソコンが一杯ないとぉ〜、中々出来ない実験なのでぇ〜、是非、お願い出来たら嬉しいですぅ!」

「仕方無いなぁ、学校案内パンフレットの恩もあるし、これは僕が責任を持って教職員会議に通しておくよ」

 いつもは唯我独尊の天才美少女高校生に頼られて、ちょっと気分を良くしたのか、里中先生は右手で摘んだ特別クラブ活動申請書一式を少し嬉しそうにパタパタと振って見せた。


「ありがとうございます〜」

 ノドカは嬉しそうに微笑んだ。「任せろ!」と笑った里中先生の顔は満更でも無さそうだった。先生、チョロすぎますっ!


 里中先生は申請書類の様式をチェックしてから、「西野。ここに部長の署名サインが要るわ」と言って、私に差し出してくる。 私はボールペンを取り出すと「は〜い」と素直に自分の名前を書いた。続きて、里中先生もサインをする。

 「後からちゃんと教えてよね」と言うと、ノドカは「は〜い」と明らかに面倒くさそうに呟いた。


 この時はまだ、この一枚の紙切れが、学校を混乱に陥れる事件の引き金を引くことになろうとは思ってもいなかったのだ。何の確認もせずに、部長と顧問の署名をしてしまったことを、大いに後悔することになろうとは。

  

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