ウサギを守るためにIT技術を活用します。

第七話 幹哉くんとサブローくんにおはようですっ!

 六月が本格的に始まった。

 東からの日差しを浴びて、朝の川沿いの道を北へ。

 河原に生い茂る草花に目を遣りながら歩くガードレール沿いの道は私の登校路。


 ちょっとだけ早めの朝。この時間帯の澄んだ空気が好きだし、それに、ほら、この時間だと必ず幹哉くんに会えるからね!


「おはよーっ!」


 私が右手を上げると、前を行く制服姿の男子生徒が振り返る。そう、私、西野にしの未央みおの幼馴染にして、初恋の相手木之瀬きのせ幹哉みきやくんだ。


「あ、未央ちゃん! おはよう」


 幹哉くんは振り返って、無邪気な微笑み。その笑顔に、私の頬は自然と緩んでしまう。


 私達の高校は制服なので、幹哉くんの服装に彼ならではの特徴があるわけではない。半袖のワイシャツに、黒のパンツといった聖メティス学園高等学校の制服だ。暑くなってきたので夏服切り替わったところ。背中には革製のスリーウェイバッグをリュックサック仕様にして背負っている。


 聖メティス学園高等学校では制鞄せいかばんが販売されてはいるものの、基本的に生徒はどんな鞄を使っても構わない。五年くらいま前では制鞄の使用が義務付けられていたらしいが、当時の生徒会の改革によって、自由化されたらしい。生徒の自主性を尊重し、進歩的な校風のある、聖メティス学園らしい話だ。


 幹哉くんの髪の毛はいつも少しだけハネている。今も右横のあたりの毛がちょっと浮いている。長身で栗毛、色白な彼の風貌はどこか日本人離れしていて、どこか欧州ヨーロッパの雰囲気だ。幹哉くん自体は、生まれも育ちもこの街なので、根っからの日本人なわけだが、風貌はちょっとだけ日本人離れしていた。

 欧州というと、去年までロンドンに居たノドカの方が精神的には幾らか欧州かぶれしている。彼女の場合は中身が主張の強いイギリス人なのであって、風貌に関しては日本人の美少女だ。

 ちなみに、私は、もちろん生まれも育ちもこの街の、普通の日本人だし、風貌も普通の日本人だ。ご安心あれ。


 私は朝からドキドキしながら、小走りで幹哉くんに追いついた。先週、ノドカが「私、幹哉くんのことが好きになったわ!」との恋に落ちたよフォーリンラブ宣言をしてからというもの、私もどこかで幹哉くんを意識してしまう。


「そんなに走らなくても大丈夫だよ。僕、ゆっくりだから」

 振り返った幹哉くんは、はにかむような笑みを浮かべる。追いついた私は、両膝に手の平を突いて息を整えてから、その笑顔を見上げた。

 幹哉くんは改めて「おはよう」と口を開き、私も思わず「おはよう」とニヤけてしまう。

 遠目には気づかなかったが、幹哉くんは何か大きな荷物を持っていた。


「……あれ? なにその右手のやつ?」

 私が指差すと幹哉くんは、小首を傾げてから、「あぁ、これ?」と、その右手の箱のようなものを持ち上げて見せた。それはネットが掛けられたカゴだった。


 ――なんだろう?


 私が頷くと、幹哉くんはカゴを覆うネットを捲って中を見せる。カゴの中には何か白い動物が丸くなっているのが見えた。


「えっと。飼育委員……関係?」

 私がそう聞くと幹哉くんはコクリコクリと頷く。


「うん。聖メティス学園のアイドルだね」

「アイドル?」

 カゴの中に居たのは白いウサギだった。眠いのだろうか、今は大人しくカゴの中で丸まっている。ちょっと覗き込んでみると、白いモフモフが長い耳を横たえて横になっていた。可愛い。


「へ〜、そうなんだ〜。君、アイドルなんだ〜?」

 学校のアイドルの存在なんて聞いたことないけれど、うん、まぁ、幹哉くんが言うのならばアイドルなんだろう。そうに違いない。


 私の幼馴染の木之瀬幹哉くんは飼育委員なのだ。しかも、凄い飼育委員。

 小学校一年生で飼育委員になってからかれこれ十年、小中高に渡って飼育委員を歴任している。ただの飼育委員ではなく、年季の入った飼育委員、生粋の飼育委員なのである。多分、この地域の高校の飼育委員で彼に敵う者はいない。飼育委員にも甲子園みたいな大会があればいいのにな。きっと、幹哉くんは優勝だ。うん。


「君の名前は、何て言うのかなぁ〜?」

 私はしゃがんでウサギさんに目線を合わせた。指先で少しだけツンツンする。

 もちろん、ウサギは答えられないから、幹哉くんが教えてくれる。


「この子の名前は『サブロー』だよ」

「サ……サブロー? ……か、カッコイイ名前だね?」

「うん。カッコイイでしょ?」

 幹哉くんは一つ頷いてニコリと微笑みを浮かべた。

 『サブロー』と名付けたのが幹哉くんかどうかは分からない。でも、もし、そう名付けたのが幹哉くんなら、私はそのセンスを受け入れよう。素敵な名前だ。

 でも、他の人だったら要検討だからねっ!


「どうして、ウサギのサブローくん――を家に連れて帰ってたの?」

「うん、ちょっと、サブローの調子が悪くてね〜。昨日、動物病院に連れて行ってきたんだ。その後、僕の家に一泊したんだよな〜、サブロー?」


 ――そんなことまで、飼育委員がやるんだ。


 ちょっと驚いた。そういう問題の対応は先生か用務員さんがするものだとばかり思っていた。高校の飼育委員ともなれば、生徒が受け持つ範囲も広がるんだなぁ。

 その中でも一年生の幹哉くんが、そんな重要なお仕事を任されているというのが幼馴染として誇らしく思えた。さすが幹哉くんだ。


「何か病気なの……?」

「んー、そこまで深刻じゃないんだけどね〜」


 どうやら、ウサギ小屋で、ウサギに勝手に餌をやっている生徒がいるらしいという。それが、ただ知らないでやっていることなのか、意図的な悪戯なのかは分からない。

 「餌をやる」のはしばしば愛ゆえだが、「悪戯」というのであれば聞き捨てならない。


 実際に、ウサギ小屋ではお弁当に入っていそうな人参や卵焼き、キャベツを始め、ウサギに有害なチョコレートまで、餌として誰かが与えていた痕跡が見つかったのだという。

 幹哉くんは、本当にサブローのことが心配のようで眉間に皺を寄せていた。


「許せないね〜っ!」

 私は両手で握り拳を作った。

 うん。サブローも可哀想だけど、幹哉くんを困らせる奴は、この私が許さないのだッ!


「そうだね。ありがとう。やった生徒を見つけられて『チョコレートはあげたらダメんだよ』って教えてあげられたらいいんだけどね」

 幹哉くんは、そう言って少し困った顔で笑った。


 私はコクリコクリと首を縦に振る。こんな時に、犯人を頭ごなしに非難するんじゃなくて、諭そうと考えている幹哉くんは本当に優しいと思う。


 でも、ウサギに食べさせちゃいけない物をあげるなんて、配慮のない犯人の行動は良くない。たぶん、学校のルールや社会常識をまだよく知らない新入生に違いない。見つけだしてきちんと注意してあげなくっちゃ!


 学校に着くと、幹哉くんと別れて、私はIT部室へ向かう。

 きっと、今日も朝からノドカが居るはずだ。幹哉くんは「職員室に寄ってから、サブローをウサギ小屋に戻してくるよ〜」と、職員室へと向かっていった。幹也くんの右手のカゴの中では、起き出したサブローが耳を立てて、赤い目をキョロキョロさせていた。

 

 私は上靴に履き替えて校舎の中に入り、廊下をIT部室へと向かう。朝の廊下が気持ちの良い季節だ。


「おはようございま〜す!」

 引き戸をガラガラと開けて部室に入る。ノドカしか居ないはずの部室だけれど、私は挨拶はきちんとするのだ。


 IT部室の奥にはやっぱり、朝早くからノドカが座っていた。栗毛のソバージュを窓から差し込む朝日がフワリと照らし、後光のように彼女を包んでいる。

 ノドカは食パンを口に咥えて、手許にホットコーヒーのマグカップを置きながら、ワークステーションの液晶画面に向かっていた。その両耳は大きなヘッドホンで覆われている。音楽を爆音ででも聞いているのだろうか。

 女子高生の朝らしからぬ状況である。本当に自由人だ。


 ――私が入ってきた物音も、挨拶も、ヘッドホンのせいで聞こえないのかな?


 と思ったけれど、ノドカはハッとしたように顔をあげ私に気付くと、ヘッドホンを外し「おはよう!」と私に声を投げた。「おはよう」とノドカに返し、私は自分の机に鞄を置いた。


 ――聞こえたわけでも、見えたわけでも無さそうなのにどうして気付けたんだろう?


 と少し不思議に思ったけど、すぐに疑問は忘れた。


 ノドカはヘッドフォンを肩に掛けたまま、一息つくように、マグカップに手を伸ばし、唇へと運んでいる。


「あ、今朝、登校路で幹哉くんに会ってね」

 私は自分のデスクトップパソコンの電源ボタンを押しながらさり気なく切り出す。

「え? マジで〜? いいな〜」

 親鳥から餌を貰えなかった雛鳥みたいな顔をして、ノドカはマグカップを抱きながら羨ましそうに唇を突き出した。


 それから、私はノドカにウサギ小屋とサブローくんの事件について説明した。

 誰か分からないが、良くない餌をあげている生徒が居ること、ウサギ小屋に悪戯をする生徒がいることを。


 全て聞き終えたノドカは、デスクの向こうで、ただならぬ殺気を放っていた。


 ――あれ?


 机の上に組んだ両手の上に乗せたノドカの顔の上で、その双眸には紅蓮の炎が燃え始めていた。


「私の幹哉くんを困らせるなんて、……許せない! その犯人、万死に値するわっ……!」


 ノドカは両手をデスクに叩きつけると、勢い良く立ち上がった。


(あれ? ……私、なんか、変なスイッチ入れちゃった!?)


  

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