第一一話 ウサギ監視社会を創造するのですっ!

 グラウンド片隅にある大きなポプラの木陰、ウサギ小屋の前には三人の高校生の姿があった。作戦会議から一週間が過ぎたその日、私達は、ノドカに呼び出されて、朝早くからウサギ小屋の前に集合していた。


「ねぇ、ノドカ〜、何か手伝えることあったら手伝うよ〜?」

「ダイジョブ、ダイジョブ〜」

 ノドカは腰の高さ程の背の脚立に乗って、四角いウサギ小屋の支柱に這わせたケーブルの確認をしている。私は脚立を支えながら、そんなノドカを見上げていた。


 幹哉くんは柵の前にしゃがんで、サブローにセロリをあげている。長くて新鮮なセロリを金網の間から差し込むと、サブローは嬉しそうに噛み付いてショリショリとセロリを齧っていた。幹哉くんにご飯を食べさせてもらえているサブローくんのことが少しだけ羨ましかったりする。


 ウサギ小屋の天井には何やら新しく二つの機器デバイスがノドカによって取り付けられていた。少し横長の黒い直方体が天上から下方向に向けて、その横にはテレビリモコンのような形の白い細長い棒が天上からぶら下がっていた。


 ――あの二つともがカメラなのかな? 見たことないなぁ。


 黒い直方体の背中からは二本、白い棒からは一本のケーブルが伸びて、それらは小屋の隅の支柱に沿って引かれていた。膝の位置くらいまで来たところで、それぞれの内の一本が電源タップに繋がれる。他の二本のケーブルは、その横に設置されたお弁当箱くらいの大きさの透明の箱に接続されていた。その中には電子回路の基盤が見える。 ノドカは仕上げとばかりに、その透明の箱に付けられた小さな電源スイッチを長押しした。


「再起動完了! さぁ、実運用開始よ!」


 ノドカが脚立を飛び降りた。栗毛のソバージュに、木漏れ日を受けながら。ヒラリと、校庭の空に指す初夏の光の中に制服姿の美少女が舞う。



 ――いいえ、出来るわ。不審者を発見して、サブローくんを守る。そんなシステムを作ることは出来るわ。


 一週間前の会議で、ノドカはそう宣言した。「一週間頂戴。作ってみせるわ」と言うノドカに、私と幹哉くんを顔を見合わせていた。そして一週間が過ぎた今日、私達はノドカに呼び出されたのだ。


 脚立から飛び降りたノドカは、最寄りの木製ベンチの上に置いていた鞄からの自分の薄いノートパソコンを取り出した。

 屋外の日光の下では、液晶画面は見づらい。ノドカはベンチの上に座ると制鞄を太腿の上に載せて、その上にノートパソコンを置くと、幹哉くんと私に左右に座るように手招きする。

 私はコクリと頷くと、いつまでもサブローとじゃれ合っている幹哉くんの肩をツンツンとつついた。

 「あ、ゴメンゴメン。じゃ、サブローまた後でね」と別れを告げて、幹哉くんはノドカの隣に座った。私もその逆側に座る。


「ふぇっ……!」

 ノドカは急に幹哉くんの接触距離を意識したのか、あからさまに私の方に寄ってきた。好きな相手と至近距離になって、恥ずかしいのかもしれない。

 だったら、始めから隣に座るように指示なんてしなきゃいいのに、本当に突っ込みどころ満載の天才少女である。


 覗き込むとブラウザ上には主に三つの領域があった。一番上にはひたすら英語の文字列が出力されては流れていっている場所がある。多分、プログラムの実行状況を示す部分なのだろう。見ても何のことだか分からない。左下には上からサブローくんを映したカメラ画像、そして右下にはウサギ小屋の周囲全方向を映したカメラ画像が示されていた。


「ノドカ? これは?」

「ウサギ小屋見守りシステム、名付けて『ウサギ監視社会ラビット・ディストピア』ダヨ〜」


 ――また凄いネーミングセンスだっ!


 毎度のことながらノドカのネーミングセンスには脱帽である。もし製品化されたとしてもメーカーが絶対そのままでは出荷出来なさそうな名前をつける。

本当に自由だ。


 ノドカは右手と左手で「イェ〜イ!」とダブルピースを決めた。バカっぽいけど、バカではない天才少女がやると、これまた小憎たらしいものがある。


 ――でも、……めっちゃ可愛い。マジで。


「先週、ディープラーニングでやるのは難しいみたいな話してたと思うんだけど。解決できたんだ?」

 幹哉くんが興味津々とばかりにブラウザの画面を覗き込む。

「……ていうか、そもそも、これは何をするものなの?」

 そう言ってノドカの顔を覗き込むと、ノドカはこっちを向いて嬉しそうにデヘヘへへと笑った。色白で上品な顔に偏執的マニアックな愉悦が広がる。


 ――あ、自分の作ったものを説明したいモードの笑顔だ。

 

「んとね。右側の画面が360度カメラの映像で、左の画面は基本的に天井に設置しているRGB-Dセンサの映像ダヨ〜」

「RGB-Dセンサ?」

 聞きなれない名前に私は首を傾げた。ノドカはコクリと頷いて説明を続ける。

「えっと、RGBっていうのは知ってる? 色の三原色、RedGreenBlueのこと。これを計測するRGBセンサっていうのは、結局普通のデジタルカメラのことなんだけど、これに加えて、深さDepthを計測できるのがRGB-Dセンサ。えっと、距離をで取れるって感じかなぁ?」

 ノドカは指差して、天井に付いている黒い直方体がRGB-Dセンサなのだと説明する。


「え〜、そんなセンサとか高いんじゃないの?」

 と、私が聞くと、ノドカはフルフルと首を左右に振った。


「本格的なシステムに比べたら、随分と安いんだよ〜! 一般の人でも簡単に買うこともできるし〜。色々とソフトウェアも充実してるしね〜」


 そっかー、安いんだー、と、私はおもちゃ屋さんで売っているゲーム機の付属コントロラーやWEBカメラの値段帯を想像してみた。


「へ~、幾らくらいするの?」

 すると、ノドカは右手人差し指を可愛らしく口元に付けて、小首を傾げた。

「ん〜、五万円くらい?」

 ノドカはテヘペロっと、舌をだす。


 ――そっか、たったの五万円かぁ〜、……って十分に高いわぁぁぁぁ!!!!


 五万円といえば、普通のクラブなら、生徒会から割り当てられる半期分のクラブ活動費がそのまま消えてしまう金額である。


 ――まぁ、普通のクラブならね。(意味深)


 天才少女真行寺ノドカ(お嬢様)の金銭感覚恐るべし。


「RGB−Dセンサの横にぶら下がっている白いカメラが360度カメラ。基本的に、ウサギ小屋の回りに近付く人を撮影して監視モニタリングするのが目的かなぁ?」

「へぇ〜。でも、部室の時みたいに認識が出来ないと、ず〜っと撮りっぱなしになっちゃうんじゃないの? それに、前回のディープラーニングで作った認識器だと不特定多数の認識は出来ないって言っていたし……」

「う〜ん、ディープラーニングで出来ないとは言っていないんだけれど、まぁ、いわゆる一人ひとりをが誰かを認識して録画のタイミングを決定するっていうのは賢いアプローチじゃ無いわよね〜」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「えへへ。 むしろ簡単だよ〜。 今回はその人が誰かなんてんだよ〜」

 そう言って、ノドカはニッコリと笑った。


「認識する必要は無いって?」

 幹哉が横から興味深そうに尋ねる。


「それはね――」


 ノドカはそう言って、『ウサギ監視社会ラビット・ディストピア』の秘密を語り始めた。


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