第九話 放課後に作戦会議をしますっ!

 六時間目までの授業が終わり、IT部の部室に向かって廊下を歩いていると、IT部室の前でスマートフォンを弄っている幹哉くんを見つけた。


「あっ、幹哉くん……」


 幹哉くんは顔を上げると、可愛らしい微笑みを浮かべながら「あ、未央ちゃん。お疲れさま〜」と応じる。

 窓から光が差し込み、幹哉くんを照らす。初夏の明かりに照らされた、その笑顔が爽やかで、少し見惚れてしまう。


 ――ウサギ小屋の問題について議論したいから今日は部活に顔を出して欲しいの。


 今日の昼休みに、そう声を掛けておいた。ノドカからの伝言だった。

 「自分で言えばいいのに〜」と思うし、そう言ってはみたけれど、ノドカは「えぇ〜、だって、恥ずかしいじゃない? 好きな人に声をかけるなんて! キャッ」と、急に普通の女子高生のように両手でその愛らしい顔を挟んで唇を尖らせた。


 変人なのに、そういう辺りは乙女なのだ。


 ――まぁ、いっか。幹哉くんとは、同じクラスだし


 昼休み、男友達と机を寄せてサンドイッチとコーヒー牛乳でランチを食べていた幹哉くんに「放課後、空いてる?」って聞いた。幼馴染だけど、流石にちょっと恥ずかしかった。だって、放課後に告白でもするみたいなフレーズじゃない?

 クラスの皆、特に幹哉くんの友達は、私が幹哉くんと幼馴染だって知っているし、同じ部活なのも知っているから、変な誤解をされることは無いと思うのだけれど、それでも少しだけ緊張したのだ。


 幹哉くんは唇をストローから外すと。「空いてるよ。今日はいつも通りIT部に出るつもりだったし」とニッコリ笑ってくれた。案の定、一緒に御飯を食べていた男の子の内の一人が分かっていながらも「え? なに? デート?」なんて茶化して来たけれど、私は取り合わずに「じゃ、放課後」と、その場を離れた。

 後ろでは「違うよ、違うよ〜」なんて冗談を笑顔であしらう幹哉くんの声がした。


 ――本当はデートでもイイんだけどねっ!


 なんて、ちょっとだけ思ったりしたりしつつ、放課後、現在に至るのだ。


 スマートフォンをポケットに仕舞うと、幹哉くんは私に「入るよね?」と確認をしてから、ガラガラと部室の扉を開いた。

 部屋奥にある窓のブラインドから漏れ込む光だけが、薄暗いIT部室を仄かに照らす。上品なソバージュの髪を頬に垂らした令嬢が、部屋の奥で大型液晶画面に向き合っていた。天井の蛍光灯も付けずに。代わりに、ノドカの背後のブラインドの隙間から入る複数の光の横線が、部室の机や床に光と影の縞模様を描いていた。


 今朝と同じようにノドカは両耳を大きなヘッドホンで覆っている。好きな曲を大音量で鳴らしているのだろう。私達の入室にはまるで気付かない様子で、リズムに乗るように首をクンクンと振っている。


 完全に両耳を覆っていたから「近付いて話し掛けないと、気付かれないんだろうな」と思っていたら、ノドカはすぐに私達の入室に気付いてヘッドホンを外した。こちらの方を見ることさえなく。


 ――あれ? なんで、そんなすぐに気付けるんだろ?


「あ、未央。――と、み、み、み、みっ……幹哉くんっ!」

 ノドカは幹哉くんも一緒にいることに気付いて狼狽する。幹哉くんに対する反応リアクションが、完全に挙動不審である。

 いくら『恋に落ちたわフォーリンラブ宣言』の後とはいえ、挙動不審さが極端に出過ぎている。私に対する反応と、幹哉くんに対する反応の間の極端なまでの違いが凄い。


 でも、幹哉くんは、そんなノドカの挙動不審には不思議そうな顔一つせずに「ハロー」とノドカに手を振る。ノドカは、それこそお淑やかな深窓の令嬢風に俯いて「……ハ……ハロー」と小さく手を振り返した。まるで良家のお嬢様ように……。


 あ、いや、良家のお嬢様なんですけどね、ノドカは実際に。


 ――う〜ん。ノドカ、流石に極端すぎない?


 元々、この二人の間の会話は、多くは無いし、いつも少しぎこちないものだったけれど、これはもう、本格的にぎこちない。


 三人しか部員が居ないのに、その内二人の部員のコミュニケーションがこれで大丈夫なのか? IT部? どうなの部長! ……って、それ私じゃん!


 「ところで、ノドカ。どうして、さっき私達が入ってきたのに気付けたの? ヘッドホンで大音量で音楽聴いていたみたいだったし、私の方を見てもいなかったのに?」


 そういえば、今朝もそうだった。私が部室に入ってきた時、ノドカはパンを咥えながら、両耳を大きなヘッドホンで覆って音楽を聞いていた。それなのに、私が入ってきたことに直ぐに気付いたのだ。


 ヘッドホンを指差す私の質問に、ノドカは「ん?」と小首を傾げると、ポンッと手を打った。そして「おいでおいで」と手招きをする。

 どうやらパソコンの液晶ディスプレイに何かが映っているらしい。私と幹哉くんは、IT部室の奥、ノドカの机の後ろへと近寄ってディスプレイを覗き込んだ。


 覗き込んだ液晶画面には、例の監視システム『監視社会ディストピア』のカメラ画像を映しているウィンドウと、映像編集ソフトの編集画面のようなウィンドウが開かれていた。

 カメラ画像はリアルタイムにこの部屋を映しているようで、私がカメラ見えるように右手を上げてグッパグッパと閉じたり開いたりすると、少し遅れて画面の中の私の手もグッパグッパと開閉した。


「へ〜。これって、この部屋の映像なんだ」

 幹哉くんが興味深げに画面を覗き込む。


 そう言えば、幹哉くんは、この部屋にノドカが24時間監視システム『監視社会ディストピア』を設置して記録を開始した事をまだ知らないんだった。 考えてみれば、幹哉くん本人は『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』のことも知らないのだ。


 ――あれ? いいの、ノドカ? これを見せてたら、『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』のことも話さないといけなくなるんじゃない? 自分がそんなストーカー行為みたいなこと幹哉くんにしてるってことは知られたくないんじゃないの?


 私はゴクリと唾を飲み込みノドカの表情覗き込んだ。私の心配を他所に、平然として、ノドカは幹哉くんの質問に回答を始めた。

 照れて、日常会話は出来ないけれど、システムの説明であれば幹哉くんにも問題なく出来るようだ。素晴らしきかな、技術愛。


「うん、そうだよ〜! あそこの天井にね、360度、全方向を映せるカメラがついていてね。それで、24時間部屋の様子を撮影してポイントを絞って記録しているんだよ〜」

 ノドカは喜々として自らが構築した監視社会ディストピアシステムの説明を開始する。良いのか? ストーカー暴露の件!


「へー、そうなんだ。すごいねー」

 よくよく考えると問題有りブラック24というポイントを完全に笑顔で受け流スルーして、純粋にノドカのシステム説明に興味深そうに頷いて聞く幹哉くん。


「ポイントを絞って記録って、具体的には、どういうポイントを記録しているの?」

 と、幹哉くんが尋ねる。


 ――そこっ……そこ聞いちゃう!?


 私はドキドキする。ノドカはどう答えるのだろうか? その答えは「幹哉くんが映っているポイント」の筈だ。しかし、そうやって本当の事を話したら、幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザーを使って、幹哉くんのことだけを記録していることを暴露することになってしまう。


 それは、もはやストーカー行為の告白に等しい! 万事休すだ!


 私は唾を飲み込んで、ノドカの返答を待った。

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